第29話 危ない協力者

 都心のビル街にあるカフェのラウンジで、キョウジは夕食を楽しむつもりだった。


 何度かドラマの撮影で使われている店だ。白いパラソルの下で優雅に過ごすつもりだったのだが、話し相手が希望に沿っていない。


 なぜなら向かい側にいるのは若い男だったからである。


「リヒトさん、だっけ?」

「はい。梅区リヒトと申します」


 男はごく普通の、どこにでもいるような青年と言った風貌だった。青いスーツ姿がよく似合っている。髪型はショートで背が高い。どこにでもいそうな、しかし非凡な男である。


「いやぁ、驚いちゃったな。まさか元紅蓮にいた大先輩が、俺と話がしたいなんてさ」

「あのチームに所属していたのは私にとって失敗でした。あんなにも破廉恥……いえ、何でもありません」


 日本でもトップクラスに入ると言われるダンジョン探索者チーム【紅蓮】。彼はその紅蓮において、ヒーラーでありながらアタッカー役も勤めていたという。


 かなり有能な男だとキョウジは感心したが、配信では見かけた覚えがなかった。それもそのはず、彼はほんの一ヶ月ほどでチームを抜けてしまったのだ。在籍期間が短かったらしい。


 あの紅蓮に何か大きな問題が起きていた、または今もなお鎮火しない何かがあるのかも。キョウジは秘密を聞き出したくて堪らなかった。


 だが、それよりも先に知るべきことがある。どうして自分を呼び出したのか。


「あなたをお呼びだてしたのは他でもありません。あのフウガという男のことを、よくご存知でいるようですね。私に詳しく彼のことを教えていただきたい」

「うーん。どういう目的なのかな? 理由によっては話せないよ。だって一応、新しい暴露ネタになっちゃうかもだし」

「まだ何かあると!?」


 男は叫びながら立ち上がった。あまりに大きな反応に面食らってしまったキョウジは、苦笑いしつつ着席をすすめる。彼は頭を下げつつ腰を下ろした。


「すみません。ついカッとなってしまいました。では手短にお話ししましょう。私は紅蓮を抜けてからというもの、もうダンジョン探索などする気にもなれませんでした。配信の視聴だって辞めようと思っていたんです。ですが、ある時とても素晴らしい探索チャンネルに出会いました。もうお分かりでしょう。ヒナリーチャンネルです」


 予想外のところから始まる説明に、キョウジは怪訝な顔になる。


「私はあんな素晴らしいじょせ……素晴らしい探索配信を初めて視聴しました。こんなにも心が洗われた気持ちになったのは、まさに人生最初で最後かもしれない。しかし女性二人だけでダンジョン探索など危険の極みです。魔物だけではありません。世の中には汚らわしい下心に塗れた野郎が蛆虫のように溢れているのです」

「あ、まあ。いるよねえ。そういう奴」


 キョウジは長い話が嫌いだった。わざと淡白な相槌を打ってみたが、リヒトは気にする素振りを見せない。まるで自分の世界に浸っているかのようだった。


「彼女の配信は必ずリアルタイムで視聴し、常に投げ銭を放りながらも、怪しい男が近づいていないかをチェックするようになりました。このような可憐な方が危険な目にあってはならない。私が守るべきではないかと考え始めた矢先のことです。姫は本当に命を落としかねない事件に巻き込まれました!」

「ああ、異常出現ね」


 こいつはいつ本題に入るんだ。キョウジは苛立っていたが、彼にしては根気強く耳を傾けていた。


「あの時ほど自らの迂闊さを悔いたことはありません。神に許しをこう暇もなく、私は必死になってダンジョンに駆けつけたのですが、姫はすでに救出されていたのです。あのフウガという男に」

「ははーん。それで奴にムカついちゃった?」

「違います」


 じゃあなんだよ。さっさと目的を喋れと、聞き手になった男は疲れすら感じている。


「姫を救ってくださったことについては、感謝にたえません。しかし、もし彼に下心があるとしたら、これはもう大変です。私が守らなくてはいけない。ですが、まだ判断がついていません。フウガという男が本物のホワイトナイトであるか、体目的の頭のてっぺんから爪先まで腐りきった蛆虫なのか」

「だから、あいつをよく知る俺に接触した……ってことでいい?」

「まだありますが、まあそんなところです」


 長すぎる話のオチがそれか。口から自然とため息が漏れ出しそうだった。それと、まるで自分まで蛆虫呼ばわりされたような気分だ。


「ところで、さっきから姫、姫って言ってるけど」

「間違えました。ヒナタさんが、です」


 彼は心の中ではヒナタのことを姫と呼んでいたのだが、実生活でも時折喋ってしまう。


「ああ、そうだったんだ。まあ、フウガのことは俺が誰よりも知ってるからね。あいつ、マジでヒナタのこと狙ってるみたいよ」

「やはりですか……ところで、なぜ今ヒナタさんを呼び捨てにしたのですか」

「い、いや。ごめん、つい間違えて。っていうかさ! 要するにアンタ、ヒナタちゃんと付き合いたいって思って行動していたら、ライバルが現れたから何とかしたい。そういうことだよね?」

「何を……違います!!」


 丸テーブルを拳で叩く音にキョウジはぎょっとした。上目遣いの目は赤く充血している。草食獣が突然、肉食獣に変身したのではないかと思うほどの変化だった。


「私は彼女をこの荒んだ世界から守りたいだけです。それに、まだ結婚もしていない女性が欲情まみれの下郎の餌食になってしまうんですよ。許せるはずがありません! 良識ある大人が、彼女を守るべきなんです!」

「わ、分かった。分かったから。もう少し静かに話そ」


 周囲の白い目が刺さってくる。どうして自分がこんなに慌てて鎮めなくてはいけないのか。納得がいかないキョウジの瞳には、目前にいる男が白くて角の生えた馬に見えてきた。


「安心しなよ。多分あんな男にヒナタちゃんは靡かないって」

「しかし、無理矢理という可能性もあります。なんとか確かめなくては」


 この後、心配は要らないというキョウジに対してリヒトが反論をするというやり取りがなんと一時間も続いた。


 いい加減キョウジはこの男を鬱陶しく感じていたし、チームから離脱した理由も何となく察した。


 ただ一つの思いつきがなければ、この二人の関係はここで終わっていたに違いない。しかし、キョウジは幸か不幸か、会話の最中に歪んだ閃きを得てしまう。


「分かったよ。あんたの熱意は素晴らしい。さっきまでと真逆のことを言っちゃうけどさ、アンタを信じて本当のことを教えよう。フウガはとんでもないむっつりスケベだし、今まさにヒナタちゃんを狙って行動していることも間違いない。詳しくは言えないが、確たる証拠を俺は掴んでる」

「……その証拠とは?」

「じきに見せてあげるよ。だが今はまだ頃合いじゃない。まああれだよ、ちょっとしたボディタッチの写真とかね」

「ぼ……ぼ……」


 リヒトが泡を吹きそうになる姿を見て、キョウジは必死に爆笑を堪える。そして、畳み掛けるように言葉を繋いだ。


「でもぉー! アンタは早く動いたほうがいいな。彼女を守るには、もうアイツを二度と近づけないように、痛い目に遭わせてやる必要がある」

「当然ですね! ええ、当然ですとも!」

「そこで、俺に考えがあるんだが……」


 そう言いつつ、彼は自分との共闘を申し出ることにした。Utubeでフウチャンネルを見せつつ煽れば落ちるはずだと、心の奥でほくそ笑む。


(どんなに危険なダンジョンであれ、場合によっては完全犯罪に使える。マジ便利なとこだよなぁ)


 キョウジはその男——リヒトにフウチャンネルを見せつつ、興奮を誘うセリフを口走ろうとした。だが、彼の反応は予想外の方向へと進む。


「何ですかこのサムネイルは!? まさか今、あの野郎は姫と……!?」

「へ? っておい! 何すんだよ!?」


 突然スマホを奪うようにして手に取った彼は、現在ライブ中となっている配信へと躊躇なく入っていく。


 【重大告知! 皆さんに大事なお知らせ!】と表示されたサムネイルには、フウガとヒナタの姿がはっきりと映っていた。




ーーーーーーーーー

【作者より】

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

コメントや星をいただけて、またレビューまでもらえて大感謝です!


この後の話ですが、メンバーはほぼ出揃い山場に入っていく予定です。

連載はなんとか決着までは書いていきます!

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