第34話 コミュ障配信者の怒り

 フウガはヒナタとリィに事情を説明し、ここで待ってもらうことにした。


 リィは完全に罠だと反対したものの、ヒナタはどうして罠などはる必要があるのかと疑問を抱いていた。


 神父の服装をしたリヒトは快諾し、ダンジョン配信者には時としてこういった話し合いをすることがある、と背中を押してきた。


「やっぱりそうなんですね。そういえば神父さん、あの紅蓮に所属していたと聴きました」

「え! じゃあAランクチームにいたんですか。凄い!」

「い、いえ。私なんて僅かしか在籍してませんし」


 フウガとヒナタが羨望の眼差しで見つめる中、リィだけは疑いの目を捨てていなかった。


「なんで辞めたん? 待遇良かったんやろ」

「それは……方向性の違い、とでもいいましょうか。とにかくフウガさん。早く向かったほうがいいですよ」


 神父に礼を言うと、フウガは視聴者達にも事情を説明して、ひとまず配信を中断した。そのまま早足で七階の大扉を開け、一本道の通路をしばらく進む。


 すると、さらに奥に大きな扉が一つ。ここまで魔物は一体も出ていない。紫色の扉を開くと、およそダンジョンとしては珍しい景色が視界を埋めた。今までとは比較にならないほど広い。


 どこまでも続くような砂地の向こうに崖があり、こちらを見下ろしている男がいた。フウガは手の混んだ真似をした呼び出し人に心の中では苛立っていたが、表立って声を荒げるつもりはなかった。


 一方、キョウジもまた腹が立っている。彼としては、リヒトをフウガにけしかける作戦を考えていた。


 だがあの男はヒナタが危ない目に遭うと取り乱して、救出に向かうなどと言って彼を慌てさせた。


 必死に抑えた後、今度はフウガの活躍を観察し続けた末、「素晴らしい。彼こそ真のホワイトナイトかもしれない」などと意味不明なことを発言しだし、当初の怒りなどどこかに吹き飛んでいる様子である。


 扱いずらく思考が読めないリヒトのせいで、彼は計画を変更せざるを得なくなってしまった。


 そして、今まで隠していた力をフウガにぶつけることにした。切り札のカードをここで使うしかないと、彼なりに腹を括ったのである。


「キョウジさん。話ってなんですか」

「ダンジョン攻略中に悪いね。まあ俺も俺で忙しかったっつーか。君らより先に行こうとしてたけどさ、こうして骨を折って待ってやったのは、それなりに意味があることなんだよ。なあ、周りをよーく見てみ」


 ため息を漏らしそうになりつつ、フウガは言われるままに周囲を眺める。これといって特別なものはないはずの殺風景な空間に、いくつか警戒すべき存在を見つけた。


「あれは、モンスターゲート?」

「そう。まだ起動前って感じだけどね。あれ、誰が召喚したと思う?」

「召喚? ……まさか」


 モンスターゲートはそれぞれが二百メートルほど先にあり、大きく円を描き包囲するように出現している。


 この時まで、フウガは退屈と不快感と嫌気で頭がいっぱいになっていた。しかし一つの予想が次の予想を生んだ時、普段のダンジョン攻略よりも大きな何かを感じずにはいられなかった。


「あ、まあまあ。そういう反応になるよな。俺もビックリだよ。まさか自分に、こんな素晴らしい才能が眠っていたなんてね」


 キョウジは静かに右手を水平になるまで上げ、小さく何事かを呟いた。


 紫に澱んだ電流が彼の右腕を走り回り、その背後に黒い落雷が落ちた。続いて魔物の絵が描かれた扉が姿を現す。


 召喚魔法という類なら、フウガも充分知識を備えている。しかし、魔物を何体も呼ぶモンスターゲート自体を召喚するという魔法のことは知らなかった。


 トップランカーと呼ばれる探索者層でも、こういった魔法を知らない者は少なからずいる。


「じゃーん! どう? お前にだけ見せてやったんだよ。少しは面白いレビューが欲しいなぁ」


 フウガがやってくる前に用意していたのだろう。彼を取り囲むように配置されたモンスターゲートから瘴気が噴き出している。静かに扉の形をした魔物がうごめいていた。


「感想を言う前に、一つ聞いてもいいですか?」

「んー? なんだよ。聞いてやるよ」


 キョウジは薄ら笑いを抑えられなかった。もうすぐこのフロアが魔物で満ちる。時間が過ぎるほど自身の命が危うくなることに気づいていない愚者。彼は少年をそう評価していた。


「これ、今まで何度か使ってますか?」

「あー、勿論! こんな便利かつチートな魔法、使わないわけないっしょ。知りたい? 教えてやろうか。どうせ死ぬんだからさ」


 フウガは話しながら、魔剣を鞘から引き抜いていた。言うまでもなく、奴の目的は分かっている。しかし、まだ確認すべきことは残っていた。


「この魔法はねえ。使えば使うほど、強い魔物を召喚できるようになるのさ。しかも、そいつらを消すのも俺の意志一つ。奴らは俺を絶対に攻撃しない! すっげえ便利ってわけ。最初はダンジョン攻略に使おうとしたんだけどさ。もっといい方法を見つけたんだ。分かる?」

「異常出現……」

「正解! そうなんだよー。こいつを使えば、上層でも下層や深層の魔物を召喚できちゃうってわけ。だからさ、邪魔な奴とダンジョンでご一緒した時なんか、これ使えばすっげえ楽に始末できんのよ」


 得意げに話す男の声を聞きながら、同じ探索者である少年は俯いていた。


「つまり、今年発生していた異常出現は全部キョウジさんが仕組んだものってことですか? 確か五人ほど亡くなってましたが」

「バカバカ、十二人だよ。お前を入れてね。そして、これは不幸な事故なの。分かる? 俺は自分の専用魔法さえ打ち明けなきゃ絶対バレないんだよ。君が死ぬことも事故。理解できた?」


 嫌味がこもったような声を耳にしながら、フウガは理解に苦しんでいる。なぜ探索者を殺す必要があるのか。勝利を確信したキョウジは饒舌になり、疑問の答えを自然と口にする。


「俺の配信のライバルになりえる、そんな奴は排除するのが一番簡単なんだ。ヒナリーに関しちゃ悪かったと思ってるよ。せっかくの俺の誘いを断りやがったから、衝動的に使っちゃった。ダンジョン配信界に、俺以上の新人なんて必要ない。フウガくーん。だからお前もここで死ぬんだよ」

「……けっこう時間かかるんですね」


 これだけ煽っているのに、フウガの表情にはまったく動揺が見られない。涼しい顔で辺りを見回していた。


 多くの人間に見られる死に際の恐怖。それがこの男からは感じられない。キョウジは違和感に眉を顰めていたが、それどころではない出来事が起こっていた。


「ん? あ、あれ……」


 左手に持っていたゴーグルから色とりどりの光が発せられていた。フウガはまさかと思いゴーグルの内側を覗いてみると、どういうわけかライブ中になっている。


「は……? ちょ、ちょっと待てよ。配信、切ってたんじゃないの?」


 ここまで得意げに語り続けていたキョウジは、まさかの事態に口を抑え、静かに震え始めた。あってはならないことが起こっている。


「き、聞かれて……たのか?」

「あ、なんかまた勝手に電源入ってたみたいで。それとも切り忘れなのかな?」


:全部聞いてたぞキョウジぃいいい!

:お前がやってたのかよ!

:この殺人鬼

:ありえねークズ

:マジ人間じゃねえんだけどあいつ

:軽蔑します

:ガチで警察に通報しました

:フウガナイスー!

:この人でなし!

:報いを受けろ!

:調子に乗ってペラペラ喋っちゃったね

:人生終了おめでとう


「警察に通報したとか、なんかコメント流れてますね」

「あ、あああああ。嘘だ! 嘘だ! やりやがったな!」

「普通なら謝るんですけど、今回は別にいいか。騙していたのはそっちだし」

「ち、畜生! 畜生! 畜生がああああ! こうなったらお前を殺しておさらばしてやる! 見ろ! 見ろよ! もう逃げられねえぞぉ!」


 時が満ちたと言わんばかりに、各々のモンスターゲートがどす黒い光を発した。やがて静かに扉は開かれ、本来はこの階層にいるはずがない邪悪な存在が次々と姿を現した。


「逃げるつもりないけど。それに……」

「ああん!? なん……」


 フウガは無表情のまま敵対した男を睨みつけた。瞳の奥にはどこまでも深い闇が広がっているような気がした。だが、徐々に赤く揺らめき、怒気をはらんだ色に染まっていく。


「お前を逃すつもりもない」

「は……ヒィイァア!?」


 キョウジはかつてない驚きと恐怖で後ずさった。無数の魔物達がフウガを目掛けて走り出す。


 彼は黙ってゴーグルを装着した。本来ならばあり得ない数のSランク級を相手取り、それでも戦う道を選んだ。

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