第33話 決戦前

 よくRPGをプレイしていて、こんな疑問を持ったことはないだろうか。


 場所はダンジョンの奥深く。手強い魔物達がひしめく空間で、呑気にもたった一人で誰かがうろうろしている。


 商人だったり神父だったり、はたまた本当にただの町人だったりと様々だが、話しかけると必ず主人公達の役に立ってくれる。まさに今、これが欲しかったというような恩恵を与えてくれるのだ。


 あるいはダンジョンの中、ほぼ誰もやってこないはずの場所で店を開いているパターンもある。あの時の安心感とありがたみは印象深いものがある。


 だが反対に、どうやってこんな危険な地域にたった一人で無事でいられるのか? という考えてはいけない疑問も湧いてくる。フウガがその人物を見つけた時、まず浮かんだのはその疑問であった。


 連鎖的に浮かんだ次の疑問は、どうして神父の格好なのかということ。見たところ青年で、役職的イメージで就くのはまだ早い気がした。


「あ、こんにちは」


 とりあえず話しかけてみる。フウガは至って普通ではあったが、ヒナタとリィは呆気に取られた顔をしていた。


 神父は一瞬だけ彼に微笑を向けた後、緊張と興奮を内封した視線をヒナタに送っていたのだが、それはすぐに隠される。


「こんにちは。探索者の皆さま。あなた方に神の慈悲が与えられますよう」

「ありがとうございます」

「何かお困りではありませんか? 私は回復魔法を多少は扱うことができます。よろしければ遠慮なく」


 神父の微笑には誠意が溢れているように思えた。ただ、フウガに対して他の人間と同じく、プレッシャーを感じているようでもある。


 しかし傍目にはそう映らないようにしているようだ。配慮された気がして、フウガは少々申し訳ない気分になった。


 困っていることといえば、ヒナタ達の体力は大丈夫だろうか。相談しようかと思っていた矢先、アイラからSNSアカウントに着信通知がきているというメッセージが届く。


『通話を希望しているのは、キョウジ@ダンジョン配信者(登録者数百万超え感謝)です。通話を開始しますか?』


(うわぁ……めんどくさ)


 心当たりしかないニックネームだ。なんでこのタイミングでキョウジから通話なんてくるのか。ヒナリーチャンネルの迷惑にもなりそうだし、終わってからにしようか。


 フウガは悩みつつ、二人に相談してみた。


「おおぅ! キョウジから来とるんか。だったら受けて立てばええやん。きっと盛り上がるで」

「ダンジョンの中で通話するって珍しいですねー。でも、配信中であることをお伝えして、後ほど折り返してみてはいかがですか」

「ヒナ、ヒナ! そんな関係ちゃうねんで」

「え、そうなの?」

「とりあえず出てみようか。あ、皆さんすいません。ちょっと通話がきているので、一旦お待ちください」


 神父は苦笑しているようだったが、この場から離れはしなかった。フウガが着信を繋いでいる間に、ヒナタとリィにも挨拶をしている。


 しかし、その挨拶はどうにも大袈裟で、特にヒナタに対しての視線が熱く、瞳からは涙が溢れているほどだった。


「く! このような場所でお会いできるとは……じ、実は私。ヒナリーチャンネルを登録していて、ハイチャも送らせていただいてます」

「え!? そうだったのですね。ありがとうございます!」

「神父さん配信見とったんかー」


 神父は本気で感動しているのか、嗚咽混じりに泣き始めるほどだったので、リィは内心引きつつ警戒心を強めた。だがヒナタのほうは彼の影響を受けて、なぜか自分まで泣きそうになっている。


「あ、あ! 姫……ではなくヒナタさん。私のために握手など! あなたの手が汚れてしまいます」

「え!? そ、そんなことないです。いつも助けていただいている視聴者さんに会えるなんて、私、凄く嬉しくて」

「ま、まあ二人とも。ちょっと落ち着こ!」


 三人のやり取りは徐々におかしくなっていくのだが、フウガは意識を通話に全集中していた。彼にとって人と電話でやり取りするほど恐ろしいものはない。


「……もしもし」


 繋がったようなので、とりあえず自分から声をかけてみる。キョウジはすぐに応じてきた。


『よう、嘘吐き配信者さん。可愛い子二人連れてのダンジョン探索は楽しいかい?』


 いきなりご挨拶だと不愉快な気分になるフウガだったが、どう応じていいものか悩んでしまう。


「嘘はついていませんが」

『ほ……ほーう。そうかいそうかい。配信してるから気づいたんだけどー。今日偶然さぁ、お前と一緒のダンジョンに俺潜ってたんだよね。だからこの前のこととか、ちゃんと決着つけておきたいなと思ってさ。そうじゃないと、俺もお前も、ちゃんと集中して仕事ができないだろ?』


 キョウジは静かなフウガの一言に、同年代とは思えない強烈な圧力を感じ始めていた。乾いた舌でなんとか言葉を繋いでみたが、相手にはあまり効いた感触がない。


 一方、通話を受けていたコミュ障歴を更新しつつある男は、少々腹が立っていた。同じダンジョンにいるのであれば、何も通話などしなくて良かったのではないか。決着がどうというより、通話をしないといけない状況にしたことが嫌で堪らなかった。


「決着とかよく分からないんですが、この話はわざわざ電話でする必要あったんですか」

『ひっ……!』


 明らかに苛立ちのある声に、キョウジは生まれて初めて電話で怯えるという体験をした。しかし、ここで悟られてしまっては完全敗北であり、この先にある計画すらなくなってしまう。


『へ、へえー! 随分偉そうなこと言うじゃんか。ま、ま、まあ相手にとって不足はないかな。電話でする必要があったに決まってるじゃんよー。


 おいフウガ!! ……君。君とはきっちり二人だけで話がしたいんだ。だからさ、あの二人は入り口で待っていてもらうようにしてよ。そこにいる神父さん、実は以前かなり強かった探索者なんだよ。紅蓮って知ってるだろ……知ってますよね? だから二人も安全だから、ね? 来い……っていうかまあ、来てくれると俺も助かるってところだし、ね?』


 フウガは音声を聴きながら戸惑っていた。こんなダンジョンの奥で二人っきりで話したい、という彼の誘いがあまりにも違和感だらけである。


 それともう一つ、自分は電話でそんなに偉そうな発言をしていただろうか。新たな一人反省会の題材ができてしまったかもしれない。


 最後の戸惑いとしては、先ほどの神父が元紅蓮メンバーであったという事実だった。


 キョウジは先にやってきていたようだし、神父と会っていくらか会話もしたのだろう。徐々に少年の中に衝撃が膨らんでいく。


 紅蓮といえばフウガが憧れた探索者チームの一つ。実際に会ってからも気持ちは変わらなかった。そのチームに在籍していた人を疑うなど、彼の中ではあり得ないことである。


 そして、ここでしつこい絡みが終わるのであれば、こちらとしても望むところだった。


「分かりました。元々ケリはつけようと思ってたんで、行きます」

『あ、そ、そうすか。あ、それとー……確認するの遅かったけどさぁ。今って配信してる、よね?』

「配信してるから気づいたんでしょう? さっき自分で言ってませんでした?」

『ヒィイ!? ……あ、ああー! そうそう。そうでした。配信も切ってから来てくれない、かな? お互い配信は一時中止っていうことで。いやだってさ。俺達のプライベートな話をするわけじゃん? ちょっと話しづらいこともあったりするでしょ、ね?』

「じゃあ切ってからすぐ行きます。どこにいるかだけ教えて下さい」

『あ、そうだったね。えーと、えーとこの先にある扉を開けてもらってから——」


 キョウジは震える舌でフウガに場所を伝え、くれぐれも配信を切っていてほしいこと、諸々を伝えてからどうにか通話を切った。


 あと少し長く喋っていたら、きっと自分の怯えが伝わっていたかもしれない。


 ここでバレたら負けだ。キョウジはひたすら恐怖を抑え込もうとする。


「く、くそ! リヒトの奴がコロコロ変わったりしなけりゃ、もっと楽だったのに」


 荒れ果てた地面に座りこみながら、彼は浮かび上がる冷たい汗をひたすらハンカチで吹いていた。





ーーーーーーーーー

【作者より】

次回より決着戦に入っていきます。


おかげさまで、週間ファンタジーで18位をいただくことができました!

ファンタジージャンルでここまで読んでいただけたのは初めてなので、とても嬉しいです!

お読みいただき、ありがとうございます!


もし良ければ、下にスライドした先にある星をいただけると、

大変励みになります。

是非是非、よろしくお願いいたしますmm

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