七話 10年

七話 10年


カララン

木製の使い古されたドアを開け、くたびれたローブで身に纏う男が店の中へと入る。

「いらっしゃいませ!!」

店の奥から聞こえる店員の声に男は酷く頭が軋む。


店の人はその姿を見て呆れ顔をする。

「もう、大丈夫ですか?」

店の人はその男と顔見知りなのか心配の目を向ける。

「ああ...そんなことより...水と何か食いもんを出してくれ。」

男はぶっきらぼうにそう言うと机の上に数枚の銀貨を出した。

「分かりましたよ。」

またもや呆れ顔をした店の店員は銀貨を受け取り、厨房へと入っていった。


ああ酷く頭が痛む...

今回の探索はどれぐらいの期間篭っていたんだ。

もう「俺」1人ではここがまでが限界か...


男は身を飾る二つの装飾品を投げるように机の上へと置いた。


その机の上に置かれた装飾品の名前は「星黒のブレスレット」と言う呪いのブレスレットと全ての冒険者が持っているであろう指輪「魔指(ローマ)」の二つだ。


「アンタそんな大切なもの机の上に置くんじゃないよ。大事に懐にでもしまっときな...」

厨房から現れた店主のマリアンはそう言いながら机の上に料理を並べて置いていく。

「特にアンタのは特別なものでしょう?」

「その青黒いブレスレットは知らないけど...そのローマ...中に入ってる残留因子だけでも十億ベリルはくだらない」

久しぶりに見たその女店主に男はこう言い放つ。

「マリアンシワが増えたな...というよりお前老けたな」

マリアンは手に持つ鉄のお盆で男を殴りつける。

「それはアンタもでしょう?!私もアンタに初めて会った時はこんなくたびれたおっさんじゃなかったよ!」

「ああ、そうだな、」

男はバツが悪くなったのか顎に生える髭を触る。

「たくっ、アンタいつまでここに住み着くきさ、ここにきて何年だい?」

女は呆れ顔で男に詰め寄る。

「そうだな何年だろう?」

男は眉間に皺を寄せ、頭を悩ませる。

「ここに来たのが確か25の時だ、」

「え〜と今は...35か?」

「まぁもうここに来て10年経つのかい、」


そうか...俺がここに流れ着いてもう10年経つのか...


「私がアンタ初めて会った時は珍しい黒髪の男でツラまでいいんだ。」

「だからここらの女皆んなアンタに惚れ散らかしてたよ。」

「それはお前もだろう?マリアン」

今では髭の伸ばした汚らしい男はそう言い、マリアンを見つめる。

「は、はぁ?!何を勘違いしてのさ!」

マリアンは声を荒げて否定する。

「じゃああれは勘違いだったのか...」

「そうだよ勘違いさ!」

マリアンは年甲斐もなく慌てふためき、頬は染めている。

「昔、俺が魔物の呪いにかかった時一日中世話をしてくれただろう?」

「俺はそれで惚れてるとばかり思ってたよ。」

「それはっ!」

マリアンはより一層顔を赤らめる、

「今思えばあれは何の呪いだったんだろうな?」

「あまりその日の記憶がないんだ。」

「そんなの覚えてなくていいさ、」

「そうか?」

「ああ、でもその時私は思ったね。アンタは女と付き合えないってね。」

マリアンは遠い目で空を見上げる。

「何でだよ。」

「それは...女が耐えられないからさ...」

「性格が悪くてか?」

「そんなところよ。」

マリアンの含みのある返答に髭の男は頭を傾げる。

「でも安心しろマリアン」

「なにさ、」

「俺もう故郷に帰ることに決めたんだ。」

「それは本当かい?」

マリアンは机の上に乗り出し食い入るように話を聞く。

「ああ、もう俺1人じゃ無理なんだよ。」

「それじゃあ何かい?諦めるのかい?」

「ああ、どうやってもアイツには勝てないんだよ。」

男は投げ捨てるように言い放った。

「そうかい、まぁいい機会だよ。」

「アンタももう若くないんだ、もう挑戦をするような歳じゃないんだよ。」

「分かってるさ、だから諦めたんだ...」

「ご馳走様。」

男は空の器に手を合わせ、席を立つ。

「長い間世話になった。」

「そうかい、もう帰ってこないのかい?」

「そうだなここに戻ったら諦めもつかなくなる気がする。」

「寂しいね。」

男がそう言うと2人にしばらく沈黙が走る。

「元気でねヴィタ」

マリアンがそう言うと男はハニカミ何かを企む顔をした。

「ああ、これ以上老けんなよマリアン!」

男は最後子供のように笑いその店を後にした。

「たくっ、」

マリアンは髭面の男に若かりし頃の想い人を重ねる。

「じゃあね私の初恋」

マリアンは何年も前に諦めた甘い初恋を思い出し、当時の思いを振り返る。


するとマリアンの背後で声が聞こえた。

「母ちゃん!」

それは店の奥から聞こえたようだ。

「なんだいユーエン」

「僕も店を手伝うよ!」

「本当かい?ユーエン」

「それじゃあ皿洗い任せてもいい?」

マリアンは食べカス一つない綺麗な器を子供に手渡す。

「どうしたの母さん」

「フフフ、ユーエンが手伝ってくれて嬉しいのさ」

「えへへ任せてよ。」

「ほらじゃんじゃん洗いなさい〜」

マリアンはユーエンに洗い残されたお皿を差し出していく。


(私、アンタを諦めたことに後悔はないよ。)

(アンタを好きだったし、愛してた。)

(でもそんなアンタよりもこんなに愛おしい子供に出会えたから...)


そんな時ユーエンは無邪気な笑顔をマリアンに向ける。


「今日のご飯はユーエンの好きなご飯よ!」

「やったぁ〜!!」


一方その頃、店内にて聞き耳を立てていた怪しげな人影が動いた。

「はは、じゃあアレがハーメイルのヴィタ・エネディクトか!」

「大物だね!」

「おい!声でかいぞ!」

「それはにぃちゃんもだよ!」


「ん?誰かいるのかい?」

無人か、と思われた店内で聞こえた声にマリアンが反応する。

「誰もいないわね...」


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登場人物

ヴィタ・エネディクト...小柄な黒髪の少年。

均衡名[結晶化]

エンナ・イーファ...赤髪の少女。

均衡名[点呼]

テネ・ウィザード...子紫色の髪の少女。

均衡名[寝ン無]

エルナード・グランド...大柄な少年で青柳色の髪の少年。

均衡名[光盾]

リエナ・バック...翡翠色の髪の少女。

均衡名[八岐大蛇]

アルセ・ユーベン...白髪の少年。

均衡名[ ]


冒険者

灰色の髪色をした中年男性。

鋼鉄の鎧で身を纏い、剣を巧みに操る。コロシアムの元王者。

均衡名[強器]


ギルナ・コバルナ

桃色の髪の毛の若い女性。

聖職者で作中に出てくる神を信仰している。

均衡名[緑化]


謎の少女

ヴィタの夢に出てきた少女。

[ ]


ケイツ・エネディクト

均衡名[水壁]

ヴィタの父親で村の地主ユーベン家と深く関わりのある人物。


アルフレッド・ユーベン

均衡名[ ]

アルセの父親で村の地主、厳格な人柄で知られているが彼には変な収集癖があり、ユーベン家で働く人間のほとんどは何処かしらからヘッドハンティングされた人で構成されている。

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