第15話 再生数稼ぎ
高校生が一人で住むにはあまりに広い、都心の高級マンション最上階。彼はソファに寝っ転がりながら、スマホから流れる動画を無表情に眺めていた。
二日ほど前に配信した動画の視聴回数に目を通し、登録者数の伸びについてもしっかりと確認する。視聴回数は五万回を超えた程度。登録者数も予想より伸びていない。
ここ最近、明らかにチャンネルの成長が止まりつつある。
キョウジは苛立っていた。配信を始めてしばらくの頃は腐るほど投げ銭をもらったり、急上昇ランキングの常連になっていたというのに。どうして半年を過ぎた今、伸び悩んでいるのか。
理由はおそらく二つだとキョウジは考える。一つは、配信で潜っているダンジョンの階層が浅く、誰もが知っているような場所ばかりになってきたこと。
もう一つは、コラボ配信をしてくれる人がいないからである。
(くそ、あの金髪女。邪魔しやがって)
ヒナリーチャンネルとダンジョンで一緒になった時、彼は最高の幸運を手にしたと舞い上がった。
コラボ配信ついでにあわよくば仲を深め、ヒナタをマンションに連れ込むことまで考えていた。なのにリィとかいう女に邪魔をされてしまった。
腹が立ってしょうがない。ソファから起き上がり、パソコンのスイッチを入れる。今度はネットの書き込みを眺めることにした。
しかし、そこでまたも苛立ちの原因を見つけてしまう。フウチャンネルとかいう配信者のスレが伸びに伸びている。
「あの時のあいつか。クソが……」
フウガのライブは急上昇ランキングで十位以内に入り続けていた。とにかく伸びが加速しており、このままでいけばあっという間に自分を抜かすこともありえる。
彼の脳裏に、フウガへの強い嫉妬が生まれた。しかし同時に一つの考えが浮かぶ。こいつは使えるのではないかという企みだった。
キョウジは思いついたところで、すぐに実行に移すことにした。
ライブの準備をしているうちに、話す内容について整理する。今日はただの雑談配信をするつもりだったのだが、いいネタが浮かんだ。思わず口角が上がり、普段の彼とは異なるいやらしい笑みを浮かべる。
やがて準備が整い、配信がスタートした。誰からみてもアイドルのように爽やかな笑みが画面いっぱいに広がり、ファン達は喝采の雨を降らせる。
:キョウジぃー!
:今日もイケメン
:おはー!
:雑談楽しみ
:キョウジーーー!!
:家まで素敵過ぎる
:あああー!
:おはよ
:この笑顔は万病に効くわ
彼が配信画面に現れただけで、チャット欄は声援に満ちていく。既に投げ銭も放りこまれ始めていた。
「やあ! みんなご機嫌よう。いやー、実はなんだけどね。今日はただの雑談をする予定だったの。でもさ、ちょっとばかり色々あったんだよ。これ、けっこう重要な話ね」
:どうしたの
:気になる!
:何かあった?
:キョウジぃいいい
:話聞くよ
:まさか、アレ?
重要な話、というワードを受けて、視聴者達は我先に質問をしてくる。こういった展開には慣れている。
「最近さぁ、わりかし騒がれてるダンジョン配信者がいるのよ。俺よりキャリア長かったみたいだけど、なんかずっと無名でいたっぽい。でも今じゃー急上昇ランキングに入ってるくらいだからね。ちなみに今見たらランキング三位だったよ。マジやばいわ。知ってる?」
キョウジは語りながら徐々に苛立ちを深めていった。しかし、最初はおだててやるくらいでなくては。まずは自分が語るだけの相手であるということを、視聴者達に伝えることにした。
:あ! あの高校生!
:分かった
:フウ君って人でしょ?
:フウだ!
:今日おすすめに上がってきた
:あの人となんかあったの?
:やべー! ワクワクしてきた
「そう! もう分かったよね。あのフウチャンネル。俺の一個下だったと思うから、高校一年生かな。今日はあれについて話そうと思ってる。配信を思い出してほしーんだけどさ、ダンジョンでアイツと俺一度会ってるじゃん?」
キョウジの一言で、同接人数に奇妙な変動が生じた。ここ最近では雑談配信の同接は三万そこそこだったが、今日はすでに五万に届こうとしている。
「しかも、ヒナリーチャンネルが異常出現した魔物に襲われていた時だったよね。そのちょっと前かな。俺が中層で機材の調子が悪くなってた時あったでしょ。あの時にさぁ……これホントに暴露になっちゃうなぁ。言っちゃっていいのかな」
:え? 暴露?
:どういうこと?
:確か声かけてたね
:ちょ、暴露しちゃうの
:やばー! 楽しみ!
キョウジはソファでくつろいだ姿勢から一変、前のめりになって両手を組み、深刻な顔つきで話を続ける。
「あの時、実は挨拶する前から俺、あいつに声かけられてたんだよ。それがさぁ。スッゲー上から目線なの。俺は二年ダンジョンに潜ってるから、お前より先輩なんだぞ、とか。こんな所で機材トラブルとかなっちゃいねーなぁ……とか。挙句の果てにさぁ、俺の配信に出演させろっていうわけ。で、実際偶然を装って俺が声をかけたんだよね」
嘘がすらすらと口から溢れる。今日は絶好調だと、彼は自分の演技を心の中で称賛した。
:え!? あれ演技だったの
:うわ! アイツ最悪じゃん
:キョウジ優しい!
:年下の癖に先輩ヅラしてたのか
:あの演技キモすぎ
「いろいろと段取り押し付けられたんだけどさ。やっぱ途中で我慢できなくなっちゃって、俺もああいうつれない態度でさよならしたってわけ。まあそういう奴もいるって分かってたけどさ。なんていうか、最近俺やヒナリーチャンネル利用してエグいくらい伸びてるじゃん。なんか許せなくなったんだよ」
チャット欄には同意の声が多数寄せられ、猛烈な投げ銭の嵐が吹き荒れた。この分なら今日だけで二千万は硬い。さらに同接数は九万を超えていた。
大笑いしたい衝動を堪え、キョウジは真剣な眼差しでパソコンを睨みつける。
「みんなありがとう。いろいろ話せて、マジ気楽になったっつーか。今度アイツと会ったら喧嘩になるかもしれないけど、俺は戦うからさ。みんなこれからも応援よろしく!」
コメント欄の猛烈な応援を目にしながら、彼は静かに雑談配信を終わらせた。
このネタはまだまだ擦らせて儲けられる。どうせいくら嘘をついたところで、言った言わないの話になれば自分を信じてもらえるに決まっている。そうキョウジは思っていた。
彼がこうして人を利用して利益を得ることは、今回が初めてではなかった。次なる儲けの手段を考えていると、一つの考えが浮かぶ。
「次は……ダンジョンで偶然再会したという配信でいこうか。アリだな。俺の魔法で……」
実は、キョウジもまた魔法の力を手にしていた。
まだ人前に出していないその力で、フウガを罠に嵌める計画を練り始めた彼の顔は、爽やかさが抜け落ちて奥にある卑しさが露わになっていた。
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