第7話 四使(一)
この場所、清明宮には一見何も無いように見えるが、物はそれなりに揃っている。
もし無いものがあったとしても、頼みさえすれば大体の物は揃えてくれる。生活必需品でも、娯楽品でも何でも。スマホのような精密機器は流石に無理らしいが、本もお菓子も、家具でも洋服でもOKらしい。
とはいえ、それでもしばらくすれば飽きてくる。食事や入浴時以外はずっと部屋の中にいるというのにも流石に限界がある。
少しくらいなら、外に出てもいいだろうか。外から見えるよりも広いらしい屋敷を見て回るのもいいし、初日に少し回っただけの庭をもう少しじっくり見てみるのもいいかもしれない。
あまり外には出るなとは言われているけれど、屋敷の敷地内ならいいだろう。
障子戸の向こうの縁側に足を踏み出したその瞬間、戸の傍に座り込んでいた男と目が合った。…気がした。
目が合った、と言い切れないのも当然だ。だって、その男の目は面によって隠されていたのだから。
「あれ、君お妃様?」
私の部屋の前に座り込んでいたらしいその男は、部屋から出てきた私を見上げてそう言った。
黒い衣に白い狐の面。着物と同じく黒い髪をしたその男は警護役か何かだろうか。その手には長い槍のような武器が携えられている。
「どうかした?何か外に用事?」
「いや、別に…」
「なら戻りなよ。
この屋敷の従者たちは、薫のことを「主上」と呼ぶ。確かこれは帝の呼び方の一つだったはずだが、それくらい彼らが薫を慕っているということだろうか。
確かに薫は、私に「必要な時以外は外へ出るな」と言っていた。この場所には度々迷える魂がやってくるし、時に彼らが暴れたりすることもあるようだから、そう言われるのも尤もだろう。
それはそれとして、過保護が過ぎる気がする。屋敷の敷地内から出るつもりはないし、少しくらいは許してほしいものである。
「あっ、
その時、黒衣の男は庭に何者かを見つけたらしい。彼が手を振る先には、目の周りだけを仮面で覆った人物がこちらに向かってきていた。
朱夏と呼ばれたその人物は、その名の通り赤い衣を纏い、頭には黒い頭巾を巻いていた。面で隠れた目元以外の顔立ちは日本人風だが、頭巾からはみ出ている髪の毛は明るい色をしているのが印象的だ。庭木用と思われる大きな鋏を携えている姿からするに、この宮の庭師か何かだろうか。
「聞いてる?おーい」
とぼけたように声を上げる黒衣のことも気にせず、赤衣の男はつかつかとこちらへ歩み寄って来たかと思うと、私たちの前で足を止めた。そして、鋏を持っていない方の手を振り上げたかと思うと…
握り締めた拳を、黒衣の頭目掛けて真っ直ぐ振り下ろした。
…あっ、いい音した。
「いってぇ!?」
「この者が大変失礼を致しました、お許しくださいませ」
ぱしーん、といい音の鳴った頭を抱えて叫ぶ男のことは気にも留めず、朱夏は私の足元の縁の下へと跪き、即座に謝罪の言葉を述べる。
「ちょっと朱夏、何すんの!?」
「うるせえお前が悪いんだよ」
あまりにも迅速な反応にどう返事をすればいいか迷っていると、痛みの治まったのであろう黒衣は赤衣に抗議の声を上げていた。
顔の全面を薄布で覆っているあの人と狐面を被った黒衣に比べれば、朱夏という名らしい男は目元以外は隠していないのもあってか、表情が比較的読み取りやすい。
どことなく無骨で無口そうな印象を抱かされる風貌だが、その表情は黒衣の男への苛立ちと呆れが隠し切れていない。どうやら、思っているよりもずっと感情豊かな人物であるようだ。
「主上に仕える四使が一人、朱夏と申します。そしてこの不届き者は同じく四使、名は
「…四使?」
朱夏は玄冬という名らしい黒衣の男を縁側から引きずり降ろし、一緒に地に座らせてそう名乗りを上げた。その言葉によって、いくつかの疑問は解けたものの、その一部には逆に疑問を抱かされる。
"四使"。この場所に来たばかりであるのだから知らないことがあるのは仕方ないが、その単語にはどうにも聞き覚えがなかった。
「おや、主上からお聞きになっておられませんか」
「…ええ」
「じゃあちょっとお話でもしない?」
反省しているのかいないのか、玄冬は平然とそう告げた。
朱夏は止めようとしたようだが「お前も暇だろ」と言われて言い返せなかったようで、諦めたように別の部屋へと先導していった。
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