第37話 大ボス戦

 三剣フウガは、この世で最も危険な場所にいるのかもしれない。


 モンスターゲートはそのほとんどが閉じられたが、今もなお魔物はフロア内に溢れかえるほど存在し、人間を殺すべく群がり続けている。


 そんな危険地帯から彼を脱出させるべく、ヒナタ達は殺されるリスクすら覚悟の上で乱入してきた。


「フウガさん! もうここは危険です。逃げましょう!」

「あ、えーと」


 フウガにしてみれば予想外ではあった。ここで魔物を倒しきり、キョウジを捕まえてダンジョンを脱出した後で警察に突き出す。そう考えた予定が狂い始めている。


 最も誤算だったのは、キョウジ自身が魔物に取り込まれてしまったことだろう。しかも規格外の魔王に。


「あらあら。随分と賑やかで結構なことだわ。ところでそこの君、どこで剣を習ったの?」


 キョウジだったそれは黒飛竜を地上近くの大岩に着地させると、覗き込むように訪ねる。魔物の群れと奮闘中であることなどお構いなしだった。


「これは魔剣の力だ。キョウジをどうした?」

「んー? この子、キョウジっていう名前なのね。しばらく借り受けることにしたのよ。ちょっとばかり説得力にかける返答ねえ」

「粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清」


:これ、もう絶対帰ってこないパターンだろ

:キョウジさようなら

:いい奴だった……いや違ったわ

:魔王にすら説得力ないって言われてて草

:魔王との雑談配信になってない?

:画面外でホラー音声出てる

:粛清って声止めさせて


 即死魔法が飛び交い、魔物の怒号と悲鳴が湧き上がるなか、フウガはまるで作業のようにヒナタ達に群がる魔物を切り倒していく。


 魔王は戦いの様子を興味深げに見つめた後、竜を操って空へと戻っていく。高みの見物をすることに決めたらしい。


「二人とも、俺のことなら大丈夫だ。それより……あの、えーと、神父さん」

「粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清、粛清」


 剣を振り回しつつ即死魔法を連呼し続けるリヒト。かなり不気味ではあるが、この調子なら二人を守れる気がしてくる。ただ、頭のネジが何本か外れている気がして、あまり関わらないようにしようと彼は思った。


「ほ、本当に大丈夫なんですか!? だって、あんなに強そうな人が」

「ウチらは心配いらんよ! 即死botがおるからな」


:bot扱いされてて草

:まあ死んでも守ってくれそうだしな

:大丈夫、きっと大丈夫、多分大丈夫

:カオス過ぎてもう理解不能ですわ

:でも逃げたほうが良くね?


「まあ、この辺りの魔物なら大丈夫か。よし、分かった。あの飛んでるやつは俺がなんとかする」

「で、でも」


 食い下がるヒナタを前にして、フウガは自然と微笑を浮かべた。その表情に彼女は一瞬魅入ってしまう。


「大丈夫。この剣、半端じゃないから。行ってくる」

「は……はい」

「フウ君、気ぃつけや!」


:いや、半端じゃないのは剣じゃない定期

:カッコイイのか悪いのかw

:男だけど、こんなこと言われたら惚れる

:すげえ、マジでやんの!?

:がんばれー!

:おおおお、同接数が跳ね上がってるうううう


 その後、リィは必死に矢を飛ばし続けた。ヒナタは二人の体力を回復する役に徹することに決め、フウガは他の魔物を蹴散らしながらデヴォンのいる真下まで走る。


「あらあら、あたしを口説きに来たの?」

「そいつは警察に突き出す予定があるから、返してもらう」

「返してほしいなら、力強いところを見せなさいな」


 デヴォンがいい終える間も無く、フウガは跳躍した。なんのことはない普通の跳躍である。しかし、彼のそれはあまりにも高く、鋭角的で異常なほど勢いがあった。


 魔王を乗せた黒飛竜がブレスを吐き出し、そのまま滑空する。デヴォンは黒い槍に呪詛の念をたぎらせ、無謀な獲物の心臓めがけて突きを放つ構えを見せた。


「あはははは! はーはっはは! 久しぶりの心臓——っ!?」


 フウガの跳躍は勢いを増し、その速度はデヴォンの視界から消えた。目前に迫った獲物が消えたと思った矢先、背後から奇妙な圧を感じて振り向く。


「は……?」


 少年は魔王すら飛び越えて、黒飛竜よりも高い位置まで跳躍していた。そのままなんのことはなく、ただ普通に落下して岩山の上に着地する。地鳴りと砂煙が巻き起こり、おさまった時には何事もなくこちらを振り向いている。


 黒飛竜のブレスは対象の動きを極端に遅延させ、同時に猛毒効果すらあったはず。人間如きが浴びればタダでは済まない。その上、人を遥かに超える速度と威力を持った槍をかわしたというのか。


「あり得ないわ。こん、な、」


 しかし、変化はそれだけではない。


 竜の体から血が噴き出し、腹部分を中心にして真っ二つに裂かれてしまった。深手を負って下降していく醜態を晒すことは、魔王の戦歴では初めてのことである。


:えええええええええ!?

:ちょおおお!?

:グロ動画ーーー!!

:いつの間に切った!?

:フウガ君こわい

:すげええええええー!?

:魔王すら圧倒しちゃったの!?

:どうなってんだ!? どうなったんだ?!

:フウガ凄すぎるだろ


「とりあえず、これで勝てるかな。ん?」

『同接が三十万を突破しました』

「え、ええ……!?」


 フウガは配信の上がりっぷりに狼狽してしまう。視聴者の増加が止まるところを知らず、少しずつ外国語がチャットに入ってきている。


 しかし、戦いはまだ終わったわけではない。魔王が扱う竜は、どういうわけか切断された体が接着剤のようにくっつき、元通りになって空を飛び始めた。


「やってくれたわね坊や。次はあたしの番よ」


 魔王は右手に持った槍を天高く掲げた。黒い光が槍から放たれ、天井を貫通していく。


 かつて経験したことのない攻撃が、少年に狙いを定めている。

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