最終話 伝説のあとで

 後に魔王デヴォン討伐配信と呼ばれることになるライブは、総再生数一千万を超え、今もなお再生され続けている。


 フウガは一躍時の人となり、どこに行っても騒がれる存在になってしまった。慌てはしたけれど、数日もすれば元に戻るのではないか、と楽観的な気持ちでいた。


 しかし、彼の予想は甘かったようだ。結論を言うならまったく外れていた。七月に入った頃、彼はとうとう変装をして登校するようになっていた。


 教室に入って席に着くなり、カツラやメガネを外して一呼吸。すると前の席にいた友人が笑っている。


「よう。もう芸能人より有名だな」

「まさか、そこまでは流石にない」


 戸惑うフウガを見て、ユウノスケは笑いが抑えられない。


「しかしあれだな。めちゃくちゃ成功してきたじゃん。なれるかもよ。ナンバーワンの探索者ってやつに」

「ああ。目指していくよ。せっかくここまできたんだ」


 すると、ユウノスケの周辺にいた生徒達が群がり出した。


「やべーじゃんフウガ君! ねえ、どんくらい稼いでるの!?」

「なんか変わったよなぁ。めっちゃ暗かったのに」

「ねー。あたしちょっとファンかも」

「……………あ、ええと」


 フウガは途端にいつもの調子に戻ってしまった。その姿を見て、ユウノスケを初めクラスメイト達は笑っている。どこまでいっても、やはりコミュ障な男である。


 ユウノスケとしては、そういうところは変わらなくて良いとさえ思う。フウガは配信者としての認知だけではなく、知らず知らずのうちにみんなと打ち解け始めていた。


 ◇


「店長ー! 早く在庫仕入れてください! 間に合いませんよ」

「お、おー! 待ってて、今どこも残ってなくてさ」


 夏に入り、どういうわけか春日武器屋店は大盛況になっていた。連日のように店が満員になる。在庫はほとんどが売り切れてしまい、必死になって新しい商品を受注していた。


 アルバイトの子に手伝ってもらわないと手が回らなくなってしまう。そんな日常が来るなんて想像もしていなかった。


「あのー、魔剣ってありますか?」

「魔剣が刺さってた像ってどこですかね?」

「フウガ君って、よくここに来るんですか?」


 店長はその度に愛想笑いを振りまきながら、魔剣のエピソードやフウガのことを話すようにしている。どうやら店を繁盛させてくれたのは、あの恐ろしいオーラの持ち主らしい。


 おかげで職探しをしなくてすみそうだ。しかもたまにフウガがやってくると、店の中がイベント会場の如き騒ぎようになる。


 彼は今もなおフウガに特注の装備をプレゼントしていた。気怠いものとなっていた仕事が、最近ではなんとなく楽しくもあった。


 人っていうのは変わるもんだなと、そんなことを考えながら店長は今日も働いている。


 ◇


「おーっし! じゃあ始めるで。しっかり頼むわ」

「はーい! じゃあフウガさん、よろしくお願いします」

「……はい」


 夏休みが近づいてきた日曜日のこと。約束していたコラボ配信の二回目が訪れた。今度はヒナリーチャンネルにフウガが出演することになっている。


 しかし、慣れているはずの人気配信者は激しく緊張している。普通に雑談配信をするとばかり思っていたのだが、今回は外で撮影をしようという話に変わった。しかも、どうやら案件というやつらしい。


 案件とは、企業からオファーを貰って宣伝する代わりに、プロモーション費用などの収入が入るというもの。実はフウガにも話は来ているのだが、まだ自分ではしたことがなかった。


 さらに舞台はできたばかりの遊園地である。猛烈な緊張をしているコラボ相手に気づく様子もなく、女子二人はテンションが上がりまくっている。


 不安な気持ちの少年をよそに、園内に入るなり、打ち合わせ通りに配信がスタートした。


「こんにちはー! ヒナリーチャンネルです!」

「ウェーイ!」

「う、うえーい」


 なんとかノリを合わせようとするフウガだが、かなり硬い。


「今日はなんとですね、とっても素敵なゲストさんを呼んでいます」

「おおー! で、そのゲストさんは?」

「実はー! フウガさんです!」

「ど、どうもこんにちは」


 アウェイすぎる空間での配信で、フウガの魂は燃え尽きそうになっている。しかし、まだ始まったばかりである。彼にはどうしても苦手な乗り物があり、アレだけは勘弁と心の中で念じている。


:ヒナちゃーん!

:こんちはー!

:今日は遊園地回か!

:アトラクション回きちゃー!

:フウガがいるー!

:フウくーーーーーん

:まってたよおおお

:アツすぎるコラボ!

:やばいー! 超楽しみ


「ウチも嬉しいわぁ! じゃあ早速ジェットコースター行こか!」

「あ、は……え!?」

『声帯に不調を確認。本日のコラボは続行が難しいと判断します』


 唐突に懐にしまっていたゴーグルからAIが語り出し、三人はびっくりして飛び跳ねそうになる。


「ひゃあっ! え、AIさん!?」

「また電源入ったか」

「え? フウ君体調悪いん?」

「いや、大丈夫……」

『続行不可能と判断。撤収を推奨します』

「なんでや!」

『不可能と判断』

「こ、このAI頑固やな!」


 しかしコラボが中止されることはなかった。フウガは最も恐れていたジェットコースターに乗ることになり、盛大に叫び散らかす時を過ごした。


 少しして、とりあえず観覧車に乗ることが決まると、彼は少しだけ息を吹き返した。


「フウガさん、ごめんなさい! まさか苦手だったなんて」

「そやなー。悪かったわ。でも不思議やね、ダンジョンじゃもっと激しく動いてるやん」

「そうなんだ。何でジェットコースターが怖いのか、自分でも分からないんだけど」


 まあいいかと、とりあえずは気分を落ち着かせる。観覧車の頂点まで来たところで雑談をして、案件配信は終了となった。


「じゃあ今日は終了です! バイバーイ!」

「またなー!」

「あ、ば、ばいばーい」


 肩の荷が降りたところで、隣にいたヒナタが微笑みかけた。


「今日は本当に、ありがとうございました。私、すっごく楽しかったです」

「ウチもや。ありがとな!」

「あ、こちらこそ。俺も楽しかった」


 遊園地に来てこんな気持ちになったのはいつぶりだったろうか。フウガはただ夢中になり、いつしか楽しんでいた自分に驚いている。


 ヒナタはそんな彼の目をまっすぐに見つめていた。ここまで正面から見つめられることに慣れていないフウガは、内心ドギマギしているが、表には表情が出ないのだった。


「フウガさん、話は変わるんですけど、夏休みの予定はもう決まってますか?」

「えっと、いや。ダンジョン潜る以外は特にないかな」

「フウ君、めっちゃストイックやな」


 フウガにとって夏休みとは、ダンジョン探索の為にあるようなものだった。そんな二年間を過ごしていた彼は、どこか他の人と感覚が違っている。


 ヒナタは何か言いづらそうにしていたが、観覧車が下に降りかけて来た時、決意したように口を開いた。


「あの、良かったらなんですけど。夏休みも、こういう所、行きませんか」

「え」


 思わずフウガの声が裏返った。リィはニッコリ笑い、ヒナタの肩を叩く。


「なんや! 照れすぎやって。伝わってないで」

「て、照れてないよ。フウガさん、たとえばそのー! お祭りとか! 花火大会とか」

「う……」


 お祭りや花火大会。リア充達が必ずといっていいほど参加する、あのイベントか。


 フウガは信じられない気分だった。こんな可愛い女子に、あの夏本番イベントのお誘いを受けている。神輿に射的に金魚掬い、花火や女子の浴衣姿が脳裏に浮かんでは消えた。


 それとなぜか彼の脳裏には、海水浴までが浮かんできた。不意に浮かんだヒナタとリィの水着姿を想像してしまい、彼は完全に頭がショートした。


「あ! フウガさん! 大丈夫ですか?」

「フウ君!? フウくーん」


 それから数分の間、彼の記憶は曖昧になってしまう。フウガは真っ赤な顔でぼーっとしていたが、いつの間にか誘いに同意していたらしい。


(準備とかどうしよう!? ダンジョン探索より難しい問題だ)


 頭を悩ませるが、それは決して不快な悩みではない。むしろ、こういう悩みをしてみたかったのかもしれない。


 少年がかつて求めていた夏は、もう始まっていた。







ーーーーーーーーー

【作者より】

皆さん、ここまでお読みいただき感謝です!

そして申し訳ございません!

もっと書くつもりだったのですが、少々息切れしまして泣

すみませんが一旦ここで完結とさせていただければと思います。


しばらくは一人反省会の旅に出ようと思います。

皆さん、探さないで下さい。


……っていうか、いろいろと伏線回収してない( ;∀;)すいません!


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暖かいお声にとても感謝しています!

お読みいただき、本当にありがとうございましたmm

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陰キャで無名なダンジョン配信者、とある令嬢を魔剣(?)で救ったら鬼のようにバズり続けて伝説になった コータ @asadakota

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