第31話 三人でダンジョンへ

 土曜日はすぐにやってきた。

 軽い打合せもそこそこに、フウガとヒナタ、リーは高尾山ダンジョンで探索配信を開始している。


「えい! えいえい!」


 元気のよい声と共に降り出された杖が、スライムやゴブリン、巨大コウモリ達を叩く。魔物達は抵抗を試みるものの、すぐに逃げ出していった。


:ヒナちゃん惜しいー

:なんか癒される戦い

:平和だなー

:ヒナちゃんはこのままでいい

:かわいい


「あ、逃しちゃった」


 ヒナタが焦り気味にいうと、フウガは苦笑いした。リィの笑い声がダンジョン内に響いている。


 ここは地下二階であり、まだまだ序の口である。


 山道の奥にあるダンジョンなので、道のりだけでも時間を消費している。雑談しながらのんびりと進みつつなので、他の探索者とはかなり差がついているだろう。


 だが今回については緩く配信する予定なので、特に問題はなかった。


「もうー。ヒナはとろいわ。ウチにまかしとき」

「ごめーん。フウガさんもすみません。私、これでも動けるようになったんですけど」

「あ、うん。全然大丈夫」


 スライムや巨大コウモリも増えすぎては外に出てくる可能性があり、数を減らしておかないと人々が危険に晒されてしまう。


 リィは今回カメラを持っていないので、戦いに参加することも簡単だった。背負っていた弓を取って構えると、すぐに矢を解き放つ。


 高速の矢が次々と放たれるたびに、魔物達は一撃で倒されていく。一発も外さないあたり、かなりの腕だとフウガは感心した。


:すっげえ!

:超上手いじゃん

:ぐう有能

:俺のハートまで射抜いてる

:百発百中!

:うええええええ!?


「リーってすっごいよね。全部当たってるもん」

「あっはっは! 伊達に弓道部で練習してへんからな」


:まじかよ

:弓道部ってガチ萌え

:袴姿見たいです

:このコンビ好き

:ああああ、萌える

:いいわー!


 ギャップがあるというか、金髪ハーフ美少女が弓道部という事実にコラボ中の少年は驚いた。だが、それよりもこの先に待っている魔物の相手が心配だった。


「この先には、割と強めの魔物が門番してるけど、俺が行こうか」

「あ、待ってください。ここは頑張ります」


 ヒナタはやる気満々らしい。それならばとフウガは譲ることにした。


 二階の迷路のような通路を抜けた先、洞窟のひらけたフロアには特別な魔物が一体佇んでいる。


 この魔物は倒されても一時間程度で復活してしまう。恐らく先の探索者達が倒していったはずではあるが、元気な姿で地下三階へと続く扉の前に立っている。


 見てくれはとてもゴツくて大きい。体は石で作られており、名前はそのままストーンゴーレムと呼ばれている。


 一つだけの目と丸い頭は可愛らしいが、アンバランスなまでに大きな二本の腕で殴られると大怪我に繋がる場合があった。


「じゃ、じゃあ行きますー。あ、リー、援護お願い」

「おっしゃ! まかしとき」


 リィはヒナタとストーンゴーレムが同時に映るよう撮影しつつ、矢でゴーレムを何度か狙い撃った。


 ある程度初級の門番ということもあり、ゴーレムには明確な弱点がある。胸の中心にあるオレンジ色をした石が核となっており、破壊できれば倒せるのだ。


 しかしそう簡単にはやられないとばかりに、石人形は大きな両手で矢を弾いていく。リーの矢は石よりも若干硬めの素材で作られているが、浅い傷ができるだけで効果はなさそうである。


 だが、ヒナタが魔物の懐に潜りこむ隙を作ることには成功していた。彼女は静かに念じながら駆け寄り、杖に黄金色の光を灯した。バフ魔法の一種である、セント・パワーチャージを杖に降り注いでいる。


(このくらい付加効果があればいけるな)


 フウガは堅実な戦い方をみて、問題なく勝てると予想する。


 ほとんど上層しか潜っていないとはいえ、彼女達も徐々に強くなっているようだ。元々は努力家のようで、ヒナタは魔法の詠唱から攻撃のタイミングまでしっかり取れていた。


「えいっ!」


 可愛らしい気合と一緒に、思いきって振り下ろした杖がコアストーンに命中する。オレンジの輝きは亀裂と共に広がり、あっという間に砕け散っていった。


「おお! やったなー!」


 リィはヒナタが一発で決めたことに驚きつつ、ガッツポーズを取ろうとしたが、ふと違和感を覚える。ストーンゴーレムはただ止まっているだけなのだ。


 そして、違和感は動揺へと変化する。石で作られた全身は確かに崩壊したが、その中から真っ赤な体をしたゴーレムが姿を現した。


「な、なんやそいつ!?」

「え? この赤い子って」


 ヒナタはこの時、相手の間合いで動きを止めてしまった。真っ赤な右腕が細い体を捕らえたのは一瞬だった。


:は? なんで変化してんの?

:ありえなくね?

:ヒナピンチじゃん!

:えー!

:助けないとやばい

:ちょ、これ事故だろ

:え? え?


「きゃあ!?」


 サファイアのような色をした石人形が睨みつけている。瞳は二つに代わり、迫力がましたその風貌は、明らかに上位種であることが明白だった。


 細い体を万力のように右手が締め上げてきて、少女の瑞々しい唇から声が漏れる。


 そして間髪入れずに、小さな顔めがけて左の拳が襲いかかってくる。リィにはその動きがあまりにも俊敏で、助けようと矢を放つ暇もない。


 もし拳がヒナタに当たっていたら、無惨な事故配信へと姿を変えていただろう。しかし、その左拳はいつまでも彼女に届かなかった。


「あ、ちょっと手伝おうと思います」

「フウガさん!? きゃっ!?」


 先ほどまで距離があったはずのフウガが、ゴーレムの前に立って拳を片手で掴んでいた。同時に凶暴な右手はチョップによりいともたやすく切断され、呆気に取られていたヒナタはすぐに解放された。


「レッドゴーレムだったのか。なんでだろ?」


:いや、なんでだろっていうか

:ええええええ

:すげえええ! ゴーレムに力勝ちしてね!?

:フウ君、素手でもこんな化け物なの

:人間の腕力じゃ無理なはずなんですが

:ゴーレムよりゴーレムしてる


 レッドゴーレムはその桁外れの腕力にものを言わせるパワータイプである。しかし、その力は細身の少年に押さえつけられ、反対に押し込まれ始めていた。


 フウガは静かに息を吐き、無言のままに右の拳をゴーレムの胸にめり込ませる。リィのカメラが鈍く太い打撃音を拾った時、すでにゴーレムの姿は消えてなくなっていた。


 同時に、魔物が防衛していたはずの扉にゴーレムの形をした穴が空いている。その場にいた女子二人は、圧倒的な結果に驚きを隠せない。


「す……凄い……」

「はええ!? マジなん? めっちゃ飛んだやん!」


 レッドゴーレムはフウガの正拳突きをもらい、そのまま扉の向こうまで吹き飛ばされてしまったのだ。


「あ、なんだったんだろ。怖かったね」


 そう言いつつ、彼は地面に尻餅をついた状態で座っていた少女に手を差し伸べた。


:おおおおお!?

:た、た、倒した!?

:やべええええ!

:強すぎるってばマジで!

:レッドゴーレムって中層でもかなり強い奴だったはずじゃ

:腕力、ただの腕力でも最強じゃん


「あ、実はなんですけど。魔剣の付加効果で、素手でも力が出るらしいんです」


 フウガはみんなが誤解しているので正そうとした。しかし、間違っているのは彼のほうであると誰もが思っただろう。


「また助けてもらっちゃって、すみません」

「あ、いや全然。俺もフォロー入るの遅かった」

「フウ君、いつもありがと!」


 なんとなくぎこちない二人のやりとりを見て、安堵した後にリィは笑った。だが、奇妙な事象は継続していて、彼女はすぐに表情を固くする。


「今回のってどうしてなんかな。っていうか、ゴーレムもう復活しよーとしてない?」


 フウガのすぐ近くで、白いモヤのような何かが生まれていた。彼は首をかしげてしまう。


「あれ、復活するの早すぎるな。このゴーレムはさっき倒したのとは別物かな。……もしかして」


 そう言いつつ、彼は早足で扉を開く。先にある通路は、本来の姿とは明らかに様子が違っていた。

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