第2話

   ☆


 家の扉を開け、リビングに電気を灯し、買ってきた物を冷蔵庫に詰め、リビングの窓を開けたところでようやく息をついた。昼間より弱くなったものの、室内干しにしている洗濯物がなびくほどの風が部屋を通り過ぎる。近いうちには春一番が吹くようだ。

 時計は夜の8時を指している。心音(ここね)さんは今日も残業だろうか。

「金曜なのにな」

 スラックスをハンガーにかける。

 俺たちは同棲して1年半になる。ふたりとも天川えなちゃんのファンで、初めて話したのもライブ終わりに行ったファストフード店だった。お互い現場で顔を合わせることもあったが、話したのはその時が初めてだった。カウンターで隣同士になり、僕が「今日はおつかれ様でした」と声をかけた。その日はそれだけだった。

 それから、えなちゃんのライブの後、一緒に夕飯を食べるようになった。お互いを意識したのは、えなちゃん初めての名古屋遠征の時だった。台風の停電で帰りの新幹線が浜松で動かなくなってしまい、冷房が弱くなった車内で、夜通ししゃべった。汗だくになりながらも、文句ひとつ言わずに明るくふるまう彼女といっしょにいられたら幸せだろうなって思った。

 シャワーを浴びて、そろそろご飯を炊こうかと考えていると、彼女から夕食は食べてくると短いメールが入った。「やっぱり」と無意識に口から出た。冷蔵庫から一番安い缶チューハイと納豆を取り出すと、テーブルに着く。テレビをつけようと思ったが、リモコンがテレビ台のところにあったのであきらめる。

 チューハイを缶のまま口をつけて、スマホを開く。お気に入り登録してあるアイドル情報サイトを開き関東近郊のライブスケジュールを表示させる。

 最近の金曜日はだいたいこんな感じだった。えなちゃんの引退前は、金曜の夜はふたりで週末のライブ情報を確認し、出発時間や道順や近くの観光スポットや食べ物屋をリサーチして計画を立てて、日付が変わるまでしゃべった。土曜のライブが遅い時間からのときは、普段は呑まない心音も一緒にお酒を飲んだ。それからもう2カ月が経つ。

「えなちゃんがいないと、俺たちはだめなのかな」

 納豆に手を伸ばすが、かき混ぜるのが面倒になり手を戻した。買ってきたばかりの缶チューハイはぬるかった。

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