第25話 二度目のお誘い
「ひゃー! 全く大変やったな。ま、ここまでくれば大丈夫やろ」
とある大きな公園の通りで、フウガと二人の女子は茂みから出てきて辺りを見回した。リィはこちらの道から美術館にやってきていたらしく、地図が頭に入っていたらしい。
だからこそ幾つもの細道を通りぬけ、追いかける人々を巻くことに成功したようだ。
彼女達に導かれた少年は、少しばかり童心に戻った気持ちだった。小学生の頃は、秘密基地などと勝手に決めては友達と陣地を作ったりしていた。そんな時代をふと思い出す。
でもいつまでも浸ってはいなかった。彼の心を呼び戻すような、鈴音のような声が隣から聞こえる。
「フウガさん、大丈夫でした? すっごいことになってましたねっ」
リィと一緒になってフウガを先導していたのはヒナタだった。ただ、いつの間にか彼女が二人を追いかけるようになっていたが。元々運動はあまり得意ではないらしい。
「ありがとう。助かったよ。でも、急にみんながやってきて、どうしちゃったのかな」
暗い空を見上げながら、フウガは頭を悩ませた。するとリィが隣でププ、と吹き出している。
「そりゃあフウ君。あんだけ活躍しまくったら注目されるよ。同接ヤバかったなぁー」
うんうん、と隣でヒナタが小さな頭を縦に振って肯定している。彼は道すがら、そういえば終盤の同接は見れていなかったことに気づいた。
「同接ってどのくらいだったのかな。いろいろあって、見れてなかった」
「えーと。たしか、十八万くらいでしたよ」
「十八万!? ほ、本当に?」
「マジや! あんな配信したら、そりゃ盛り上がるやん。ちなみに登録者は九十七万や」
「きゅ……九十七万人……」
フウガは二人から得た情報で脳みそがショートした。あまりにも異常な伸び方をしている。
そういえば収益はどのくらいになるのだろう。こればかりは自分しか分かりようがないので、ただ想像を膨らませていることしかできなかった。
「フウガさん、やっと本当に評価されてきたって感じですよね。実は私、あれからフウガさんの動画、観てるんです」
「え、あ、ああ」
俯き加減になりつつ、ヒナタにしてはボソボソとした話し方をしている。
「最初のほうからなんていうか、全然私と次元が違くて……その、とても感動しました」
「え、あ」
「え、あ……ってなんや! なんか緊張しとらん?」
ポンと隣のリィから肩をタッチされ、フウガは自分でも緊張していることに気づいた。そういえば、こんなに可憐な女子に挟まれて公園を歩くなんてことが人生にあっただろうか。
しかも、自分の昔の動画までチェックされているという事実。これらは異性との付き合いを猛烈に欲していながらも叶わなかった中学時代の想いを蘇らせてしまい、彼を真っ赤な石像に変えつつあった。
「あの……フウガさん!」
突然大きな声が出てしまい、ヒナタは自分で慌ててしまったが、それでもどうにか落ち着きを取り戻すと、
「この前は遠慮してもらってましたけど。もう私達とフウガさんってあまり違いないっていうか。実際はフウガさんのほうが大人気になってると思うんです」
と何かを予感させる発言をした。
「そなことない……って、思ってる、けど」
「どうしたん? 日本語覚えたて?」
「いや、使い始めてもうすぐ十六年になる」
「え? 赤ちゃんから喋ってたん?」
「もう、リィってば」
「ごめんごめん! フウ君がおもろいから、ついな」
リィは笑って謝った。ヒナタは今度は少しだけ前に出てから、フウガのほうへと振り向いた。
「だから、もし良かったら。一度だけでも私達とコラボしてくれませんか?」
フウガは真摯に頼んでくるその瞳に、戸惑いを感じずにはいられなかった。ここまで真っ直ぐな瞳を、真っ直ぐにぶつけてくる女の子が、かつての十五年間に存在しただろうか。
彼は二度も誘われるとは予想もしていなかった。確かに登録者数が近づいたとは言っても、やはりまだ差は大きいと言える。どうしてヒナタはここまで自分との配信にこだわるのだろう。
しかし、願ってもない誘いではないか。そう悩んでいた時だった。
『特にメリットはないと判断。却下を推奨します』
「うわ!? な、なんや急に」
いきなり懐にしまっていたゴーグルから声が聞こえて、リィの金髪が飛び上がりそうになった。
「あ、これは配信機材に備わってるAIなんだ。いや、メリットは物凄くあるだろ」
『通常の配信だけで十分な結果を得られると予想。却下を推奨します』
「いや、でも」
『却下を推奨します』
「なんやねんこのAI! 却下却下ってやかましいわ」
「凄い! とってもハイテクでお利口さんなんですね」
「あ、ああ。っていうか、電池切れてなかったっけ」
『…………予備電力により起動中』
フウガは消していたはずのゴーグルの電源を落とそうとしながら、返事を考えていた。さっき自分が言ったことだ。メリットは物凄くある。
インターネット世界の消費は本当に早い。いつ自分の配信が勢いを失い消えていくかなんて分からない。だからこそ、今人気が出てきたうちに、コラボをするのは賢明な判断かもしれない。
そう思ったフウガは、ようやく答えが出たとばかりに顔を上げた。するとほとんどゼロ距離に近いくらいに迫る二人の顔があった。
「うわ!?」
大きくのけ反り転びそうになった彼だったが、持ち前のバランスでどうにか立て直す。ヒナタは慌てたがリィはおかしくて笑っていた。
「あはは! フウ君はホンマ面白いなー。ってか、その体勢から戻れるって凄いわ」
「だ、大丈夫ですか」
「あ、ああ。大丈夫」
彼は静かに呼吸を整えると、自然と笑顔になり、驚くほど自然に言葉が出た。
「俺のほうこそ、お願いしたい。今度一緒にダンジョンを攻略しよう」
ヒナタは青い海の色をした瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。
「やったぁ! 決まりですね!」
「しゃー! 楽しみになってきたで」
喜ぶ二人はなんだか子供っぽく映った。まさか自分とのコラボ配信のために、ここまで喜んでくれるなんて。
戸惑いつつも彼は、少しずつ楽しくなってきた人生の変化を感じ始めていた。
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