第23話 首無し馬車の襲来
フウガは何よりもゴーグルの電池量を気にしている。
そのせいか、いろいろなことに意識が散漫になっていた。
十六階でドラゴンの群れを数秒足らずで倒し切った時、終わったところでドラゴンの背中越しにロック達を見つけていた。
(もしかしてあの時、邪魔しちゃってたかな)
ドラゴンの体高に隠れていたせいもあって、彼は紅蓮が窮地に陥っていたことには結局気がつかなかった。それよりゴーグルのほうに意識を奪われている。
「あ、えーと。そろそろ十七階になりますが、電池量がかなりまずいです。もう配信はここまでになるかもしれません」
しかし、この発言を視聴者はあまり気にしておらず、むしろ興奮の真っ只中にあった。
:ひ、一人でドラゴン全滅させやがったああああ
:本当に人間なのってくらい強い
:ええええ!? コラじゃないってヤバすぎ!!
:俺ってば、仕事しすぎて幻覚見えてんのか
:スッゲー! 神、もはや神
¥20,000:フウ君が最強! いや、最凶!
:突然すみません。僕らのチームアタッカーが抜けてるので、良かったら
:十七階って六本木ダンジョン初じゃね?
:え、これひょっとしてラストフロアまで行けちゃうんじゃ………
¥50,000:フウ君、これで弁当でも食べて
:えっぐ! こんなに強いんか!?
:オオオオオオオ!
:あ、リィちゃんがいる!
:フウガーーーーー!
フウガはここまでチャットが流れてくると、もうどうして良いのか分からなかった。
「あ、なんか凄い勢いのコメントが。ありがとうございます。とにかく行けるだけいってみますね」
しかし、そう意気込みつつも彼は苦い顔になっていた。なぜなら、この十七階というフロアは今までとは全く異なり、信じられないほどに広大だったからだ。
見晴らしはとても良い。先ほどまでのような迷路ではなく、ただただ広い空間だった。どこまで歩いても先は真っ暗になっていて、人間の匂いを嗅ぎつけて迫ってくる魔物の数も多い。
「電池がもう五%切っちゃってます。みんなに見せられる最後の光景がこれって、ちょっと面白みに欠けちゃうな」
悩みながらも無意識に剣をふるい、迫る魔物を両断していった。するとしばらく経ってから、彼は奇妙な風の流れに気がつく。
「ん? これってもしかして。アイツかな」
少々懐かしい感覚があった。遠くから亡霊のうめき声のようなものがいくつも重なって耳に入ってくる。だが恨めしい声とは違う、生き生きとした男性の声が背後からした。
「フウガ! 首無し馬車がくるぞ! 早くこっちに来い!」
振り返ると、先ほど出会ったチーム紅蓮のリーダーであるロックが叫んでいた。彼らの仲間もまたこちらに心配の眼差しを向けているようだが、魔物との戦いに手一杯になっている。
「あ、ロックさん。やっぱりそうなんですね」
ロック達はなおも叫んでいた。首無し馬車の恐ろしさを、彼らは身をもって知っていたのだ。
首無し馬車とは、本来は単体で出現するデュラハンが、首のない馬二頭に馬車を引かせて現れる姿のことをいう。
デュラハンはさまざまなタイプが存在するが、何よりも恐ろしいのは首無し馬車に乗って現れた時だと、ベテランの探索者達は知っている。
しかも、馬車ではあるが、奴らは地を駆けるのではなく空を飛ぶ。速度はまるで新幹線を思わせるほど猛烈であり、騎士が操る二メートルをゆうに超える長剣は、探索者の首を切断し、馬車の中に収めるという。
かつてロックはこの馬車と争い、大切なチームメンバーを殺された経験がある。
馬車に攻撃は当たらず、血で染めたような紅い剣の力には争いようがない。彼には無敵の悪夢としか思えない存在だった。
他のダンジョンであれば、もっと下の階に確率で現れるという印象だったが、紅蓮の面々はまさかという展開に戦慄すら覚えた。
「デュラハンが馬車に乗ってきました。これはえーと、渡りに船っていうやつかもしれません」
:渡りに……え?
:え?
:どういうこと?
:ことわざの意味違くない?
:フウ君、もしかして国語苦手?
:とにかく逃げよ!
:流石に首無し馬車はやばい
どうにもチャット欄の反応が予想と違っていたので、今度はフウガが首を捻っていた。首無し馬車は今回のターゲットに目をつけると、同じくして首のない馬達の手綱を引いた。
そして殺意と怨念が揺らぐ剣が、彼の首めがけて猛進する。急降下する幌のない馬車は、姿の見えない怨霊を何人も乗せているような気がした。
ロックはもしかしたらその怨霊達の中に、かつての仲間がいたかもしれないと目を見張る。一つ目の悪魔やドラゴン、巨大なムカデといった魔物に悪戦苦闘中であり、助けに行くことすらできない状況に歯噛みした。
「フウガ、早く! 早く逃げろおおおお!」
力一杯に叫ぶロックの声は届いたのだろうか。フウガはこの時、奇妙な仕草をしていた。剣を構えるわけでもなく、ただ単純にしゃがんでいる。彼のゴーグルには迫り来る馬車が映っていた。
:死ぬ! 死ぬ!
:自分視点ってマジ怖い
:さすがにこれは逃げた方がいいですよ
:フウガさん! 逃げて!
最後のチャットはヒナタが送信していた。彼女もまた噂で聞く悪夢の存在を恐れ、彼が殺されるかもしれない数秒後をさらに恐れていた。
デュラハンが喜びの叫びと共に、首めがけて剣を水平にした。赤い線のように映ったそれは、タイミング的にも少年の首を刈るには充分過ぎる。触れるか触れないか。確かな手応えを求めた右手は、すぐに違和感に包まれる。
「よっと」
同時に後ろのほうで声がした。多くの死霊達が独占しているはずの席に、場違いな何かが着地している。
「あ、十八階の階段まで」
まるでタクシーに場所を告げるような気軽さだった。隠された首無し騎士の頭部に剣先を突きつける。
「!?!?」
「十八階の階段まで」
「!?!?!?!?」
頭部に冷たい剣を当てられ、本体である兜は驚愕していた。
「皆さん、タクシーが拾えました。とりあえずこれで、もう一階層下までは配信できそうです」
「!!」
「あれ? 通じてないのかな? えーと、十八階の階段までお願い」
「——っ!!??」
フウガは剣を持っていない左手で方向を指し示した。恐怖に震えたデュラハンの体は言われるがまま馬車の方向を変え、階段まで彼を送る羽目になってしまう。
:はああああ!?
:うっそだろ!
:信じられない!
:すげええええええええ!
:フウガーーーー!
:馬車に飛び乗れるなんて、もう人間じゃないだろ!
:フウガさん、本当に凄い
:悲報 デュラハン馬車さん、タクシー代わりにされる
:デュラハンの首の隠し場所まで知ってるw
:ありえねええええ!
:デュラハン「きゅ、九百八十円になります」
:フウ君が最凶過ぎる
かくして彼は前人未到の十八階の階段で馬車から降ろしてもらい、そのまま下へと進むのだった。
一方、ロック達は魔物をなんとか倒した後、空の上で繰り広げられる光景に愕然とし、全てを見届けてから魂が抜けたようになった。
「……とりあえず、帰るか……」
リーダーに促され、現実を認識しきれないメンバーはとにかくダンジョンを離脱することに決める。
彼らが我に返り、衝撃に胸を躍らせたのは、ダンジョンを抜けて一息ついてからだった。
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