第13話 彼と彼

「…というのが事の顛末だ」

「そりゃ嫌われますよ」


 彼は今、清明宮の自室で、御簾越しに部下と相対していた。丁度今、世間話と情報共有を兼ねて話していた、この場所を訪れた現世の少女とその経緯を説明しきった所だ。

 御簾の向こうからは、ここまで無言で聞いていた相手から呆れたような声が響いてくる。


「お前までそう言うか…」

「出会って数分で妻になれとかほざいておいて、こちらに連れてきたら白無垢まで用意しておくとか意味が分からないです。第一、『妻になれ』って何ですかその言い方。女性に失礼でしょう」

「…お前は私に遠慮というものはないのか」

「これで良いと仰ったのは主上では?」


 確かに彼は、この相手に初めて会った頃から気楽に話していいと伝えていた。

 だが、身勝手なのは百も承知としても、もう少しくらい言葉を選んではくれないだろうか…とも思うのである。


「…して、戻って早々で悪いが、そなたに仕事を頼めるか」

「何なりと」


 御簾の向こうで、彼の部下は姿勢を正したようだ。気負った様子はさして無さそうな声音はそのままに、真剣な色が加わったように声色が変わる。


「笠原家について調べてきておくれ」

「笠原家と言いますと…、そのお妃様のご実家ですか」

「その通りだ。現世に行ってきてもらうことになるが…」


「では明日にでも」と相手は答えかけたが、彼は即座にそれを制した。

 相手の怪訝そうな様子が、御簾の向こうからでもよく分かるようだ。


「この件に関しては、そこまで急がなくても良い。何日か休息を取ってから向かってくれ」

「良いのですか?いつもはこき使ってらっしゃるのに」

「…あの娘に叱られた」


 二人で街に出たあの日。帰宅した彼は彼女と共に、くたびれた様子の白秋と顔を合わせた。その様子を見た鈴に、彼はこのようなことを言われたそうだ。


 ─もう少し部下を大切にしたらどうです?


 普段あまり感情を見せない少女が、いつも以上に冷ややかに、嫌悪感を露わにしていたのである。流石の彼も反省させられるほどの剣幕だったという。


「お妃様の仰ることもごもっともですね」

「今後は善処する。…せっかくだから、白秋たちにも顔を見せて来なさい。しばらく姿を見ないと心配しておったからな」

「では、お言葉に甘えるとしましょうか」


 溜め息と共に、相手は言葉上は呆れた様子で「白秋の野郎は心配性ですからね」と零した。呆れたつつも機嫌を直したようなその声音は、相手がこの部屋を訪ねて来てから初めてのものだ。


「…それで、他にご用件は?」


 御簾の向こうで、自分の現状に気づいたようにはっと息を呑む音が聞こえる。

 緩んだ口元を引き締めている様子が、目に見えるようだった。


「いや、これで終わりだ」

「そうですか。ではこれで失礼致します」


 相手がそう言ってすぐに、青い影が御簾の向こうで立ち上がったのが見えた。

 清明宮での相手の正装扱いである濃い青の衣、それを纏うのはこの場所で一人だけ。


「例の件、頼んだぞ。

「御意に」

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霊感少女の冥界暮らし 駒野沙月 @Satsuki_Komano

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