第26話 突然の呼び出し
それから二日後のこと。
フウガが六本木ダンジョンで未知の領域に辿り着いた配信は、今や日本中で話題になっている。
その一つの変化として、彼は登校という行為でさえ一苦労になった。
「フウガ君だよね! ああ、やっぱ本物だ」
「あたしファンなんですー! サインください!」
「君! 君ー! 僕のチームに入ってくれないか!?」
こうやって絡まれるものだから、彼は基本的には一言二言かわして逃げることを繰り返した。バス通学で一苦労。そして教室にやってきてもなお、今度はクラスメイトから注目されるようになる。
「あ、きたよ!」
「やあ、フウガ君!」
「配信見たよ! マジやべーじゃん!」
「まさかとは思ってたけどさ、フウガ君って超強くね!?」
もしかしたら学校内での自らの地位が上がったのかもしれない。しかし、フウガは筋金入りのコミュ障を拗らせまくった男である。そう簡単に対応できる順応力はなかった。
「いや、俺は普通だけど。その、持っている剣が特別で」
ボソリと返すので精一杯である。だが、元々の彼の性格を知っているクラスメイトは、特に嫌な顔はしなかった。前の席に座っている男は笑いが止まらない。
「おはよう、超有名配信者」
「よせよ。運よくランキングに乗れただけだ」
「いいや、違うな。正当に評価されるようになったのさ」
友人の一言に、彼は引っ掛かりを覚えた。正直、そこまで他の配信者と違いを感じていない。
「今までのフウガの配信を見ていたが、あんなにぶっ飛んでいる動画なんて他にないぞ。少なくとも俺は、今一番刺激的なコンテンツだと思うね」
「そんなにぶっ飛んでるかな」
「ああ、何よりも腕っ節が違う」
自分よりハードな戦いをこなす配信者は沢山いるはずだ、と渦中の配信者は思う。紅蓮のロック達や、ハイランクの配信者達なら、自分よりも強いはずだと。
「あ、そうだ。この前の配信、切り抜いて拡散しといた」
「え? あ、ああ。そういえば切り抜き、まだやってたのか」
「最初は全然だったけど、今や超人気コンテンツだ。今度収益の一部渡すわ」
「いや、別に渡さなくていいけど」
ユウノスケは恐らく、フウチャンネルの切り抜き動画アカウント第一号と思われる。
そういえば自分の収益は今どのくらいになっているのだろうか。昨日は人混みやヒナタ達と話すことで体力を消耗してしまい、泥のように眠ったので確認していない。
換金できるのはしばらく先になるが、大金を手にできると思うと胸がドキドキしてくるのだった。
「ああ、それとさー。あいつの動画、観たか?」
「あいつ?」
「キョウチャンネル。どうやら君のことを配信の餌にしようとしてるみたいだ。まあ、詳しくは動画を観てもらえばすぐに分かるが、あいつの挑発はなかなかやる」
挑発……という不穏な言葉を聞き、フウガは急に嫌な予感がしてきた。最初にダンジョンで会った時も険悪な空気があったし、六本木ダンジョンで助けた時も不快感が顔に出ていた気がする。
とりあえず帰ったら動画を観ようと考えていると、担任の中年教師が大きな体を揺らしてやってきた。彼はすぐにフウガを見つけると、コホンと咳払いをする。
「フウガ。放課後、ちょっと職員室に来てもらえるか」
「え、あ、はい」
ざわざわ、と教室中が騒ぎ出し、目立つことに慣れていない少年は落ち着かない時間を過ごしたのだった。
◇
フウガは帰宅部であり、基本的に職員室に出向く機会は非常に少ない。
一部のコミュ力高めの生徒はまるで我が家のごとく職員室に入ったりするが、ああいった姿が彼には信じられなかった。
とはいえ、ずっと職員室のドア前で立ったままでは不審生徒扱いされそうなので、気まずい空気を我慢しつつ入室すると、意外にも先生は気さくに呼びかけてきた。
「おお! フウガ! すまんな。わざわざ呼んじまって」
「あ、いえ」
先生はすぐに応接スペースのようなソファのほうへと移動し、フウガは向かい合うようにして座った。
一体何を言われるのだろうか。ダンジョン配信について注意でもされるのだろうか。しかし、先生からはそんな雰囲気は見受けられず、むしろ逆であった。
「実はな、お前のダンジョン配信動画を観させてもらった。驚いたぞ! まさかあんな危険な戦いをこなしていたなんてな。とてもじゃないが、俺にはあんな真似はできん。お前は相当な天才に違いないとさえ思ったものだ」
「いえ……俺なんて、全然です」
担任は体育教師であり、その身長の高さと筋肉から、口の悪い生徒にはゴリラ呼ばわりされている。普通に見ればフウガのほうがずっと弱そうに見えるほど、二人には体格差があった。
そして彼は柔道部顧問であり、五歳の頃から柔道一筋という腕っ節の強い男である。
「ははは! 謙虚な奴だな。実はな、最初はかなりお前のことを警戒していたんだ。なにしろ、俺ですら腰が引けるほどのオーラを漂わせているのに、何も活動している様子がなかった。影で犯罪にでも手を染めているのではないかと、他の先生達とも話していたのだ」
「なんか、ちょっと心外ですね」
先生は変わらず豪快に笑っていた。確かに、フウガは側から見れば不気味な少年だったかもしれない。しかし、ダンジョン活動をしていることによって、そういった雰囲気があるのも納得されたようだ。
「すまんすまん。しかしフウガよ。このままでは勿体無いとは思わんか?」
少年はキョトンとして、年長者が話を続けるのを待った。
「確かにダンジョン探索も、配信も素晴らしいものだと俺は思う。しかし、そういった流行がいつまで続くかは全く読めないものだ。早めにもっと確実な方向に、もっと安定したものを目指していったほうが、最終的に後悔しないで済むんじゃないか」
「もっと確実な方向、ですか」
それはフウガ自身も、心のどこかで考えていたことではあった。確かにダンジョン探索は今もっともアツく、最も夢のあるジャンルだ。しかし、それがいつまで続くかという保証はどこにもない。
いつか配信が廃れるかもしれないし、ダンジョン自体がなくなるかもしれない。その時、すでにいい年齢になっていたらどうするのか。先生は遠回しにそう伝えたいのだろうかとフウガは推測していた。
「というわけで、これは一つ相談なんだが……」
「え、え」
突然のことだった。先生は急に神妙な顔になると、角刈りの頭を下げてきた。下げられた生徒としては戸惑うばかり。
「頼む! うちの柔道部に入らないか!? お前のような男が入ってくれれば、インターハイ出場……いや優勝も夢ではないのだ。いや、恐らくはあれだ。金メダルもいけるぞ!」
数秒の後、フウガは気の抜けた顔になってしまった。ただの勧誘だったのだ。
「いえ、俺なんかがやっても、インターハイとか全然無理だと思うんで」
「何をいう! 俺には分かっている。あの配信の動き、まさに天才だ! 一緒に目指そう、夢の頂を!」
「あ、ちょっと用事があるので、これで」
「待て! どこへ行く!」
強引な先生の腕をするりと抜けるようにして職員室を出ようとすると、今度は他の先生からも声がかかった。
「あ、君! 柔道部が嫌なら、うちのサッカー部——」
「ちょっと待って! 野球に興味ないかな?」
「待ってください二人とも。フウガは柔道がー!」
これ以上は無理だと、フウガは若干青い顔になりつつ、彼らが言い合う隙に職員室から離脱するのだった。
(なんかやけに誤解されるようになったな。気をつけないと)
本当は彼もまた自分自身を誤解しているのだが。そのことに気がつくのは、まだ先のことだった。
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