第35話 囲まれる三人
フウガが異形の怪物達と合間見えている頃、ヒナタ達三人は階段付近にいた。
ここで待っている約束ではあったが、リィはどうしても目前で親しげに語りかける神父風の男を警戒してしまう。
リヒトはしきりにヒナタとリィに賛美の声を上げていた。よほど熱心なファンだったのか、ニックネームを聞けばヒナタはすぐにピンときたし、リィも知っていたアカウントだ。
「この世界は汚らわしいもので満ち溢れています。猿のように喚きながら迷惑をかけてばかりの男女。他者の同意もなく無理やり自身の欲望を満たそうとする害虫のような輩。自分さえ良ければ後世の苦労など考えることもしない無責任極まりない連中。もう私はうんざりでした。この国が、この世界が、黒くまどろんで沈むだけの無価値なボロ船に過ぎないと、何度思ったことか」
なっがいなー話、とリィは心の中でうんざりしてしまう。ヒナタも若干引き気味になっている。
「しかし、こんな世界にも希望はあったのです。私はダンジョン探索を長く続けてきましたが、こんなにも素晴らしい配信があったのか。そう心に衝撃を受けたのです。姫……ヒナタさんの配信を視聴して、私は……私は……」
「あ、あの! 大丈夫ですか?」
男は何度目かの涙を流した。ヒナタは心配になって近づこうとしたが、手前でリィが止めに入る。
「待った待った! あんたのことはウチも知ってるで。ごっついハイチャ沢山くれたやん。ウチもそれは感謝してる。だけどな……なんか変やな」
「はい? 変といいますと」
涙を必死にハンカチで拭いながら、男は話の続きを知りたがった。
「あんたの話じゃ、フウ君とあのにーちゃんの話はすぐ終わるって聞いてた。でも全然終わらんし、それに……なんや、アレ」
リィは心持ち静かに扉を開き、フロアの様子を伺った。釣られるようにヒナタも覗くと、一本道の向こうから聞いたこともないような怒号が響き渡っている。
「え? ちょっと待って。これって!」
「お、お待ちください姫!」
「姫ってなんや!?」
ヒナタはすぐに駆け出した。何か似たような感覚を、少し前に味わった気がする。
二人も彼女を追いかけるようにして続く。緊張で小さく吐息を漏らしながら、少女は紫で統一された気味の悪い扉を、そっと開けてみた。
そのフロアは、彼女達だけではなくリヒトですら驚愕させた。扉の形をした巨大な魔物がいくつも現れ、不気味な黒煙を噴出している。
「うわぁ。ちょっと待てて。なんやねんあの魔物!?」
「えええ。な、なんか。すっごいのがいっぱい出てる!?」
「お待ちください! これは危険です」
神父服を着た青年は、ヒナタが襲われる可能性を考えて扉を閉めた。
「ヤバいわ! どうなっとるんあれ!?」
「大変! 早くフウガさんを助けないと!」
「モンスターゲートの群れ……ありえない」
リヒトが真顔で思案するように呟く。ヒナタはその言葉を聞いただけで、細い体に震えが走る。
「それって、いっぱい魔物を呼んじゃう魔物でしょ? 私達、あれに殺されそうになったんです」
「チラッとしか見てへんけど、なんかいっぱいおらんかった? フウ君はともかく、キョウジは大丈夫なん?」
「……恐らく、キョウジの身は安全でしょう。私の推測が当たっていれば——?」
リヒトは自らのスマホが振動していることに気づいた。通知が来ている。フウガの配信が始まったことを示す内容だった。無言のままURLから動画に飛ぶと、キョウジとフウガの会話が流れる。
その配信内容は三人のみならず日本中、いや世界中に驚愕をもたらした。キョウジが語るその力は、彼が隠れて行ってきた犯罪行為の自白でもある。
モンスターゲートを召喚し、その力を悪用して邪魔な探索者を殺し続けた。全てをダンジョン——魔物のせいにして行うことができる完全犯罪。挙句の果てに実演までしている。
キョウジに備わった力への知識を、事前に持っている人間は多くはいない。かねてより不自然なタイミングで機材トラブルで配信が中断されることがあった。実はあの時に、彼はモンスターゲートを召喚していたのだろう。
映像さえ残さなければ、何も立証はできない。さらに自らの力を隠し通していれば万全——のはずだった。
リヒトもまた知らなった事実であり、彼は自らを焼かれるような感覚に苛まれた。そして配信ではっきりと耳にする。この力を使って、つい出来心でヒナタを襲ったことを。
「許せん」
怒りに震える神父に、リィは尋常ではない何かを感じた。狂気的な怒りは徐々に噴火する兆しを見せていたが、誰よりも先に動いたのはヒナタだ。
「た、大変! 大変! 早くフウガさんを助けなきゃ!」
「ちょぉ待ったぁ! 死ぬで!?」
ヒナタは自らの身を考えることもなく、真っ先に扉を開いて彼の元へと駆け出した。
「姫!? お、お待ちを!」
砂嵐が巻き起こっている。とうとう魔物達が溢れ出し、人と魔物の殺し合いが幕を開けた。それは小さな戦争とでもいうべき、大量の死と破壊を想像させるものだった。
「前がよく見えん! ヒナタ、ちょっと待ってって!」
「でも、でもなんとかしないと。あ!?」
二人は事情が全く飲みこめずただ混乱していた。しかし、そんな少女二人を見つけた巨大なバッファローが、勢いづいてこちらに駆け出してきた。
だがそう易々と近づかせはしないとばかりに、リヒトは怒り狂う闘牛に右手をむけて口づさんだ。
腕周りから噴出するように現れた何か。黒い何かがふわりと飛翔する。その黒く捩れた動きをする何かが、バッファローの額の中に入り込む。
「きゃあ!?」
ヒナタが悲鳴をあげる。獰猛な魔物はまるで糸が切れたマリオネットのように前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
回復を得意とするヒーラーであるリヒトは、生を尊重する傍ら、死をもたらす魔法についても高い知識と実力を備えていた。これは彼が最も得意とする、高確率で敵を呪い殺す魔法だ。
彼は一部の人間からは、呪殺のリヒトと呼ばれ恐れられている。
「背後からも来るようです。しかしながらご安心を、私がお守りいたしますゆえ」
二人はほぼ同時に背後に視線をやると、いつの間にかモンスターゲートが三つ、階段側の扉で口を開けていた。
「うええ!? な、なんやこれ」
「キョウジさんがしたの!?」
二人は軽いパニックに陥りかけたが、リヒトが冷静にカバーに入った。
「かくなる上は、挟み撃ちになる前にこちらから動くしかありません」
「よ、よっしゃ! ウチも気合い入れるわ。なんとか前に進んで、フウ君を見つけて脱出や! それでええやろ」
ヒナタとリィは必死になって走り出した。すぐにリヒトも後を追いかける。
「キョウジ……姫を殺そうとしていたのか……私の姫を」
ブツブツと呟く声は、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた少女達には聴こえていなかった。
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