第8話 四使(二)
清明宮の中でも比較的広めなこの部屋は、普段は応接室として使用されている部屋だ。
どうやら彼らはこの屋敷の従者の中ではそれなりに高い地位にあるらしく、場所の手配はすぐに済んだ。
そして私は、案内されたその部屋で彼らと御簾を隔てて話をすることになった。
…御簾て。平安文学の貴族じゃないんだから。そもそも既に姿を見られているのだからもう必要無いと思うのだけど、そこは一応のけじめということで押し切られてしまった。
「話って、何話せばいいんだ」
「何から話そうか?」
「考えてなかったのかよ」
特別扱いしている割には、御簾の向こうの彼らは気楽そうにしているようだった。そんな風に、ひそひそと会話をしているのが御簾越しに聞こえてきた。
「そうだなあ。お妃様…じゃ他人行儀か、鈴ちゃんって呼んでもいい?鈴ちゃんは、この屋敷について主上からどこまで聞いてる?」
「どこまで、って言うと…」
「ん~…じゃあ、ここが主上の私邸で、ここに務める従者はほぼ全員霊体だってことは?」
そこまでなら知っている。私は「はい」と頷いた。
「すっごく簡単に言えば、その従者たちの一番上にいるのが僕たち四使なんだ。周りからは主上の側近って認識されてるけど、まあ、こんだけ仕えてればそう思われるよね」
「そんなに長く仕えてるんですか?」
「結構長いよねえ。どれくらい経つっけ」
「…もう少しで1000年じゃなかったか」
「あー、もうそんなか」
何でもない事のようにさらりと告げられた時間は、想像していたのよりもずっと長かった。たった十数年しか生きていない私には想像もつかないくらいには、途方もない時間である。
「他の奴らは長くて200年くらいだから、ここでは一番の古株なのは確かだよ。主上に比べればまだまだひよっこもいい所だけど。…んで、何の話してたっけ?」
「俺らの話」
「そうでした」
朱夏に言われ、玄冬は思い出したかのように四使について改めて話してくれた。
この場所で四使と呼ばれているのは、
四使にそれぞれ担っている仕事があり、玄冬は先程聞いた通り宮の警備と守護、朱夏の場合はこの広すぎる庭の管理と手入れがそれにあたる。また、無数に存在する従者たちの管轄も彼らの仕事であり、それぞれに部下を従えているそうだ。
余談だが、彼らの部下達は基本それぞれの上司と同じ色の衣服を着用している。だから、その従者が誰の直属かを知るには、そこで見分けるのが良い…と、彼らは教えてくれた。
色はそれぞれ、蒼春が青、朱夏が赤、白秋が白、玄冬が黒。そして黄色と緑は、薫と私の直属ということになるらしい。
「では、残りのお二方はどんなお仕事をなさっているのですか?」
武官と庭師。その仕事は、目の前の二人のイメージとは違うような気もするが、どことなく似合っているようにも思える。
四使という名の通り、その人数は四人だが、私はあとの二人をその姿すら見たことはない。他の二人は、この宮で一体何をしているのだろう?
「あと二人は…まあ、今後対面する機会はあると思うよ」
私からしてみれば、純粋な好奇心から聞いてみた問いだった。
だが、それまで常に饒舌だった玄冬はこの時初めて言葉を濁していた。
「白秋はこの宮の内政と帳簿に纏わる業務、そしてそれに関わる従者達の統括をしておりますね。縁の下の力持ちとでもいいましょうか」
口ごもった玄冬の代わりに、朱夏が横から取りなすように声を発した。
炊事に清掃、衣服や備品の管理、私とあの人の身の周りの世話。はたまたあの人の行う儀式まで。
屋敷内部のほとんどの業務と従者たちの統率を担っているのが白秋なのだと、彼は教えてくれた。
「それって…その人のお仕事だけ多くないですか?」
「それはそう」
「私も多少人手を回してはいるのですが…それでも手が足りないらしく」
「基本書類仕事で部屋に閉じ籠ってるんだよね、あいつ」
今度どうにか連れ出すつもりだから、その時にでも会ってやって。
親しげな声音で、玄冬は私に告げた。そんなに出てこないのか、と思いつつもとりあえず頷いておくことにする。
「それで、残りの一人は…?」
四使最後の一人、蒼春。この二人は、彼(?)の話だけは頑なに出そうとしない。
怖々と尋ねれば、彼らは気まずそうに目を合わせたようだった。
「蒼春は…まあ、主上の一番の側近だからねえ」
四使は基本的に全員同格、その中に身分の差は無いことになっているらしいが、蒼春だけは実質的に例外らしい。
曰く、この宮で青の衣を纏う人物は蒼春のみ。つまり蒼春には、部下も上司もいない。存在するのは主の主上と、同格たる四使の残りの三人だけということだった。
四使の中でもある意味特別な立ち位置かつ、薫の本当の側近である男が蒼春ということらしい。
「君が来るまではあいつが一番だったけど。まあ、今の一番は君だろうね」
「え、あれで…?」
「…あれでって」
「ねえ君、主上の素顔って見たことある?」
ある。別に見たかったわけではないが、初めて会った日に、あの人はあの薄布を私の前で捲って見せた。
そう言えば、玄冬は「やっぱり」と笑い、朱夏はひどく驚いたようだった。
「…本当ですか、お妃様」
「ほらね、言ったでしょ。…あのね、鈴ちゃん。主上も含めて、この場所ではみんな素顔を見せないのが普通なんだ。だからこそ、ここにいる人たちはみんな僕らみたいに顔を覆ってたり、最低でも顔は認識できない形で存在してる」
御簾越しではうっすらとしかその姿を見ることはできないが、そもそも彼の顔は狐面のせいで見えない。
しかしこの時の私には、お茶目に片目を瞑っている玄冬の姿が見えるようだった。
「信用した人にしか、あの方は素顔を見せないんだよ。ね、鈴ちゃん」
─これがどういう意味か、分かるかい?
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