第32話 サクッと倒す
扉の向こうは長い一本道となっており、しばらく進むと地下三階への階段がある。
ここは大抵の場合は低級の魔物が彷徨っているが、なぜかリザードマンやヘルクロコダイル、スカルドラゴンといった強力な魔物達が群れをなしていた。
「異常出現か」
なかでも厄介なのはスカルドラゴンに違いなかった。歩行タイプのドラゴンが骨だけになった姿であり、亡者であるにもかかわらず物理攻撃が非常に強烈だ。
さらには完全に倒さなくてはいくらでも復活してしまう厄介な相手だった。
「ひゃー! なんやこれ」
「私とリィじゃ無理じゃない?」
「ああ。とりあえず、ここは俺に任せて」
流石に二人が相手をするのは無理がある。彼は腰に刺していた魔剣を引き抜き、静かに歩き出した。
「とりあえず、ここはサクッと終わらせます。見せ場があんまりなくてすみません」
:サクッと勝てるんだ
:やばい、フウガがいうとすぐ終わる気しかしない
:マジで最強なんじゃないか?
:今回は何分くらいで終わらせるんだろ
:フウガ君の無双はまだまだ続きます
:楽しみー!
強敵の群れを前にした少年の行動は、思いのほかシンプルであった。
右手に持った魔剣がエアセイバーに変身したところで、そっと前方に振る。それだけで生まれた風の刃が、あっさりと魔物の集団を中心から引き裂いていく。
魔物達に悲鳴をあげるような暇はなかった。真っ先に切られたリザードマン達は、突如として現れた風の刃を認識することもないまま首や胴体を切断され、クロコダイルの群れもまた同じ運命を辿った。
まだスカルドラゴンは粘ったほうである。とはいえ、骨を切断された後、フウガは無数の拳を繰り出して粉々にして再生不能に追い込んでいた。手間がかかったというだけで、楽に倒された事実は変わらない。
「え、えええ。フウガさん、なんだかミキサーみたい!」
「ヤバいわ! スカルドラゴンが粉状になっとるやん」
:うおおおおおおお
:斬撃を飛ばすだけの簡単なお仕事です
:一分もかかってなくて草
:こんな作業的に魔物やっつける人初めて見たわ
:すげえ。いつもは見せ場を作るために時間かけてるのか
:言うほどいつも時間かけてたっけ?
:瞬殺してるのは毎回変わってない気がww
気がつけば同接は二十二万に達していた。まだ上層だというのに視聴者は盛り上がっている。そして予告通りに最後のモンスターゲートすら二秒で葬った。
フウガはここで足を止め、一つの懸念に思考を巡らせていた。その後、二人に確認はしておかなくてはと振り返る。
「この先も進む? もしかしたらまた強い魔物がいるからもしれないから、帰ったほうが安全かもしれない」
今回の高尾山ダンジョンは何かがおかしい。このダンジョンでは一度も異常出現が発生していなかったはずなのに。彼は慎重に計画の変更を考えていた。
確かに配信としては盛り上がりに欠けてしまうが、安全を第一に考えるとこの場で終わりにしたほうが良いかもしれない。そういった相談をしてみたが、二人はまだまだやる気のようだ。
「ううん。私もできれば、あと少しだけ潜ってみたいです。やっぱり、上層ばっかり潜ってても強くなれない気がしてて。ご迷惑じゃなければ、もうちょっとだけいいでしょうか」
「ウチもやりたいかなー。もしヤバい! って思ったら逃げるから大丈夫やで。ウチの魔法があるからね」
「魔法?」
そういえばリィの魔法について聞いてなかった。だが彼女はクックと笑い、実際見せるまでは教えないつもりのようだ。とにかくやる気を確認できたので、フウガはこの先も三人で進むことに決めた。
「分かった。しっかり守れるようにしていくけど、とにかく気をつけて」
:フウガってばイケメン
:アニきー! ついていきます
:こんなこと言われたら惚れちゃう
:フウガ君のファンになりそう。いやなってる
:私のことも守って!
:ヒナちゃんも頑張るじゃん!
魔剣がなかったらこんなセリフ言えなかったなぁ、なんてフウガはしみじみ心の内で呟き、ここにはいない春日店長に感謝するのだった。
そして慎重に階段を降りていく。地下三階にくると、魔物達はゴブリンや蝋燭のお化けなど、弱い部類へと戻っていた。
さらに地下四階、地下五階まではサクサク進み、もう少し進んだら帰ろうかと相談していた時のこと。
地下六階に着いた時、明らかに今までは様子が異なっていた。正方形の小部屋がいくつか並ぶ作りになっていて、最終的には大きなワンフロアに通じる仕掛けになっている。
三人は魔物の襲撃を注意しつつ進んでいるが、しばらく経っても一体も現れる様子がなかった。
そして奇妙なことに、遠くから一機のドローンが飛んできて、フウガ達の前をふらふらとした後、こちらに来いとばかりに飛び去っていった。
「なんやろあれ? どっかで見たドローンだったわ」
「ええー。私多分初見かも。フウガさんは?」
「あれは……確か」
フウガはあのドローンに見覚えがある。彼の予想が当たっているとしたら、あの配信者がこの近くにいるということになるのだが。
そこまで考えて、少年は急に緊張してきた。人と喧嘩などほとんどしたことのない男が、これからダンジョン内で取っ組み合いの争いをすることになるのだろうか。
考えるほど、フウガは憂鬱な気分になってしまう。
「キョウジのドローンかも」
「え!? ほ、ホンマか!?」
リィもビックリしたようだ。だが、ヒナタは「へえー」とでも言わんばかりの薄い反応だった。彼女はキョウジのことについて、もうあまり覚えていなかったのだ。
「私達のこと、助けに来てくれたってことでしょうか」
「いや、多分違うんじゃないか」
フウガもできれば争いたくはないのでそうあってほしいが、先の配信を見ていた限り友好的な雰囲気は微塵もない。
そしてドローンに誘導されるまま地下七階に到達した時、三人の前には奇妙な男が一人立っていたのだった。
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