第16話 キョウジとホラー配信
土曜日の昼下がりのこと。
フウガが大体同じ時間に来ることを調べていたキョウジは、偶然を装い六本木ダンジョンへとやってきた。
彼はダンジョン入り口前という混雑しやすい場所で、堂々と配信を開始していた。そういった周囲への配慮には無頓着な男であり、コラボやチームを組めない原因の一つである。
「やあみんな! キョウチャンネルにようこそ! 実はね、前々から宣伝してたんだけどさ。ジャーン!」
ドローンのカメラが若干右にずれ、六本木ダンジョン入り口である元美術館を映し出す。
「今日はアレに挑んじゃうよ。もちろんソロで!」
:キョウジいいー!
:今日もイケメン
¥20,000:結婚して!
:そういえば今日だったよね
:やばいー!
¥10,000:祝! 六本木ダンジョンに新記録達成
「ははは! 今日は遠隔でスタッフさんがドローンの運転してくれてるから、細かいところまできっちり映せると思う。やっぱ探索者なんだし、一番深いところまで狙うっきゃないよね。じゃあ行こうか」
その後もコメント欄は期待と応援の声が続き、同接は開始三分で六万人に達していた。ドローンを操作しているスタッフの男は、すぐに同接数の好調をイヤホンでチャンネル主に伝える。
彼は報告を受けて礼を述べた後、地下一階へと続く緩やかな通路を歩き始めた。
「へええ、なんか意外だな。他のダンジョンなら最初は階段を降りていく感じなんだけど。ちょっと雰囲気違うよね」
ようやく辿り着いたと思われるフロアを見て、彼は驚きを口笛で表現した。天井から壁、地面に至るまでまるで鏡のようだった。
「ヒュー! やっば! なんでこんなに鏡ばっかなんだ? 俺ってあんま自分の容姿好きじゃないからさ、こうやって常に見えてると嫌なんだよなぁ」
:ええーカッコいいよ
:かわいい
¥50,000:キョウジはイケメン
:全部鏡ってなんかやだね
¥10,000:キョウジーい!
すかさずフォローが入り、キョウジは嬉しそうに微笑んだ。実のところ彼は自らの容姿に自信を持っていたし、自らを嫌ったことなどありはしなかった。
どこか弱い部分を演出することで親近感を持たせ、より多くのファンを作る。彼が時折使うテクニックの一つだ。
(まったくチョロい連中だな。こうやって応援したいキャラを演じるだけで金を落とすんだから)
心の中で舌を出していた時、偶然にもゴブリン達が彼を見つけて襲いかかってきた。棍棒や剣を持っていて、数にして三体ほどいる。
「おっと! 今日最初のバトルが始まっちゃったぜ」
背中に預けていた剣を抜き、キョウジは全速力でゴブリンに向かっていった。三体の中で一番後ろにいた者が弓を構え、矢を放ってくる。
正面から飛んでくる矢をぎりぎりのところでかわしながら、棍棒を振り回してくる最前列のゴブリンの首に鋭い突きを入れる。続いてやってきたゴブリンは一刀両断に切り捨てた。最後の一体はキョウジの動きに驚き逃げたが、一本道のためすぐに追いつかれた。
「うらあああ!」
勢いよく振り下ろされた剣が、ゴブリンの肩に減り込み、そのまま斜めに切り裂いた。悲鳴を上げながら倒れるその姿を見て、キョウジは内心では堪らないものを感じる。
彼が探索者として活動することの楽しみの一つは、こうした魔物に対しての殺戮行為が合法化されていることにある。
いくら酷いことをしようが、誰も魔物に同情などしない。普段は爽やかな仮面をかぶっている彼にとって、これ以上ない発散の方法だった。
「よっしゃぁ! じゃあどんどん行くぜ」
:キョウジぃー! ステキ
:めっちゃ上手い! 天才
:キョウジ強すぎ!
:今日深層まで行けちゃうんじゃない?
喝采のようなチャットを見て、人気配信者は喜びを隠せない。
地下二階も同様に難なくこなした彼は、地下三階では多少苦戦を強いられた。二階からちょくちょく姿を見せていた巨大なバッタが、飛び回りながら襲ってくる。
すばしっこい動きの敵を追いかけているうちに、背後からゴブリンやワーウルフなどに襲われることがあり、彼は少々生傷を負ってしまった。
「ああ! ったくイラつくなぁ! 弱くてもなかなか厄介だよ」
戦闘を避けながら降りていくことも可能だが、それではあまり絵にならないし、視聴者を退屈させてしまう恐れがある。だからこうして、各階層ごとにわざと戦う時間を作っている。
いつもなら苦戦するはずがない相手に、どういうわけかキョウジは苦しんでいた。やっと魔物を蹴散らし切ったところで、息を荒くしながら階段を降りる。想定よりも体力を消耗していた。
すると、またしても鏡だらけの迷路に到達したのだが、今度は魔物が一切襲ってくる様子がない。
「あれー? なんか全然って感じじゃね? ねえスタッフー! 魔物いない感じ?」
呼ばれたスタッフは、操作しているドローンを先行させて周囲を伺う。足音一つも聞こえてはこなかった。
『大丈夫です。ボーナスステージって感じですかね』
「いやいや、全然ボーナスじゃないって」
あーあ、案外退屈なんだな。彼はダンジョン探索者となり半年が経過していたが、窮地に立たされるようなことは決してなかった。
最初の頃は他の探索者達よりもずっと慎重だったのだ。それが今では、徐々にスリルを求めるようになってきている。人とは変わるものだなと、我ながら思ってしまう。
(でも、変われない奴もいるんだよなぁ。あのフウガとかいう奴は典型だ。二年でようやく人気が出るなんて、遅すぎるだろ)
持って生まれた才能が違う。キョウジは一時でもあの男を気にした自分がおかしくなっていた。鏡で作られたような迷路の中で、リスナーと雑談しながら何度も自分の顔を目にする。
これが天才の顔だ。あんな凡人には絶対に追いつけない男の顔なんだ。キョウジはなんとなく気分が良かった。だが、ある鏡を通過しようとした一瞬のこと。
「……え」
ふと足を止め、彼は通り過ぎようとした鏡を見つめた。鏡の中の自分が、一瞬だが急にこちらを向いた気がした。
しかし、改めて確認すると鏡の中にいる自分に、特におかしな点は見当たらない。
「ははは。ちょっと疲れてんのかな。お! みんな、そろそろ迷路も終わりっぽいよ」
曲がり角らだけの通路を抜け、開けた場所にたどり着いた。おかしなことに、階段の前に明らかに立て掛けられた鏡が一つある。
「何これ? 鏡だらけのダンジョンでさぁ、なんか特別な感じのがあるんだけど」
大したお宝というわけでもなさそうだ。むしろ、少し流れが弱くなってきたチャット欄のほうが気がかりだ。
とりあえずは鏡を調べてみたのだが、それはいくつもの鏡が重なっているような作りだった。正面から見ると自分が五人ほどに見え、右に向けば五人が同じ方向に向くようにできている。
「へえー。なんか面白いじゃん」
薄暗いダンジョン内で、キョウジは何度も右を向いたり左を向いたりを繰り返してみる。五つの自分が同じように右に、左に顔の向きを変え続けた。
右、左、右、左、しかし特段変わり映えせず、飽きっぽいキョウジは別のことに関心が向いた。
「こんな所さっさとおさらばして、一気に下に降りちゃおっかな。そうそう! このダンジョンにはさ、途中で螺旋階段ルートっていう——」
言いかけて、ふと彼は止まった。鏡の中の自分は全員、今はこちらからみて左を向いているはずである。それなのに真ん中にいる一人だけが、まっすぐにこちらを向いたままになっていた。
そして鏡の中にいる男は、口を裂けんばかりに開いて笑ったのだ。
「うわ!?」
キョウジは驚きと恐怖で飛び跳ねるように後ろへと逃げた。すると鏡にさらなる変化が生じる。
黒い煙のようなものが、鏡から炎のように噴き出している。鏡の向こうにいたキョウジは、本人が立ち止まっているのにこちらへと歩き出した。
「は、はあぁー!? どうなってんだよ!」
:え? やば
:え、え
:なにこれ怖いんだけど
:もしかしてガチですか
:心霊現象?
:なんかホラーじゃない
:おいおい
:出てきた!
黒い煙と同化したような何かが、とうとう鏡の中から抜け出してくる。キョウジと何もかも瓜二つだったが、一つだけ違うのは、彼は全身が黒ずんでいることだろう。
「こ、こいつ! ボスかぁ! は、ははは! 面白い演出じゃん。偽物が本物に勝てるとでも思ってんの?」
黒い魔物は何も答えず、ただ剣を抜くことで意思を伝えてくる。不敵な笑顔を浮かべた二人のキョウジは、前置きもそこそこに激しい殺し合いを開始した。
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