八話 旧友
故郷への帰路につき、数日がたったある日のこと。
ヴィタは途中、小銭稼ぎに冒険者協会を訪れていた。
協会の壁は埋め尽くされんばかりに張り詰められた依頼のチラシが貼られ、その中で受ける依頼を吟味しているとヴィタの背後を何者かが睨みをつけているのが分かった。
「何のようだ...面倒ごとはよしてくれ」
ヴィタはローブの下にある剣の柄を握り、背後の何者かへ牽制をする。
本来、背後を取られるのはそこまで恐れることじゃない、しかし気付かぬうちに背後を取られたことが問題なのだ。
「お前ヴィタか?」
どこか聞き覚えのある女の声に剣を手放し、振り返る。
振り返った先の女は怪訝そうな表情を浮かべてヴィタの顔を覗き込む。
コイツめ...何も懐かしい顔だ。
ヴィタ久方ぶりに見た懐かしい顔に口角が上がる。
「俺だ...久しいなキャット」
振り返った先にいたのは小柄で茶髪が特徴的な猫のような女だった。
「おい!その呼び名は辞めろ!」
「もうそんな歳じゃない!」
女はヴィタの胸ぐらを掴み上げ、耳元で怒鳴る。
どうやら彼女は人の目を気にしているようだ。
「でもその呼び方をするってことは本当にヴィタなんだな。」
「ああ」
ヴィタの口髭を見て女は一言言葉を述べる。
「お前も老けたな。」
「そうだな...でもお前はさほど変わってない。」
目の前にいる茶髪の彼女は今は知らないが昔「ロイヤルキャット」というクランのリーダーだった人だ。
キャットは強い女だ。
昔からその風格はあったが今はそれを研ぎ澄まされているようだ。最後にあった10年前から随分力をつけたようだ。
そんな彼女との出会いは子供の頃に故郷の村で行われた六方祭りで出会ったのが始めだ。
それからは縁があって何度も共闘した。
仲間とは違うが背中を任せられる優秀な戦友だ。
「そうか?」
そう言うとキャットは壁にあるガラス窓に覗き込み、頬をさする。
「キャット」そう呼んでからか冒険者協会の人の目が僕らへと向けられているのが分かった。
「えらく有名人になったみたいだな。」
「そうだな...良いこともあるけれど」
「居心地が悪いったら...」
「ここは人の目もある、奥で話そう。」
キャットはそう言うとヴィタの首根っこを掴み、冒険者協会の奥の部屋へと引っ張り込む。
協会の奥の部屋は高価な装飾品の並ぶ部屋だった。
キャットはそこで椅子に腰掛け、幾つもの質問をヴィタに投げかける。
「ハーメイルはどうした?」
「今まで何をしていた?」
「今更ここに何をしにきた?」
など
俺が姿を消していた空白の時間を気にしているようだった。
するとキャットはヴィタの顔を覗き込み、一つ質問を繰り出す。
「お前10年もどこで何をしていたんだ」
キャットのその一言にヴィタは顔を下に向けることしかできなかった。
「言えないのか?言いたくないのか?それとも...」
「ああ」
そう言うとキャットは大きくため息をついた。
「そのボロボロな成りでどんな事をしていたのかは何となく分かる...だがそれはクラン(仲間)を捨ててでも叶えたいことだったのか?」
「分からない。」
キャットはヴィタの返答に酷く呆れたのか椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。
「じゃあ私がお前の首切ってやる。」
キャットは腰掛けた椅子からヴィタの体に飛びつき、ローブの中に手を入れる。
「吹聴師」
「何のことかわかるか?」
「吹聴師?」
「お前が姿を消した後、ハーメイルの奴らが投げかけられた蔑称だよ。」
「あんたは最悪のタイミングで姿を消したんだ。」
キャットはローブの中にあるヴィタの剣の柄を握る。
「ここで潔く死ぬんなら私だけは許してやる。」
キャットは手にかけた剣の柄を抜き去った。
「何だこの出来損ないな剣は」
抜き去った剣をヴィタの首元目掛けて振るうキャットだったが手に持つ剣を見て思わず手が止まる。
それは剣先のないガラクタだったのだ。
「これからどうするんだお前は」
「故郷に帰る。」
そう言うとキャット鼻で笑い、剣先の無い剣を鞘へしまった。
「じゃあいい...殺さないでやるから依頼の一つでも付き合え」
キャットはそう言うと部屋を後にした。
キャットは協会に貼られている誰もが手にしないような高難易度の依頼を手に取る。
[依頼名 龍星群の殲滅]
それは空から星のように降る龍の群れを討伐するといった一国が相手取るような高難易度の依頼だった。
「龍は久しぶりだ。」
昔、相対した地龍ベルモルトの姿を彷彿とさせる。
ベルモルトよりは容易い敵だが今回の敵は数がそれを上回る。
「そう言えば昔、龍を相手に殺されかけたんだったな。」
「ああ、あの時は運が良かっただけだ。たまたま出くわしたグレイに救われたんだ。」
「[欠剣]か...」
「どうしたんだ?」
「いや、何でも無い。」
「なぁヴィタ何で私がこの依頼を受けたと思う?」
「分からない。」
「この依頼...誰も受けようとしないんだ。」
「それはそうだろうな、そのレベルの依頼は受けたからには必ず死人が出る。」
「そう...こんな依頼私らロイヤルキャットぐらいしか受けられないんだ。」
キャットはそう言うと眉間に皺を寄せ、少し疲れたような顔をする。
「だがちょうど良い、」
「死んでくれても構わないちょうど良い男が現れたからな。」
「手を貸せ。」
「ああ、」
そう返答するとキャットは転送装置に手を掛ける。
それは遠い場所を瞬時に移動することができる魔道具。
一般の人間が使うことはおろか所持することさえ禁じられている筈のものだった。
なんでこんな物が冒険者協会に置かれているんだ。
それに...
「それを使う権限は貴族以上の階級を与えられた者でしか使用が認められていない筈だが?」
「そうだな、よく覚えてたな。」
「貴族か...今の私はそれより上だ。」
「?」
そう言うとキャットの手にある転送装置が光を帯び始め、ヴィタとキャットを含む三人の冒険者を連れ、転送装置は起動する。
そこで俺の意識は事切れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ヴィタ!!」
聞き覚えのある懐かしい声が耳元で聞こえる。
「ヴィタ起きて!!」
そうだったなお前だったな。
目を開けるとそこには赤毛の少女が大粒の涙を溢している。
「ヴィタが起きた!よかった!死んで無かった!!」
「何がどうなった。」
混乱する意識の中、僕は事態の把握に集中する。
そう僕たちは今六方祭に向けて訓練をしていたんだ。
今日の相手はバトルボアという魔物で高い耐久性と攻撃力を誇り、僕たちの年齢からすれば不釣り合いな身の丈にあっていないそんな相手だった。
「これやばいかもな、」
そんな時ヴィタの頬に生暖かい物が伝う。
「エルまだいけるか?!」
「僕はいけるけどテネがもう限界!!」
エルナードは黒い大きな影を既の所で避ける。
「もうっ!あの猪なんなのよ〜〜!!」
「泣き言言うなエンナ!」
「ヴィタ〜も〜無理〜」
テネはエルの肩の上で搾り尽くされた果物のようにへたり込んでいる。
「テネを気張れ!」
「ヴィタっ!!!!」
「だから何度も私は無理だって言ったのよ!!」
「あー!お前らウルセーー!!!」
女子連中の泣き言の連続にヴィタの心まで折れそうになる。
「エル!あれをやるぞ!」
「わ、分かった!!」
ヴィタを声をを聞き、エルナードは均衡を発動する。
「[均衡名]光盾」
エルナードが作り出した光盾は緑色の眩い光で敵を誘い込む。
それを見たバトルボアは緑色の眩い光を消し去ろうとばかりにエルナードへと突進を始める。
光盾という均衡は眩い光で敵を誘き寄せる能力。
それは精神支配に近い能力だ。
しかし光盾の能力はそれだけではない、盾の放つ眩い光は近づく程に敵の視界を奪う。
「[均衡名]結晶化」
地面に触れたヴィタは指定の場所に結晶化された地面を設置する。
「串刺しになれ、」
すると次の瞬間酷い鳴き声と共にバトルボアの命は事切れた。バトルボアの死因はヴィタの生成した鋭利な結晶によって脳天を貫かれたの原因だ。
これは良い技の組み合わせだ。相手の冷静な判断と視界を奪い、一方的に僕らの土俵へと引きずり込める。
これは人間を相手にでも使える!
「良くやった!エル!」
「ナイス判断だよヴィタ!」
エルナードとヴィタはハイタッチをする。
歓喜の声を上げる二人を残し、エンナとリエナは気まずそうにしている。
「エンナ達も良くやった!」ヴィタはそんな二人に賛辞の声をあげる。
「私たちは何も...」エンナとリエナは下を俯いている。
「いいやよく索敵とサポートに徹してくれたよ。」
「エンナは均衡で敵を視認し、奇襲を仕掛ける。」
「リエナはそれを皆に伝達。」
「僕の理想の形だ。」
戦場は情報戦になる事が多いらしい、でもそれは二人の均衡で補える。経験の少ない僕らからしたらとても頼りなる能力だ。
「一連の動きが出来れば相手に先手を打たれることがない、その分皆んなの命の危険が無くなる。二人は実際に目には見えないが誰よりも活躍してるぞ。」
「そ、そそ、そう?」
リエナは嬉しそうに笑みをこぼす。
「まあね!」
エンナも自信を取り戻したのか先ほどが違い、声にハリがある。
「それにテネも良くやった」
「今の僕たちの身体能力だけじゃ勝てない敵も多いがテネのお陰で何とかなってる。」
「テネは僕たちの心臓だからな!」
「絶対一番先に死んじゃダメだぞ?」
「は〜い」
ヴィタがそう言うとテネはエルナードの肩で死人のように返事を返す。
「皆...明日だな!」
「うん!絶対勝とうね!」
「当たり前!」
「そ〜だそ〜だ〜」
「わ、わわ、私は怖いけど、」
「み、みみ、皆んながいるなら、」
「こ、ここ、怖くないかも、、知れない、、」
「はいはい、ずっと一緒だよ。」
エンナがリエナに寄り添う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そうだ...ずっと一緒だ...」
ヴィタはそんな皆んなに手を伸ばす。
「ヴィタ何言ってんの?」
目を開けるとそこにはキャットの顔が目の前にあった。
「これから依頼なんだシャキッとしろ。」
「ああ、」
ヴィタは体を起こし、顔を洗う。
「何の夢を見てたの?」
「何だろうもう覚えてない」
「辺りを見な、酷いもんだ」
「ああ、」
そこには焼き尽くされた家屋や煤まみれの人々の姿がその場に座り込んでいる。天はそれを見下ろすように厚い黒い雲で覆われ、街全体は暗がりを帯びている。
「早く終わらすよ。」
「分かってる。」
街の被害を見てかキャットは歩くスピードが早くなった。
「ふざけるな!!」
怒号が聞こえると同時に拳大の石が目の前を横切る。怒号の聞こえた先を見るとそこには煤まみれの男が肩で息をするほどに怒りに満ちた表情で俺らを睨みつけている。
「何のつもりだ?俺たちはお前らを助けに来たんだぞ?」
依頼者が依頼を受注した人間に石を投げつけるなんてあり得ないことだ。
「今更助けるだぁ?ふざけんな!!」
「もう遅いだよ!全部あの忌々しい飛龍共に奪われた後だ!俺たちは家も家族も思い出も全部奪われたんだぞ!」
そう言い残すと男は泣き崩れ、地面にへたりこむ。
すると男の言葉に賛同した者が次々と声を上げる。
「そ、そうだ!今更来たって何も残ってない!」
「返してよ!私たちの家を!」
「家族を返せ!!」
どうやらその街の人々の怒りの声はキャットや「ロイヤルキャット」へと矛先へと向けられているようだった。
何なんだこの異質な現場は、、
まるで彼らはこの街の惨状の原因がキャットらにあるように感情のままに怒りをぶつけている。
「すみません」
「何をしているんだキャット」
キャットは街の住民に頭を下げ、許しを請いている。
キャットが頭を下げると、より一層非難の声が上がった。
「良い気になりやがって」
ヴィタは腰の剣に手をかける。
「やめろ!ヴィタ!」
「お前は飛龍の討伐さえ手伝ってくれたら良い」
「何もするな。」
「お前らも何が言えよ!」
ヴィタは同行人のキャットの部下に問いかける。
しかしその部下でさえ、自身がこの惨状の加害者であるように申し訳なさそうにしている。
何だこれは...
ヴィタは街全体の雰囲気の異常性に違和感を覚える。
「おい!止まれ!キャット!」
「何だ、」
「あの対応はどう言うつもりだ?」
「私たちが到着するのに遅れたんだ、住民に反感が出ても仕方がない事だ。」
「理解できないな。」
「だろうな、お前は黙って私について来い。」
キャットは歩みを始め飛龍の住処へと足を運ぶ。
すると一人の男がヴィタに歩み寄る。
「貴方はハーメイルのヴィタ殿ですか?」
「ああ、」
それはキャットの部下である冒険者の一人だった。
「昔貴方のファンでした。」
「ああそうか、それはありがとう」
「でも今は違います。」
その冒険者はヴィタを恨んでいるのか冷たい目をしている。
「貴方が消えてハーメイルは勿論ですが私達は苦労しました。」
「何が言いたい?」
「私達だけでは手が足りないのです。」
「手を貸してください。」
「あなたも先ほど感じたのでしょう?」
確かに感じたあの異質な現場...
10年前だったら、あのような事は起こり得ないはずだった。
「ヴィタ殿...今の冒険者協会は昔の冒険者とは異なります。冒険者協会は今では人民を守る為の機関となっています。」
「何を言っているんだ。それには王都の騎士団がいるだろう?」
「今までもそれで人命を守ってきたはずだ。」
「そうですね。」
「「でもそれは昔までは、」の話です。」
「10年前、国王が変わり何もかもが変わりました。」
「それはただタイミング悪かったとしか言えません...ですがその愚鈍な王は大罪を犯したのです。」
「その大罪とは国王は国内の騎士団等の軍事機関の融資を完全に撤廃したのです。」
「それによって王都の騎士団は無くなり、人々は救いの手を求め、冒険者協会へ助けを求めるようになったのです。それが今の現状です。」
「これは私の恨み言と受け取って構いません。なぜなら私はあなた達がいれば救えた命があると思っているからです。」
「冒険者協会の抱える戦力にあなた達がいれば、少なくとも私達は命の選択をしなくて済んだ。」」
「あの時、あの日あんたが姿を消さなければ!!」
名も知らぬ冒険者は目に涙を浮かべ歯を強く食いしばっている。
「黙れ。」
そこでキャットが戻ってきた。
「団長っ!...ですが!」
「私の命令が聞けないのか?」
「い、いえ、失礼します。」
そう言い残すと冒険者はその場を後にした。
「キャット...」
「そう言う事だ。」
「私達冒険者はもう自由じゃない。」
「縛られているんだ。」
「生きた屍にな、」
「私の昔夢見た冒険の夢は途絶えた。」
「今は目の前にいる弱者が死なないように生きている。」
「それが今の私だ。」
「今日も弱者を救いたい、」
「手を貸してくれ。」
キャットはそう言い、ヴィタに頭を下げる。
その風貌には俺が知っているキャットの姿が見えなかった。十年と言う年を経て少しずつ変わっていったんだろう。
「分かってる。」
ヴィタはそう一言返した。
「助かるよ、◯◯」
「やっとそう呼んだな...でも恥ずかしいから辞めろ。」
そう言うとキャットは笑みをこぼす。
その笑顔には昔には無かった目尻の皺あった。でもその時彼女は子供のように笑った。
「き、来ます!団長!!!」
キャットの部下が声をあげた。
すると途端に空が赤く染まった。
それは空を覆う黒い雲の中から赤い光が地面へと降り注いでいたのだ。
「ヴィタっ!来るぞ!」
キャットは空目掛けて飛び上がる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
発動 ウェアリナ・ラダー 「均衡名[衝撃]」
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「衝撃に備えなさい」
次の瞬間、轟音と共に空の赤い光が弾け飛んだ。
ハーメイル;最強の吹聴師ら 歯小 @hazuki_sousai
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