第14話 変わり始める日常

 雑談配信を終えた次の日、フウガはいつも通りに学校へ向かっていた。


 しかし、朝から何かがおかしい。

 普段利用しているバスの中で、やけに見られているような気がした。


「あ、あのー。もしかしてフウさんですか」

「え!?」


 錯覚ではなく見られていたらしい。他校の学生服を着た女子が、好奇心ありありの瞳でじっと見つめていた。


「え、ええ。まあ」

「やっばー! あたしファンなんです。ちょっと写真撮ってもいいです?」

「あ、でも。バスの中なんで」


 その後も粘られつつも丁寧に断り、バスが停車すると逃げるように走る。実際逃げていたことは間違いなかった。


(さっきの人もしかしてライブ見てたのかな? ビックリした!)


 教室にたどり着いたのはHRの十分前。自分にしては余裕だったと思っていると、なんだかクラスの雰囲気が変わっている。どうも、バスの時みたいな視線が刺さっている気がした。


 落ち着かない気持ちになりつつも席に着くと、すぐに前にいたユウノスケが振り向いてニヤついた。


「やあ有名人」

「有名人? 俺が?」

「そりゃーあれだけ配信が拡散されてるんだから、みんな知ってるさ」


 バズったライブはまだ二回だけ。フウガとしては日常まで変わってくるようなことはないだろうと、なんとなく考えていた。いくらUtubeで有名になったとしても、芸能人じゃないんだからそこまで変わらないはず。


 しかし、フウガが思っている世間と実際の世間では乖離がある。


「しかしいきなりバズったよなぁ。もう登録者数十万超えてたし」

「そういえば知ってたんだよな。教えてくれよ」

「教えたら面白くない」


 悪戯っぽい顔で笑う唯一の友人は、この状況が面白くて仕方ないようだ。


「分かってると思うが、ここがチャンスだ。早めに、派手なダンジョン攻略をしてみせたほうがいい」

「あ、ああ」

「後は横の繋がりも確保するべきだな。コラボ配信も定期的にやったほうがいい」

「こ……コラボかぁ。苦手なんだよ」


 漆黒の中学生時代を過ごした彼にとって、人との交流は絶望的なまでに難解極まるものと化していた。


「せっかくのチャンスなんだ。そういう人付き合いくらい克服したほうがいいね。後はあれだなー、アンチにも気をつけるように」

「アンチとか、俺の配信に出てくるかな」

「自分のところにはいなくても、他のチャンネルから来たりするぜ。特に女配信者のファンとかは危ないのがいる」


 それからHRが始まるまで、ユウノスケはアンチファンの恐ろしさを語り続けた。動画配信者の困難さを改めて噛み締めていると、最後に気になる一言を残して前を向いた。


「あのキョウジっていう配信者とは関わらないほうがいいぜ。利用して配信数稼ぎに使われたりするっていうからさ」

「え? ああ、あの人か」


 フウガは若干首を傾げつつも素直に聞くことにした。しかし、まだまだ自分のような配信者に利用価値があるとは思えない。


 いずれにせよ、次の配信は勝負だ。久しく忘れていた熱意が蘇ってきた。


 フウガが無言でいつになく気合いを入れていると、めったに通知がこないスマホが振動した。


「あ」


 ウインドウに出てきた表示を目にして、一瞬にして彼は頭の中が真っ白になる。それは最近よくやり取りをしている、瑠璃川ヒナタからだった。


「お?」


 ユウノスケがすぐに気づいて振り返ったが、フウガは仏頂面のままスマホを隠した。


「前向け、前」

「あれ? 今の通知ー」

「違うって。前向けよ」


 何が違うのか意味が分からなかったが、ユウノスケはそれ以上詮索しなかった。平静を保とうとしているが、フウガは日常の変化に明らかに戸惑っていた。


『おはようございます! 今日も一日がんばりましょうね』


 そして、目下のところ彼を一番混乱させているのはヒナタだった。最初はご飯を奢ってくれたお礼を言い、挨拶をして終わっていくのかと思いきや、ほぼ毎日のようになんだかんだでチャットが続いている。


 最初こそダンジョン配信者になった頃の話や、探索にまつわることを語っていたが、だんだんとフウガ自身の話、ヒナタ自身の話へと変化していった。


 ヒナタが着ていた制服は、都内でも有数の進学校である神桜高校だった。あそこはイケメンと美少女の花園であるという噂さえある別世界だ。


 生まれや育ちが全然違うようで、いくつか質問をしているうちに、なんと彼女が社長令嬢であることまで知った。


 世界が違うなぁ、と隠れてスマホを眺めていたフウガは、過去の苦い思い出が唐突にフラッシュバックした。


 中学生の頃、フウガは憧れの女子に精一杯の勇気を振り絞って連絡先を交換したことがある。あの時、必死に会話を続けようとするなか、徐々に相手が遠ざかっていくように返信がなくなる感覚が忘れられなかった。


 まるで沈没船のようだった自分。いや、中学生のフウガは女子から見ればイカダ程度だったかもしれない。そんな自分ともチャットとはいえ会話を続けてくれるのだから、彼女は随分と人がいい。


(待てよ。もしかして、彼女は俺に……)


 少しして、フウガは首を横に振った。


(今までのチャット履歴を見る限り、これは友達としてのやり取りだろう……多分)


 イケメンパラダイスな学校に通っているはずだから、きっと他に気になる人はいるだろう。


 フウガは異性との交流に知識も自信もなかったが大失敗した過去はいくつかあったので、容易に女子の気持ちを勘ぐることはできなかった。


 それでも、もしいい友達になれるなら随分な進歩ではなかろうか。そんなことを考えながら、今日もダラダラと授業をこなしていた。

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