第30話 コラボのお知らせ
キョウジのスマホには確かに、フウチャンネルの配信が流れている。
どうやら画面を見る限り二分割になっており、二人は遠隔で配信をしているようだ。お互い自宅と思われる背景が映し出されている。
フウガの自宅はいかにも彼らしい部屋という感じで、味や素っ気がない。そもそも部屋にはほとんど物が置かれていないようだった。
ヒナタの部屋も思いのほか簡素ではあったが、熊のぬいぐるみなどが置かれているところを視聴者は見逃さず、映っているだけで楽しんでいるようだった。
「あ、えーと。皆さんこんにちは。フウチャンネルと」
「はーい! ヒナリーから来ました! 私ヒナとリーです!」
「よろしくぅー! ってか今回、初めてフウガ君とコラボすることになったわ!」
ヒナタの部屋でカメラを撮影しているのはリィのようだ。フウガはかなり緊張している様子で、顔は無表情だがぎこちなさが画面に出ていた。
:うおおおおおおお!
:すげえええ!
:ヒナちゃんマジ天使
:やったああああ!
:今一番熱いコラボじゃね!
:待ってましたぁ!
:これはもう夜しか寝れない
:すげえ! ヒナリーファンが雪崩れ込んでるぞ!
冒頭からチャットの嵐となり、開始数十秒で同接が二十万に到達した。チャンネル主はかつてない状況に順応できていなかったが、ヒナタとリィがカバーする。
「フウガさんとは以前からお話ししてて、ずっとコラボしたいって思ってました。だから今日、こうして参加できてるのがとっても嬉しいですっ」
「やな! フウ君、ところで今回は次回のコラボ宣伝になるわけやけど、もち一緒にダンジョン行くよね? 何処にする?」
「あ、はい。えー、場所はですね。ここです」
『背景をチェンジします』
AIの音声とともに、白い壁が目立ちすぎる部屋が変化し、広大な自然の映像が流れ始めた。大きく美しい山々とケーブルカーでの移動シーン。駅には高尾山口駅という名前が映し出され、視聴者達はすぐに察して喜んだ。
「はい、えー、高尾山ダンジョンにしようと思ってます。六本木ダンジョンも考えたけど、ちょっとホラー感出ちゃうんでやめようと思ったんです」
:キター!
:初心者向きのとこだわ
:チョイスいいじゃん!
:高尾かー!
:あたしも見に行っちゃおうかな
:ヒナリーとコラボなら一番合ってそう
:やったー!
:すげえ楽しみ
:大体初心者が選ぶイメージ
:無理ない選択なのいいね
高尾山ダンジョンは魔物がそれほど強くはなく、難易度は低めであると言われている。まだ異常出現が起きたこともなく、視聴者達からも納得の選択だったようだ。
「すっごい景色ですねっ。私、もう高尾山に行くでもいいかも」
「せやなー。じゃあフウ君、ダンジョン行ってきて」
「え!?」
「あはは! 冗談や冗談! あ、そうや! 最近変なのに絡まれとる、とか言ってたね」
ここでリィは、キョウチャンネルのことをサラリと口にした。これについてははっきりと否定したい、ということで、前もって相談していた内容である。
「あ、そうだった。えー、皆さん。最近とある人のチャンネルで、俺がダンジョン内で妨害行為をしたとか、助けるフリをしたとか言われているんですが、事実と異なります。俺は絶対にダンジョン内で人に危害を加えたり、活動の邪魔をするようなことはしておりませんし、これからもしません。それだけは、はっきりお伝えしておきます」
:そういや言われてたな
:大丈夫わかってる
:あいつ嫌いだわ!
:ヒナちゃんかわいい
:あああー! 思い出したら腹立ってきた
:気にしなくていいよ
:もうみんな理解してる
:高尾山ハイキング配信でもいいよ
みんなの温かいチャットに、フウガは目頭が熱くなってくる。
「ウチらも分かってるで! っていうか泣きそうやん。フウ君、ウチの胸でも借りるか」
「あ、胸は借りないけど、ありがとう」
「なんでや! ちゃんとあるで」
:ホント?
:けっこうなまな板であるという噂が
:↑○されるぞww
:リーちゃんノリいいね
:今度ヒナリーチャンネルも見にいこ
:リーに怒られてみたい
:こうしてドMが量産されていくんだわ
「んがー! チャット欄のまな板は許せん!」
「もう、リーってば落ち着いて」
チャット欄が談笑に包まれ、キョウジ絡みの話題はここで終わった。フウガもその後は特に触れることなく雑談を続ける。
コラボとアンサー動画を同時に行うことは、ユウノスケが提案した内容であり、かつあっさりとアンサー部分を終えることも彼の提案だった。
これでは本当に、コラボのついでに喋った程度でしかない。しかしユウノスケからすれば、短いからいいのだと言う。
その本当の意図はフウガやヒナタ達にも伝えてはいないが、キョウジにだけは明確に伝わった。
ユウノスケはプライド高き男に、遠回しにこう伝えたのだ。
キョウジ、お前のことなんて話のついでで充分だ、と。
そんなことはつゆ知らず雑談をしていた三人だったが、フウガはあることを思い出した。
「あ、それと……高尾山ダンジョンには有名なトラップがあるんだ。それだけは気をつけないといけない」
高尾山ダンジョンにある有名なトラップ。ヒナタは真剣な顔となり、細い顎に指を乗せて思い出そうとしている。
「確かですけど、すっごい大きな穴があるんですよね? 落っこちたら終わりっていう」
「あー聞いたことあるわ。でもずっと下にあるんやろ?」
「ああ。奈落って呼ばれてる大穴で、落とされたらどこまで行くかわからない。戻ってきた人は誰もいないらしい。深く潜る予定はないから、まあ大丈夫かな」
元々下層までは潜るつもりはない。フウガとしては、ある程度まで行ったら切り上げる予定であった。
「よーし! じゃあ相談は終わりですね。もう今日行っちゃいましょうかっ」
「おお!? ヒナタ、張り切っとるやん」
「い、いやー。今日はちょっと」
「フウガさんとなら、私はいつでも大丈夫です!」
ヒナタはまるで子供のように笑った。もし向日葵畑にいたら最高の絵になりそう、と思えるほど眩しい笑顔を向けられたフウガは、画面越しでも分かるほど戸惑っている。
:あれ? もしかして
:この二人まさか
:ちょ、やだー!
:フウガ君ー!
:アツい! 色んな意味でアツいわ!
:ダンジョンに二人。何も起こらないはずもなく
:羨ましいー!
フウガはチャット欄を見てさらに緊張してしまう。彼のコミュ障ゲージはそろそろレッドゾーンに到達している。
「えー、それでは。とりあえず今日はここまでにしようかな。えーと、じゃあ、次の土曜日お昼に開始ってことで」
「はーい! よろしくお願いします」
「ウチも楽しみや! じゃあまたなー」
その後は普通に挨拶をし、短いながらも配信は大盛況であった。キョウジは画面を睨みつけながら、かつてない怒りに身を震わせる。
「フ、フウガの野郎。俺へのアンサーがアレだってのか! な、な、舐めた真似しやがってぇ」
震えるキョウジをよそに、リヒトは静かに立ち上がった。
「……キョウジさん、我々も土曜日に向かいましょう」
「え? マジ?」
「これは見極めるチャンスです。そして、もし彼が下心満載の野獣だと発覚したなら話は早い……粛清だ!!」
カフェ中にリヒトの強烈な怒号が響き渡り、キョウジはやってきた店員に注意され、そそくさと店を後にすることになった。
走っているのと変わらない速足で駅へ向かうリヒトに、キョウジは必死に駆け寄った。
「なあリヒトさん、ちょっとは落ち着いてよ。でも、俺も気持ちは一緒さ。土曜日はよろしくな。あーそれと、どっかで配信もさせてくれたら嬉しいんだけど」
「構いませんよ。ただ、いつでも中断できるようにしてください。……なにか事故が起こるかもしれませんから」
「へ、へへへ! 分かってるって!」
キョウジは怒りで我を失いかけてはいたが、徐々に頭が冷えてくると、これは逆にチャンスではないかとさえ考えた。
梅区リヒトは思考回路に大きな問題がありそうだが、ダンジョン探索者としては間違いなく猛者だと言える。
こいつを利用してフウガと戦わせ、最終的に二人とも悲しい事故に遭ってもらうのはどうか。
そこまで考えた末にキョウジは口角を上げ、自分でも気づかないほど卑しく笑った。
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