第38話 死霊の光

 黒き槍から現れた光は垂直に伸び続け、フロア全体を青白く照らした。


 光の柱からいくつもの小さな輝きが溢れ、それらはダンジョン内にさんさんと降り注いだ。


 モンスターゲートは消滅し、魔物達はほぼ壊滅状態にある。本来ここに出現するはずの魔物に至っては、影も形も見られない有様だった。


 フウガは静かにその光景を眺め、魔王の目的を考察していた。だが、すでにアイラが回答を持っていたようだ。


『スキル【死霊の光】を検知しました』

「え? それってどんな効果?」

『生命活動が停止した存在を、ゾンビとして復活、使役する力です』

「あれ? ってことは……」


 呑気に見ていて良いものではなさそうだ、と思った頃にはもう遅い。死体の山が揺れ動き、徐々に倒されたはずの魔物達が立ち上がり始めた。その瞳は意識がなく、どこか朦朧としているようだ。


「え? どうしたの。みんな起き上がったけど」

「はあ!? なんやこれ、生き返ってないか!」

「どうやら死霊として生き返る呪術のようですね。ここは危険です。退避しましょう」


 二人の少女はあまりの悍ましさに体を震わせた。リヒトもまた驚きを隠せなかったが、死霊系の術については彼も知識を有している。


 誰もが慌てる中、フウガは静かに遠くを見やっていた。はるか彼方からやってくる禍々しい前触れを、彼だけが感じている。魔王はせせら笑いながら、青く伸びる光をもつ槍を軽く前に振った。


 轟々とした音と共に振り下ろされたそれは、青く長い光の爪だった。驚くべき長さに到達した光は天井を破り続け、たった一人の少年を切断するべく襲いかかる。


「あ、こういう攻撃が得意みたいです。ちょっと避けますね」


 フウガは光をぎりぎりのタイミングでかわした。体ごと横に移動しただけだったが、視聴者にははっきりと攻撃が見えなかった。一瞬何かが光ったという程度しか認識ができない。


 しかし、その一度で起こった結果には誰もが驚きを隠せなかった。地面に真っ直ぐに巨大な爪痕が残っている。視認できる限界まで続く地面の傷跡。もし当たっていたらと考えると、誰もが画面越しに震えた。


:え?

:ダンジョンごと切ってる?

:俺だったら百回くらい死んでる

:光っただけに見えたけど

:映画観てるような気がしてきた

:やべえええええ

:ゲームでも使ったけど、これ無制限にできるんだよな

:っていうかゾンビ軍団が出来あがっちゃうけど、大丈夫?


 魔王はもう一度槍を天に向けた。何度でもこの位置からお前を襲うぞ、と言わんばかりに笑っている。フウガは魔王を目にしつつも、考えているのは別のことだった。


「そろそろ来ましたね。みんなを移動させます」


:そろそろきたってなに

:え

:来た?

:ん?

:大将頭バグってる?

:なんのこと?

:は、早く逃げようぜ


 その頃、ヒナタ達はゾンビとなった魔物に囲まれつつあった。血肉を求めるだけの凶暴な群れは、生き生きとした人肉を欲して唸り声をあげる。狂った熊ゾンビが襲いかかってきたところで、リヒトの剣が脳天に突き刺さる。


 しかし、剣を抜いた後も熊は倒れる気配がなく、また襲いかかってきた。


「きゃあ!?」

「あ、あああ! もう逃げよ! 逃げるしかないわ」

「おのれ。死してなお生にすがろうとは!」


 三人は確実に追い込まれていた。だがそこに強烈な黒い雷が割って入り、魔物達を蹴散らしながらフウガが飛び込んできた。


「みんな、とりあえずタクシーに乗ろう」

「フウガさん! タクシー……ってなんですか?」

「フウ君、テンパっとるんやな! とにかく逃げよ!」


 誰もが彼のいうことを理解できなかっただろう。しかしフウガは正気だった。すっと指先を天井付近に向ける。そこには探索者達の脅威として恐れられる、首無し馬車が現れていた。


「ちょっと急いでるので、失礼」

「え、きゃー!」

「おわ!? な、なんや!?」

「これは!?」


 フウガは剣を鞘に納めた後、三人を担いだまま走り出した。助走をつけてから大きくジャンプをすると、ちょうど通りかかった首無し馬車とぶつかりそうになる。


:うおおお!? また飛んでるぅうう!

:どうなってんだこれ!!??

:まんまアクションゲーム

:なんか癖になってくるわこのジャンプ

:大将はもう人間じゃない

:来た来た、これだよこれ

:チャット欄までおかしくなってる


「ダンジョンの入り口まで」

「!?!?!?!?」

「あ、俺は降りるんで、とりあえずみんなをダンジョンの入り口まで」

「!?!?!?」


 フウガは三人と馬車に乗り入れることに成功し、リヒトの剣をデュラハンの首に突きつけていた。


「え? え? これって」

「あ!? 以前やっとったな。まさか、ウチらまで乗るなんて……」

「これは……なんと神秘的な!」


 三人はそれぞれ呆気に取られていたが、確かにフウガの配信では一度行われており、だからこそどうにか納得できたのかもしれない。しかし、まさか自分達が経験するなど夢にも思わなかったが。


「じゃあ、とりあえず終わらせてくるので。入り口あたりで待ってて」

「フウガさん!」


 ヒナタは彼を止めようとして腕を掴んだ。


『対象は殲滅可能と判断します』

「殲滅可能らしい。まあ、俺もそう思ってる。だから大丈夫」


 そう言い残して、フウガはあっさりと馬車から飛び去った。黒い魔剣の光が体に宿っているのが遠目からでも分かる。


「素晴らしい。彼こそ真のホワイトナイト……なんと勇ましい背中でしょう」

「な、なんか気にするところ違う気がするけど、まあええわ」


 リヒトは感動で涙を流し、リィは呆れていた。この場で最も狼狽しているのはデュラハンであり、彼はわけもわからず今回もフウガの言うことに従っている。


 一方、その頃魔王は驚きに目を見張っていた。首無し馬車を人間が利用するなど、元々いた世界では決して見られない光景だったからである。


「あの子……一体何者なのかしら」


 しかし、次の行動はもう決めている。守るものがあるということが、結局は弱点なのだ。魔王は人が大切にしているものから攻める。今回の標的はわざわざ自分から教えてくれた。


 二回目の準備は終えている。溢れんばかりに漲る闇の光を、今度は仲間であるはずの馬車めがけて振り下ろす。その一歩手前の出来事だった。


 不意に視界があらぬ方向にぶれる。体がよじれ、乗っていた竜が悲鳴を上げた。何かが自分の周りに起きていることは確かだ。しかし分からない。


 一撃、二撃、三撃。自分と竜に看過できない深手を与え、そして消える。それが五度ほど行われたところで、竜が口から血を吐きながら砂地へと落下していった。


 大地に激突する寸前、魔王は降り立ちあたりを見回した。一度は強引に繋ぎ止めた竜の命は、今度は救えそうにない。それは別にデヴォンの心情を揺るがすものではなかった。なにが起こったのか、それが重要だ。


「やってくれるわねえ。ぼうや」

「俺はもう十六になる」


 ぼうや呼ばわりを彼は嫌がった。魔王の三十メートルほど先にフウガはいる。彼の魔剣からは黒々とした光が溢れ、まるで剣自体が殺意を持っているようだった。


 この一分足らずの間に、フウガはやはり人間とは思えない動きで魔王を翻弄していた。一撃を見舞ったのちに壁に着地し再度跳躍、そしてまた一撃を見舞うという繰り返し。竜は完全に沈黙し、キョウジの肉体には死なない程度にダメージを与えた。


「皆さん、そろそろ終わらせようと思います。多分、一撃で決められると思ってます」

「あらー、随分言ってくれるじゃないの。なら、あたしも切り札見せちゃおっかな!」


 キョウジの姿でぶりっ子のような声を出す魔王に、彼は内心げんなりした。


 そして思わずにはいられない。魔王はあの怪物にそっくりだ、と。

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