第12話 四使の息抜き
穏やかな陽の光が清明宮に差し込むこの時間、その広大な庭に面した廊下を白衣の男が歩いている。
猫を象った面に隠れてはいるが、その下の濃い隈からするに、随分と寝不足であるようだ。
この時彼は、自室からまともに出たのは数日ぶりだった。彼でないとできない仕事で缶詰になっていたのがようやく終わり、まだまだ残っている仕事に取り組もうとした所で、部下が「そんな状態でこれ以上仕事されても困る」と彼を追い出したのである。
気を遣ってくれたのであろう部下に少々の申し訳なさを感じつつも、久々に手に入った休暇に彼は内心安堵していた。
その時、彼の耳に二人分の話し声と笑い声が届く。どこか、彼が歩く廊下に面する部屋から聞こえてくるようだ。
やけに聞き慣れたその声に嫌な予感を抱きながらも、彼は意を決してその部屋の襖を開けることにした。
「お前らはまた…」
「お、
「終わる訳ないだろうが」
彼が予想していた通り、そこには黒衣と赤衣の二人組の姿があった。彼の旧友であり同胞でもある二人組は、珍しいことに普段からつけている面を外している。
垂れ目で人好きのする顔立ちの玄冬。色素の薄い髪と青みがかった瞳が目を引く朱夏。
その二人の手には杯が握られており、畳の上には栓の空いた酒瓶が何本か並んでいる。どうやら、この真っ昼間から酒盛りをしていたらしい。
白秋は疲れ切ったように深く息を吐くが、二人組は手の杯を掲げるようにして出迎えた。
「じゃあどうしたの、まだ仕事あるんでしょ」
「…部下たちに追い出された。根を詰めすぎだと」
「ふうん。てことは今暇ってことね」
「んじゃ一杯どう?」と差し出された杯は、元から床に置かれていたもの。
随分用意の良いことだと呆れながらも、彼はそれを受け取ることにした。勿論、邪魔な面は外して。
「というかお前ら、仕事は」
「他の奴らに任してきちゃった」
「俺は今日非番だ」
「…
「いやあ…蓮ならともかく、俺じゃ時間かかりすぎて無理よ?お前らの業務書類とか分かんねえって」
「お前らの分をやれと言っているんだ。それまで俺たちの所に回っているんだからな」
「まあまあ、そうカリカリしなさんな」
寝不足故に気の立っている白秋だが、その原因の一端である玄冬はそれを宥めるかのように杯に酒を注いだ。
白秋は注がれた酒を一気に飲み干して、ふうと一息つきながらもきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「そういえば、
「さあ、今日も主上のお供じゃない?部屋行ってもいなかったんだよね」
「そうか。最近姿を見んな」
「萩も知らないかあ。お前なら知ってるかと思ったんだけど」
「葵の仕事は何時も主上しか知らないからな。私とて伝えられんよ」
「なに、嫉妬?男の嫉妬は見苦しいよ~?」
普段からお調子者の片鱗を見せている玄冬だが、酒に酔っていると尚更絡み方が面倒臭くなる。
んな訳あるか、と白秋は玄冬を押しやるようにするが、玄冬は気にしない様子で話し続ける。
「嫉妬って言えばさあ、お妃様いるじゃん?女性なんて興味無さそうだったあのお方が、あんなにベッタベタなの、あれはちょっと妬くよねえ」
「…ああ、鈴様のことか」
「そーそー、いい子そうだったね。この前蓮と一緒にお話したんだけどさ、その後俺だけ主上に禁止令出されちゃった。一人で近付くなー、って」
「普段の行いが仇になったな」
「…この前」
その時、これまで口を閉ざして聞き手に徹していた朱夏が珍しく口を開く。
他二人の視線が自分に向けられたことは気にせず、彼はそのままに言葉を続けた。
「お妃様がお一人で庭を見に来られていたから案内したんだが、あの方は凄いな」
「何かあったの?」
「…外から霊が来ていたのを、俺より先に言い当てた。結局、霊自体は小さい野うさぎか何かだったんだが、やって来る場所も結界に辿り着くまでのタイミングも完璧だった」
朱夏は庭の手入れと共に、清明宮を覆う結界の見回りも行っている。この役割は彼の適性に合わせて定められたものであるのだが、その分朱夏の敵性存在を感知する能力は高い。
ただの人間でしかない筈の少女が、その朱夏を超えている。薫ほどではないだろうが、自分たちは軽く超えている様子の彼女の能力に、彼らは内心驚いていた。
「…へえ、あの子そんなに霊感あるんだ」
「主上は一体どこからそんなお方を連れて来られたんだろうな」
「さあ。あのお方は俺たちごときの尺度では測り切れんお方なのだから」
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