第4話

   ❤


 翌日、英太は申し訳なさそうに、他の子のライブに行ってしまった。私の気のせいかもしれないが、申し訳なさそうだったことすらイラっとしてしまった。好きなアイドルの行きたい現場だったら、堂々と楽しそうに行ってほしかった。嘘でもいいから、私に「いいなあ。私も行きたいなあ」って言わせてほしかった。えなちゃんの代わりを探すために行くライブなんて、どちらのファンにも失礼だ。

 午前中に自分の部屋の掃除をして、ふとんを干そうと英太の部屋に入った時、えなちゃんの2L写真が写真立てにあるのを見つけた。卒業ライブで販売された限定写真。ブルーのワンピースに身を包んだえなちゃんが珍しく口を開けて笑い、ピースサインをしていた。ファンの間でも最高の一枚と称されるもので、私の部屋にも同じ写真が飾ってある。布団を干しながら見回すと。他にはポスターなどが見当たらなかった。私も英太もグッズに執着するタイプではない。でも、それにしても少なくないか。机の上には他のアイドルたちのCDが置いてあったが、どれも未開封のようだった。私はえなちゃんの写真の収まった写真立てを伏せて置いた。

 焼うどんでお昼ごはんを済ませると、暇になりソファーの上で横になるが昼寝ができそうじゃなかった。「いつもはどう過ごしていたんだろう」と思い返し、えなちゃんのライブの無い週末はライブのDVDを観たり、チェキを整理したりしてたんだったなと思い出し、部屋からDVDとチェキのファイルを持ってきた。間違ってこぼさないようハーブティをテーブルの奥側に置いて、DVDプレーヤーの再生ボタンを押した。

 相変わらず、えなちゃんは最高だった。代表曲を歌うはじけるような笑顔もステージを飛び出すほどの高いジャンプも、バラードを歌う切ない表情も、MC中に見せる飾りのない微笑みも、ステージに上がった瞬間のスイッチの切りかわった真剣なまなざしも。見始めて40分が経ったころだった。違和感に気づき、停止ボタンを押して、画面を真っ暗にした。

 おかしい。

 えなちゃんが最高のパフォーマンスをし、大好きな曲が続き、ファンもこれ以上ない盛り上がりを見せていた。しかも、このDVDは卒業ライブの次に私が好きな長野遠征のときのライブ映像だ。なのに、なのに、なんで。楽しい時間なのに、こんなに最高なライブなのに、この時間がいつもより楽しくなかった。

 私の感情が過去を美化してしまったのだろうか。あの時が楽しかったと思い込んでいただけなのだろうか。

 えなちゃん、助けて。えなちゃん、私を助けて、お願い……

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