第28話 店長は挙動不審
春日武具店の店長は、ある一つの疑問に頭を悩ませていた。
潰れかけている店の未来にすら興味を失いかけている、自堕落な男が抱く疑問とは何か。それはダンジョンに関する疑問である。
「また異常出現……か」
ダンジョンにて時折発生する事象の一つである異常出現は、今年に入ってから少なくとも六回は確認されている。安全に潜れるとされる上層などで、どう考えても場違いなほど格上の魔物が出現するといった事象は、かつては三年に一度くらいしか発生していなかった。
今や誰もがアクセスする大手サイトである【ダンジョン速報】には、埼玉にあるダンジョンで異常出現が起きていたことが報告されていた。
「しかも、全部関東で発生してるわけか」
偏っているどころではなく、全てが関東のダンジョンで発生している。これは一体どういうわけか。ただ、一介の武具屋に真実など分かりようがないので、彼はもう考えるのをやめた。
とりあえず以前とある本屋で見つけた、ディバインブレイドの設定資料集を読むことにする。まさか絶版しているはずの究極の資料が残されていたとは。
ほくほく顔になりつつ、春日は少年の目で本を読み漁っていた。
特に春日が好んで読むところは、キャラクター紹介ページである。普通のキャラ紹介だけではなく、下書きなどの制作時のものまで載っている資料は珍しい。
しばらくゲームの世界にのめり込んでいると、いつの間にか時刻は夕方になりつつあった。
「そういえば、今日も全然お客さんこねえなぁ」
半分絶望した気持ちになりつつ、彼は視界いっぱいに見つめていた資料集をガラステーブルに置こうとした。
「あ、こんにちは」
「ぎゃひいいいい!?」
すると、すぐ目の前に男が立っていた。まるで高校生とは思えないほどの怖すぎる雰囲気、凍てつく切長の瞳。少し前まで無名のダンジョン配信者だったフウガである。
いきなりな現れ方はまるでホラー映画さながらだったので、春日は今回も完全にビビり散らかしてしまった。
「なんか、すみません」
「あ、ああー。いや、全然。こっちこそごめんね。どうしたの?」
「あの、実は最近ゴーグルの電池切れが早い気がするんです」
「電池切れ? 今持ってきてる?」
どうやら魔剣を渡した時に売ったゴーグルを見てほしいようだ。一年でダメになるような品であれば自分の責任になる。
彼はゴーグルを受け取って調べ始めた。持ち主曰く、勝手に電源が入っていることもあるらしい。
ひとまず充電をしてから調べてみよう。春日は調べ方を説明した上で、少しだけ待っているように伝えると、フウガは店内を散策し始めた。
春日もまた充電をしてから調査しようと考えていたので、少し手持ち無沙汰になる。すると手は先ほどの資料集に伸びていった。
「あ、そういえばあの魔剣。かなりダンジョンで役に立ってます。ありがとうございます」
「ん? ああー、全然! いや本当に君は凄いよね。そういえば、配信かなり伸びてるよね!」
「観てくれてたんですね。おかげさまで」
まったく自分のおかげではないのだが、春日は笑ってごまかした。資料集を眺めつつ、ふと違和感を覚える。
「あれ、このキャラ……っていうか主人公……」
ディバインブレイドの主人公の原画を見た時、何かと印象が近いことにふと思いあたったのだ。この雰囲気というルックスといい、誰かと……。
ふと、春日は資料集から少しだけ目を逸らし、店内を興味深げにうろつく少年に目をやった。
「な……」
思わず声が漏れる。春日はもう一度資料集の主人公の絵を確認する。そしてチラリとフウガを見る。
これを三回ほど繰り返した後にしばらく固まった。そして我に帰り、自然と口から声が漏れてしまう。
「似てる」
「はい?」
「あ! いやいやいや。こ、こっちの話」
おかしい、と彼は思う。Dブレ1の主人公と姿は違うのだが、なんとなくゲーム内や原画で見る雰囲気が似ていた。正確にいえば、恐ろしいまでのプレッシャーを持ったオーラとでもいうのだろうか。
このイラストの姿は似ているといえば似ているし、違うといえば違うところもまた春日を悩ませる。そういえばDブレ1の主人公は魔剣士という設定だった。
「あ、フウガ君……ってさ」
「はい」
「誰かに似てるなぁ、とか言われたことってない?」
「ないです」
「そ、そうだよね。ハハ」
何がそうだよね、なのか自分でも謎だったし、彼は馬鹿馬鹿しい自分の想像に苦笑してしまった。だが、やはり気になって仕方がない。
「ううーん。ちょっと外の空気でも吸おうかな」
そう言うと、店長はさりげなくガラス戸を引いて外に出て、ほんの数歩だけ進み振り返った。見上げた視線の先にはディバインブレイド1の主人公をモデルにした看板がある。
まじまじと観察した後、そっと店内を覗く。フウガの姿を見て、店長はうめいた。
「似ているような、似てないような」
そして看板とフウガを交互に三回ほど観察していたところで、通行人達からの視線が刺さっていた。
「なにあの人?」
「さあ、あんまり見ないほうがいいわよ」
「関わったら何されるか分かんないからね」
買い物帰りの主婦達は、口々に陰口を漏らした。その不審者を見るような眼差しに耐えきれず、彼は店に戻る。
「ふ、ふうー。スッキリした。さて、ゴーグル見てみようかな」
春日は多くのダンジョングッズに精通している。武器にも造詣が深いが、配信機材についてもあらゆる知識を備えていた。
調べたところ、ゴーグルに異常は見られない。重い操作をいくつか試してみたが、電力消費も問題はなさそうである。店員としては、問題なかったの一言で終わらせられる話ではあった。
しかし、彼は存外に気前が良かった。何かしらサービスをしてあげたいと考え、ゴーグルに付属の部品を追加してあげることにした。
「特に問題はなかったから、きっと運んでいる最中に電源が入っちゃったりしたのかもね。せっかくだから、充電パーツと……もう一つ、新しいのをサービスしといたよ」
「え、いいんですか。ありがとうございます。あの、新しいのって?」
「ゴーグルのサイドパーツ、二つともよく見ると小さい突起があるよね」
「あ! 本当ですね」
「ここに超小型のカメラを設置したんだ。背面カメラになってる」
フウガは驚きに目を見張っていた。
「要するに、今までは自分視点だけだったけど、後ろも確認できるようになるんだ。これで背後から襲われても気づけると思う。あと、少しなら向きも変えられるから」
「す、凄い! ありがとうございます。でもこれ、結構値段が……」
「サービスしとくよ。大事に使いな」
「え、えええ。なんか悪いですね」
「ははは! 別にいいさ。まあ、もうすぐ売り尽くしになりそうだし……」
「え?」
「い、いや。なんでもない」
店長の気まぐれなサービスに、ここ最近唯一の客である少年は幸せそうに笑った。その顔を見て、一度は忘れていた疑問が再浮上する。
「や、やっぱり似てる」
「え?」
「あ、いやなんでもない!」
「あ、それとなんですが。魔剣の力がどんどん強くなってて、最近ヤバいんです」
「ん?」
春日は一気に顔が青くなった。配信を見ていたわけで、その力については聞く前から知っている。
絶対に剣は関係ない。この男の力でしかないのだ。
店長は確信を持っていたが、ここで嘘をついていたことを伝え、もし逆上したら柔道二段の自分でも殺されかねない。彼は誤魔化すことにした。
「魔剣だったらそれくらいは普通にあるよ。いや、もしかしたら……と思ってるんだけど、一つ言い伝えを思い出した」
「え? なんですか」
彼は設定資料の内容を思い出しつつ、
「その魔剣。神の意に従いて、息吹きと共に進まん。尊きには恵みを、悪しきには罰を。同じ光と息吹きの中で選別し、進み出て剣を振るう……と書いてあったな」
というよく分からない伝説を伝えてみた。
「は……はぁ。考えてみます」
これはディバインブレイドのエンディングにも表示される謎のメッセージであり、実は今なお解読されていない。意味なんてないという人もいるが、春日は何か大きな答えがあると信じたかった。
だから、誤魔化しついでにここでフウガに伝えてみることにしたのだ。
フウガはそれ以上魔剣について触れはせず、いくつか探索用グッズを購入してくれた。
「特に問題なくて良かったです。最近AIが一人でに喋ったりしたんですけど、運んでいる時電源が入っちゃうんですね。気をつけます」
「AI……? あ、ああ。また何かあったら連絡してね」
「はい。ありがとうございました」
満足げに帰っていく少年を見て、店長は久しぶりに仕事をした気持ちになった。その後、彼は珍しく定時までしっかり働いた。
この店がもうすぐ無くなるとしても、多少の思い出ができただけでも良かったじゃないか、となんとなく考えながら。
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