第11話 霞の奥の青衣
背まで伸びた艶やかな黒髪とそれを一つに束ねる髪紐、顔を覆う薄紫のフェイスベール。背の高さも細身の体形も、彼そのもの。
唯一違うところと言えば、身に纏う青い衣くらいだろうか。霞の奥に見える〈彼〉は、その青色以外は不自然なまでに薫と瓜二つな人物だった。
彼は結局、道の向こう側に立つ私の存在には気が付かなかったらしい。特に何かに目を留めた様子もなく、淡い青の衣は足早にその場を立ち去って行った。
この時私は、薔薇の香水にも似た上品な香りを感じたような気がするのだが、あれは気の所為だったのだろうか。
「すz…凛、どうかしたか?」
それをぼんやり眺めていれば、隣から唐突に声をかけられる。その声に少しびっくりしてしまったが、言われてみれば当然である。
だって、彼はさっきからずっと私の隣に居たのだから。そのべったりさ加減が、少々鬱陶しいくらいには。
青衣の人物を見つけて少し目を離したのは確かだが、だとしても、そんなにすぐに向こうから戻って来られるわけがない。それくらい、この大通りは広いのである。
「いえ…あなたに似た人がそこを通って行ったみたいで」
ただの見間違いです、と私は頭を振る。
「そうか。…さあ、あやつからの頼みを遂行しようではないか。本屋はその後だ」
甘味を食べに行くのもいいな、と私の手を取る彼はやけに上機嫌そうに見えた。
だがそれは、どこか取り繕ってでもいるような。何となく不自然な話題転換のようにも思えた。
彼の手には、外出前に白秋から渡されたメモ書きがいつの間にか握られている。いかにも勤勉そうな字で綴られた白秋からのお使いは、食材やお菓子、従者の誰かがリクエストしたのだという珍しい本などだ。
主であり神である薫に頼むにしては品揃えがしょぼいような気もするが、そこは二人の付き合いの長さによるものだろうか。
その後の私たちは、結果的に約束通り本屋を訪れ、休憩がてら彼に甘味処であんみつをご馳走してもらった。
彼が勧めてきた通り、あんみつ自体は甘くて美味しい。だが、それを運んでくれた甘味処の主人らしき人物には角のようなものが見えたし、店の奥にいる客の一人はなんだか首が長かった。
…そういえば、この場所の食材って一体何でできているんだろうか。幽霊どころか人間ですらない姿の住人たちを思うと、なんとなく知らない方が良いような気もする。
そんな不安を覚えつつも、私はおそらく木製であろう匙を動かしていた。
すると、隣で同じようにあんみつを食べていた彼に、不意に声を掛けられる。
「なあ、そなたが見たという男だが、そんなに私に似ておったか?」
「…ええ、見間違いでなければ」
「ふうん。まあ、見間違いだろう。…では、これを食い終えたら帰るとしようか?」
自分から聞いてきたくせに、彼はあっさりとその話題を終えた。
私の返答を聞いた彼は、声色こそ変わらないが、薄布の下の表情は少し動いたような気がする。口元がちょっと歪んだような。
…というのも、ただの勘だけど。
彼は私の顔を見られるのに、こちらからは彼の表情が分からない。
この時は特に、それがどこか不公平に思えて仕方なかった。
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