第22話 ドラゴンの群れ

 地下十六階。酷く獣臭い匂いがして、誰もが不快感を隠そうとはしなかった。


 通路は最初の頃と似たように鏡だらけだが、今度は天井や壁、床全てが紫色に染まっている。


 探索者としてトップクラスに入ると言われるランクAの探索チーム【紅蓮】は、慎重に戦いながらここまで進むことに成功していた。


 大抵の探索者には手に負えない魔物達を相手取りながらも、大きな犠牲を払わずに済んでいるのは、ひとえにリーダーが的確な判断を下してきたから。


 紅蓮は五人で構成されたチームだ。物理攻撃万能型のロックと、長剣に特化した黒髪の男、盾役の男と魔法役の女二名で編成されている。その中心を撮影用のドローンがふわふわと飛んでいた。


「いやぁ、ここまでしんどいと逆に清々しくなってくるな。なあみんな、もう少し降りれるか?」


 ロックは気楽な声をメンバーにかける。すると盾役である褐色肌のスキンヘッド男が豪快に笑った。


「当たり前だろ。俺のこの盾はヒビ一つ入ってねえよ」


 他のメンバーも同じように気のいい返事を返してきたので、まだ余力はありそうだ。ロックはできれば最深層まで潜り、ラストボスを倒したいと考えていた。


 あとどのくらい潜れば辿り着けるのだろう。実際のところ、ここまで降りてきたのはロック達が初めてである。


 彼らの配信は日本国内では絶大な人気を誇っている。探索者としてトップクラスである場合、ほとんど配信者としてもトップクラスであることが多い。


 紅蓮のチャンネル視聴者達は誰もが興奮していた。


 初めて見る六本木ダンジョンの十六階。その不気味さとロック達の頼もしさ。ここから更に未知の領域を目にできるという期待感。


 全てが最高に高まっていた。ここまでで探索を終えていたなら、彼らも視聴者も気分良く一日を終えられたのかもしれない。しかしそうはならなかった。


 地下十六階の通路は一本道となっている。真っ暗な闇の中につぶらな光がいくつか見えた。その光は目を凝らせば、ありとあらゆる色をしている。


「ねえ、あれってなに?」


 回復役を務めている女が、不安げに指を刺した。ロックにはある程度の答えは出ている。


「お出ましだな。戦闘態勢に入れ」


 短い指示で四人はすぐに行動に移った。盾役の男が最前線に出て、すぐ後ろに長髪の剣士が続いた。


 ロック自身はまずはチームの真ん中に位置どり状況を注視する。魔法を使う二人の女は、杖を持って様子を探っていた。


「ちょっと待ってくれよ、おい」


 最初に青い顔になったのは盾役の男だ。


 彼は迫り来る何かが近づくほどに、想定していた魔物よりもずっと大きく、かつ俊敏であることに気づいた。舌打ちをしつつ、黒髪の男が剣を構えたが、それらは特に意味をなさない。


 トカゲを筋骨隆々にしたようなドラゴン達が、なんと六体ほどの群れになってこちらに駆けてくる。翼で空を飛ぶようなタイプではなく、地を這うように進化したそれは、狂ったように陣形を固めていたロック達に突っ込んできた。


「左右にかわせ!」


 正面から受け止めることは到底できない。かといって、逃げ出したところでただやられるだけだ。無茶ではあったが、彼はひとまず突進をかわすべく声を張り上げた。


 一体でさえ脅威であるドラゴンが、六体も同時に突き進んでくる。最初の緑色のドラゴンが大口を開けると、中からピラニアよりも鋭利な牙が剥き出しになった。


 盾役の男は必死になってかわしたが、続いてくる他のドラゴン達に轢かれ、自慢だった屈強な体を捻じられながら宙に舞った。


「ぐあああー!」


 剣を持った長髪の男は、すれ違いざまにどうにか一撃を加えることに成功したが、続いて迫りくる牙にあと一歩のところで噛みつかれかけた。


 必死にかわしたところで、最後尾からきた六匹目のドラゴンの肩部分に激突し、声も出せない苦痛と共に地面を転がり続ける。


 二人の女も同様に吹き飛ばされ、最も的確に突進をかわしたロックだけが戦える状態にあった。


「みんな、大丈夫か!?」


 リーダーは必死にチームに呼びかけるも、すぐに返答ができる者はいなかった。


 戸惑う彼を嘲笑うかのように、ドラゴン達は数十メートル先で方向転換すると、またしても勢いをつけてこちらに向かってくる。


 一度派手に蹴散らした後、じっくりと狩るつもりだろうか。ロックの予想は、無惨にも自分達が生きたまま食われる未来を予感させた。


 しかも、一度盾役の防衛線を突破されてしまったばかりであり、態勢を立て直す暇もなかった。


 よだれ滴る口を広げながら、残忍な怪物達がもう一度走り出してきた。ロックは慌てて前に出る。指示は間に合いそうもない。


「く! こんの化け物どもが!」


 車と変わらぬ速度で迫ろうという脅威から、それでも一向は立ち向かう以外の道はなかった。


 だが混乱したせいか魔法攻撃を任された女は慌てて動けず、剣士もまた朦朧とした意識で立ち上がったばかり。まともに相対できるのはリーダーただ一人であり、彼は眼前に迫る脅威を全て請け負うことなど不可能であった。


 だから彼らは滅びたのだ、という終わりが見えていたはずだったのだが、想定外の事態が起きるのはむしろこの直後だった。


 絶対の勝利への確信を持って止めを刺しにかかる寸前、先頭を走る二体のドラゴンから血飛沫が上がった。首から上が綺麗に切断されて血の雨が降る。


 残りのドラゴン達は突如として背後から襲ってきた黒い輝きに混乱した。ドラゴン二体を文字通り瞬殺した漆黒の剣を握った少年は、続いて残されたドラゴンを乱舞の如き技をもって仕留めにかかる。


 紅蓮のメンバーはそれぞれが、まるでゲームのような光景を目に焼きつけた。黒い閃光がいくつもほとばしり、肉食の頂点とも言える竜種族の体を、あっという間に肉塊へと変貌していくさまを。


 その少年、フウガは配信中であり、紅蓮もまた配信中だったが、この間はほとんどチャットする者がいなかった。ただ画面内に起こっている乱舞、少年が放つ怪しい剣の光に魂まで奪われている。


 数秒を持って彼はドラゴンの群れを倒しきり、ただ呆然と見つめるロック達に歩み寄った。


「あ、ここで戦っていたんですね。お疲れさまです」

「お、お……おお。お疲れさま」

「ちょっと急ぎなので、失礼します」


 少年はそう告げると足早にその場を離れた。するとようやく息を吹き返したように紅蓮のメンバーが驚きの声をあげ、彼らのチャット欄も乱れに乱れた。


「って、どうなってるんだ!?」

「私でも、あれほどの剣技は……」

「俺の盾でも受け止められなかったぞ!?」

「あたし何もできなかったんだけど!? あの子一体」

「あ、回復……しましょうか」


:ええええええええええ!

:一人でやったのか!?

:え、誰なんですか

:あいつ強すぎるだろぉおお!

:たしか高校生だっけ!?

:ひいいいいい!

:なんか強すぎて怖い

:現実離れしすぎ、ゲームキャラだろもう

:ああああー!?

:常識が壊れる


 ロックは度重なる驚愕に心身を疲労させながらも、湧き上がる好奇心を抑えずにはいられなかった。


「みんな、俺たちは消耗している。しかし後一歩。あとワンフロアだけでも進もう。さっきの少年が気になる」


 彼の判断は甘かったのかもしれないが、この場において責める者はいなかった。大きな関心が自制に勝り、彼らに少年を追いかけるという選択肢を選ばせたのだろう。

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