第13話 寂しくない雑談配信

 ダンジョン配信を行なってから三日後。

 フウガはとりあえず雑談配信をしてみることにした。


 実は彼は、この雑談配信が最も苦手であり、もっとも行う回数が少ないライブである。


 回数が少ない理由は簡単である。そもそもトークが苦手であり、同接がゼロになってからの雑談は虚しい独り言に過ぎなかったから。


(さて、やってみるか)


 今回の機材はゴーグルにパソコンを繋いだだけである。パソコンだけでも充分だが、ゴーグルが何かとハイスペックな為、一応接続していた。


『ライブ開始10秒前。カウントダウンを開始します』


 いつも通りアイラの声を聞きながら、彼はすうっと深呼吸をした。登録者数はどれだけ増えているだろうか。スタンバイしてくれている人はどれだけいるだろうか。


 心の中にざわつきが広がる中、カウントダウンはゼロとなり、いよいよ配信が始まる。


「こんにちはー。フウチャンネルです。さて、今日は雑談を、」

:こんちゃ

:こんちはー

:あ、部屋じゃん

:うおー!!

:出た出た!

:待ってたよー

:良い部屋だねえ

:こんにちは!!!

:よう

:やあ

:うぃー!

:出た!!


 いきなりの挨拶ラッシュに、同接一桁が日常だった男は驚き止まってしまった。数秒ほどしてから、やっと我に返る。


「あ、す、凄い。みんな待っていてくれたんですね」

:緊張してるw

:フウちゃん、落ち着いてw

:待ってたぜえええ

:雑談って初めて?

:逆に新鮮だわ


 同接数を見ると、開始してすぐに九千五百に到達していた。あまりの別世界ぶりに戸惑いつつ、フウガはなんとか雑談を進めようと気合を入れた。


「いえ、雑談は以前からやってたんですけど、ほぼ独り言だったんですよ。初めましての方ははじめまして。えーと、何か聞きたいこととか、ありますか?」


 他配信者の雑談配信では、よく質問コーナーが行われているので、彼もそれに倣うことにする。すると、あっという間に質問の津波が押し寄せてきた。


:探索者初めてどのくらい?

:何処のダンジョンが好きですか

:一番潜った階層って何階?

:彼女はいますか?

:趣味おしえて

:ヒナさんとはどのようなご関係ですか

:彼女は?

「え!? え、えーと」


 画面で質問内容を読もうとするが、次から次へとコメントが流れてくる。


「探索者歴は二年になります。ダンジョンは大体都内か、または東京市内とかに潜ってます。一番奥といえば、深層まで潜ってるダンジョンもあります。彼女はいないです」


 とりあえず答えてみる。すると質問コメントは終わる気配がなく、更に膨れ上がった。

:一人で深層まで降りたの!?!?

:え、マジで?

:ええええええええ

:嘘だろ

:つえええええ

:ナチュラルにヤバい

:ヒナさんについての質問に答えてください

:普通パーティ組むでしょ!?

:なんで深層降りれんの?

:ウッソだろ


 ここまで反響がくるとは思っていなかったので、フウガは心臓が強く跳ね上がってきた。同接はすでに二万五千を超えている。


 それと同時に彼には一つ疑問があった。深層に一人で潜るというのは、そこまで驚かれることだろうか。


「あ、あれ!? 一人で降りてる人、けっこう普通にいませんか? パーティは、人に話しかけるの苦手になってて、なかなか組めなくて」

:一人はヤバいってw

:そう思ってるのはフウだけ

:フウ君コミュ障なの

:コミュ障なのにめちゃ強い

:ヒナさんの質問に答えていませんが

:すげえ、すげえよ


 あ、とフウガは慌ててしまう。そういえばヒナタとの質問を貰っていた。


「ヒナさんとは、知り合い……ですかね。あの後、一度お話しさせてもらったことがあるだけです」

:ファ!?

:そのお話というのは、配信外でということでしょうか

:この質問者ヤバい

:スルーしたほうが良くね

:ヒナリー過激派が来ちゃうよ

:フウ君逃げて

:↑変な人いるんだけど


 だんだんとコメントの流れが変わってきたようだ。不穏な空気というか、何か追求されているような不思議な感覚を覚える。フウガはよく分からないが、とにかくそのまま話すことにした。


「配信外です。助けてもらったお礼に、ご飯を奢ってもらいました。それから会ってないです」

:ヒナちゃんと食事いいなー

:も、もしかして二人は……

:俺のフウ君が取られる!

:フウ君、角生えたお馬さんに狙われそう

:姫とは本当にそれだけですか?

:ヒナちゃん助けてくれてありがとう

:あの時マジでホッとしたわ

:↑一人で姫って言ってる奴はガチだわ

:その人有名だからスルーしたほうがいいよ


 ヒナリーチャンネルの質問はこの後も続いた。それだけではなく、彼自身についての質問もいくつも飛んできたので、個人情報などに気をつけながら返答しているうちに、同接が六万に届いていた。


「え!? ど、同接六万! えええ」


 まさかただの雑談配信で、ここまで上がるとは思っていなかった。たった数日での劇的な変化に目を白黒させてしまう。


:同接すげー

:配信伸びてんじゃん!

:チャットの流れ早すぎ!

:まだまだ聞きたいことが

:ファンになりました

:だんだんカッコ良く見えてきた

:やべー!

:姫とは具体的にどのようなお話をされましたか?

:おめでとー!

:同接七万行ったりして

:次の配信は?

:フウ君まじめな感じでええな


 フウガは溢れるチャットの中で、一つの質問に目を止めた。


(次の配信……次は……もっと大きいものを狙っていかないとダメだよな。よし、久しぶりに挑戦してみようか)


 少しだけ深呼吸。その仕草でさえチャットで色々書かれたりするが、ほとんどは好意的だった。


「次の配信なんですが、最近港区にできたダンジョンありますよね。あそこの下層までいこうと思ってます」


 この時、少しの間だがコメントが途絶えた。


(あれ? もしかして何かまずかったかな)


 フウガは若干不安になったが、その心配はただの杞憂だった。視聴者たちは衝撃を受け、続いて嵐のようにコメントを打ちまくる。


:マジかー!

:うおおおおおお!

:あそこはアツい

:危険なとこ選ぶね

:いいぞ!

:超難関らしいじゃん!

:挑むだけですげえ

:熱い! マジ熱い!

:すげー楽しみ

:いつやんの?

:もし一人で制覇したら初じゃね?

:応援してます!

:やべえええ!

:配信まじ楽しみ

:今から全裸待機するぜ

:あそこソロクリアしたら伝説だわ!


 膨大なコメントの波に襲われ、いつの間にか同接数は八万に届いている。彼はホッとしつつも気合を入れ直した。


「ありがとうございます。期待に応えられるように頑張ります。ええと、挑戦は今度の土曜日にする予定です」


 心臓がバクバクになりつつも、フウガは質問に答えていく。その後もどんどん膨れ上がるチャット欄は応援の声一色になっていった。


 チャンネル主自身は気づいていなかったが、この配信後すぐに収益化も通っていた。切り抜き班が次々に拡散し、いよいよフウチャンネルは勢いを増していく。


 その日の雑談配信は、彼にとって初めて虚しさのない楽しい時間となり、実生活にすら影響を及ぼすきっかけともなった。

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