第21話 外の世界の反響
「これ見てみー! フウ君、ヤバいで!」
「え? フウガさんに何かあったの?」
フウガが六本木ダンジョンで配信をしている時、ヒナタはリィと瑠璃川邸にいた。リビングでテレビを見ていた彼女は、リィが向けてきたスマホに視線を移すと、そのまま固まってしまった。
「え……ここって」
「六本木ダンジョンやろ。あのおっかないって噂のとこ」
「え、なんで怖いの? お化けが出るとか」
「普通にお化けっぽいのも出るけど、他より難易度高いらしいで。ほら、なんか強そうなのおるやん」
友達のスマホを除きこみ、ヒナタは一瞬で血の気が引いた。
「ひゃあっ! 本当にいる! お化け!」
「でも、お化けも倒せるみたいやで。ほら」
彼女達が視聴しているのはフウガのライブ映像である。彼がキョウジを助けた後、ひたすら魔物を倒しながら進んでいくシーンは圧巻だった。
「凄い……フウガさんって、本当に」
ごくりと唾を飲んでしまう。リィもまた真剣な眼差しで探索の続きを注視している。すると、彼は螺旋階段から突如飛び降りた。
「ひゃああー! ちょ、ちょっと! 死んじゃうよぉ」
「ぐえ!? ちょ、苦し」
「ああ! どうしよ! どうしよ!」
「ど、どりあえず離れん、かい!」
突如抱きついてきたヒナタの腕が、リィの首をぎゅうっと絞めた。なんとか引き剥がしたが、ヒナタはすぐに食い入るように画面に迫る。そしてまた抱きついた。
「いや、ちょっと待った。これ、どうなっとるん?」
「え? 回って……る?」
回りながら風の刃が猛烈な勢いで飛び続けている。全方位に放たれている攻撃が、大群と化した魔物達を一気に仕留めていった。
短い時間ではあったが、彼が放った剣で倒された魔物は軽く百を超えたのではないか。
そして何事もなかったかのように着地し、すたすたと歩き始めた。
「ええぁ!? おかしいやろ。なんで普通にしとるん!?」
「よ、良かったぁ……」
普段からどこかのんびりとしている令嬢は、彼が無事だったことに安堵した。その後にやってきたものは、強烈なまでの高揚感だ。
「私、フウガさんに憧れちゃう。ね、凄いよね?」
「ほ、ほんまやな。この後も潜るんか」
二人は街に出かけることも忘れて配信に見入っていた。そこへ、遠くからヒナタの執事が紅茶を二つトレイに乗せてやってきた。
「おや、ダンジョン配信でございますか。いけませんぞ、お嬢様。今後はあのような危険な場所へは、お近づきになりませんよう」
「あ、あはは。分かってるよ」
笑って誤魔化したお嬢様は、ちらりと友人に目をやった。すると、悪戯っぽい顔でリィもまた笑う。
「勿論やないっすか! 行きませんわ。痛い目に遭いすぎて懲りてます」
「あ……ね、ねえ見て! フウガさん、もう登録者数九十一万人だって」
「ええー、凄いやん! もうウチら越すんちゃう?」
「この前は釣り合わないってお断りされちゃったけど、もう一回お願いしてみようかな」
リィはこの一言を聞いて、大きく頷いた。
「うん! 確かにこれは楽しくなりそうや。また誘ってみよか」
「何をでございますかな?」
「あ、友達の話!」
何とか誤魔化そうとするヒナタだったが、嘘は上手とはいえない。執事は今度こそダンジョンに向かうことを阻止する気満々だった。
だがリィは全く気にする様子がない。彼女が使用できるある力さえあれば、どんなに頑張ったところで執事達は無力である。
「フウガ君、カッコいいなぁ」
ヒナタは浸るように配信の世界へと意識を戻した。リィもまた友人の言葉に無言で同意している。執事はダンジョン以外にも懸念事項が現れたことを察し、心の中で少々慌てていた。
だが、慌て始めたのは配信を見入っていたリィも同じであった。
「おおう!? ちょっと待って。このフロア、めちゃくちゃやん……」
何かあったらしい。ヒナタは少し遅れて気がついた。そこには先ほどまでとは全く異なる、見ただけで底冷えするような光景が広がっていた。
◇
土日といえば大抵のお店は稼ぎ時である。
特にダンジョン探索は夏の時期は盛んになり、関連グッズの売り上げが伸びる傾向にあった。
しかし、ここ春日武具店に関しては、そのような期待は持てそうになかった。
「あー! また負けちまったぁ! 畜生ぉー!」
店の中でたった一人、中年の店長が必死になってテレビゲームをプレイしている。
彼が熱を上げているのは、現在も世界中で大人気のアクションRPGディバインブレイドⅠだ。初代が発売されたのはもう十六年も前となるが、プレイを続けているユーザーは決して少なくない。
「もう一回だ! Dブレ古参ユーザーの意地を見せてやる」
春日は現在、ラストダンジョンで奮闘していた。本当は仲間を引き連れて挑むべき場所に、たった一人で挑んでいる。
ディバインブレイドには魔王デヴォンというラスボスが存在するが、初期はゲームバランスが悪かったせいか圧倒的なステータスを誇り、飛竜に乗って猛スピードで襲ってくる凶悪な敵であった。
ソロでは決して倒せないという定説がファンの間では周知の事実だったが、春日はその定説に正面から挑んでいたのだ。
たった一人、仕事をサボりながら奮闘し続けた末、春日が操るプレイヤーキャラは壮絶に散った。魔王が放つ槍の一撃に貫かれ、魔王城から墜落していく主人公の姿には哀愁さえ感じられる。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ! こ、こんのオカマ野郎。次こそ、次こそだ! ま、まあとりあえず休むか」
そう息巻いている中年店長は、疲れたのか一旦はコントローラーから手を離し、店内を眺めた。
「ああ、今日もお客さん来ねえなー」
悲しい呟きを聞いてくれる者は誰もいない。昨日は路上で呼び込みをしてみたがほとんど効果がなかった。警察がやってきて職質までされる始末である。
悲しみを紛らわせるべく、今度は動画サイトであるUtubeを開いてみる。
「VTuberの配信でも観るか……」
最近本当に独り言が増えてきた。悲しい五十代一歩手前の男は、ふとおすすめの動画に目が止まった。見たことのあるような黒いゴーグルに、ついこの前まで店に飾っていた剣と同じものが映っている。
「このサムネは……まさか!?」
心臓が跳ね上がりそうになりつつ、彼は今ライブ中である動画をクリックする。
画面の読み込みが終わった時、現れたのはゾンビの群れをひたすら切りまくる男の動画だった。どうやら視聴者が同じ視点で観られるように、ゴーグルに配信設備が入っているようだ。
『良かった。とりあえず、かなりショートカットできました』
「あ、ああああー!?」
この声はあの少年に違いない。どうやら相当な高さから落下しつつ、全方位攻撃を繰り出しまくって魔物を壊滅に追いやったようだ。
どうやら魔剣の力で上手くいった、というような類のことを語っていた。
「あの剣の力なわけないだろ」
春日は震えていた。もしかしたら自分が、とんでもない怪物を生み出してしまったのではないのだろうか。
そしてこの男は、この後どうなっていくのだろう。もはやゲームどころではなく、当然仕事も手につかない彼は、ただただフウガの活躍に釘付けになっていた。
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