第12話 店長は魔剣の話を盛り続ける

 話は現在に戻る。


 春日は時折、魔剣を渡したあの日のことを思い出すことがあった。輝かしい過去のように感じながらも、少年の恐ろしさも同時に思い出してしまう。


 彼にとってフウガという少年は青春映画の主演であり、かつホラー映画の幽霊役でもあった。赤字続きの店はあれから緩やかに傾き続けている。


 しかし、いかに宣伝をしようとも売上は変化を見せない。もう諦めてしまおうかとヤケになり、現実逃避のためにカウンターの棚からゲーム機を取り出した。


 春日は一年前から、ディバインブレイドⅠをひたすらプレイしている。この作品を彼は最も愛しており、実は春日武具店の看板はⅠの主人公を描いたものであった。


 今ではもう九作目が発売され、外伝的ゲームまで作られている。その初代を仕事中にやりこみ続けていた。今日も客がこないなら遊ぼうかな、と準備をしていた時のことだ。


「ん? なんか事件でもあったのかな」


 または有名人でもいるのか。外の景色を見やると、そこで騒いでいたのは人間ではなく、カラスやネズミだった。


 空はあっという間に黒く染まり、普段は憎らしいカラスたちが怯えて遠ざかっていった。地上ではこれまた不愉快でしかないネズミ達が、我先にとどこかに走り去っている。


 動物の心など分かりようがないと彼は思っていたが、実際は違っていたらしい。逃げ去っていった連中からは確かに怯えがあった。それがまるで、少しずつ自分自身に伝染していくような気がした。


「まさか……まさかだよな」


 春日は嫌な予感に駆られた。あの少年がやってきた時も、こうしてカラスやネズミが逃げ回っていたはずだ。ふと気になって立ち上がり、ガラス製の引き戸をあけて外に出る。


 周囲を見回してみたが、あの少年はいない。何か怪しいものがあるわけでもない。


「なんだ。何もないじゃないか」


 もしかしたら大地震の前触れだったのかもしれない。鳥や小動物には地震を察知する力があるという話を思い出した。それはそれで厄介だなと思いながら彼は店に戻り、引き戸を閉めて振り返った。


「あ、店長さん」

「ひゃひいーーーー!?」


 突如として現れた少年、フウガを見て店主は腰を抜かした。ホラー映画で怪奇的存在が背後に現れたのと全く同じタイミングである。


「大丈夫ですか?」


 フウガは右手を差し出して店長が立ち上がるのを手伝った。内心では慌てていたが、彼はいつからか表情が固くなり、なかなか表に出なくなっている。


「あ、ああ。君、魔剣をあげた人だよね。珍しいねえ、こんな時に」


 なんとか気を取り直して、店長は普段の気さくさを装ってカウンターに戻る。だが内心では驚きで混乱しきっていた。


「あの、貰った魔剣についてなんですけど。ちょっと変なことを言われてるんです」

「変なこと? 何を言われたのかな」


 フウガは布に包まれた魔剣を店長に見せながら、


「これがただの模造剣だって言うんです。普通に何処にでも売ってるって。これ、本当に魔剣ですよね?」


 と真剣な顔で質問してきたのだった。


 春日はギクリとした。タダで譲ったとはいえ、あれだけ大見えをきったのだ。


 あれは嘘だったといえない事もないが、なぜか異常なほどのオーラを持つこの少年、騙されたと知ってキレるのではないか。


 そうなったら一体何が起こるのだろう。過去誰もなしえなかった剣を引き抜き、さらには像を木っ端微塵に破壊してしまった男である。ここは嘘を押し通すべきだと彼は考えた。


「ははは。やだなぁー、本物に決まってるじゃないか」

「でも、ある人から画像貰ったんですけど、これとまったく同じなんです」


 フウガはスマホを取り出して店主に見せた。そこにはチェーン店で発売されていた、全く同じ造形をした剣が並べられている。


「おやおや。これはどうやら、俺の魔剣に嫉妬して真似をしたようだね。でも、見た目は一緒だけど中身は全然違うよ。君も分かっているんじゃないかな?」

「ま、まあ確かに。この剣を使うと、確かに風属性だったり、闇属性だったり、いろんな剣に変わります。量産できるような物では決してないと思っています」

「ふむ。では解決だね」

「うーん。でも、なんかみんな信じてくれないんです。原価は五千円くらいだろうっていう人もいるんです」


 誰だ余計な真実を吹きこんでいるのは。


 確かにこの剣、実はかなりの安物である。冷や汗を流しながら、顔も知らない他人に怒りを覚える春日だったが、ここはなんとしても乗りきらねばならない。


 そもそも、風の刃とか闇のバフ効果とか、そういったスキルを覚えるなんてこと自体、あり得ないというのに。一体どうなっているのか。やはりこの少年は得体が知れない。


「その人達はね、君が魔剣を持っていることに嫉妬してるんだよ。そうやって疑って、君が剣を手放すのを待ってるのさ。そして売りに出された途端、まるで餌に飛びつく犬のように躍起になって買いに来るんだ」

「はあ……」

「大体、君の剣を疑っているのは、一切素性が分からないネット民だろう。信じちゃいけない。そうだ、確か魔剣の言い伝えがあったんだ」

「え!? 本当ですか! 教えてください」


 半信半疑という様子ではあったが、フウガは言い伝えを知りたがった。ここで春日が長年書き溜めた、ディバインブレイドの設定メモが役立つことになる。


 ディバインブレイドⅠは攻略本がなく、誰しもが攻略サイトや動画で情報を仕入れていた。春日は手にした情報をそれっぽいノートにまとめて、自分なりの資料を作るという道楽にハマっていた。


「このノートを見てくれ。実は竜の像を見つけた時、周囲の壁画にもいろいろと書かれていてね。分かりやすくメモをしておいたのさ」


 黒いノートを開くと、そこにはいくつかの文が書き込まれている。その中の一つに、フウガは目を止めた。


「その剣、時として全てを見定め、全てを切り裂く。全ては風と共に。その剣、触れ続けし者に人外の力を授ける」


 うんうん、と隣で首肯する店長。フウガは目を爛々とさせていた。


「凄い! まだこんな力があるなんて。やっぱり魔剣なんですね。……あれ? でもこれ、最後に聖剣メモとかって書いてますけど?」

「ぶっ!?」


 春日は焦りつつもノートを見た。どうやら作中に登場する聖剣のメモだったらしい。


「ああ、それはね。きっとあれだよあれ! あんまり興奮しすぎちゃって、間違えて書いちゃったんだ。そういう時ってあるじゃん? ははは」

「……なるほど」


 納得した様子を見て、春日は小さく胸を撫で下ろしていた。しかし、この言い伝えを教えたことで、もしかしたらまたこの男は新たな力を得るのだろうか。


「や、安物ならあっという間に壊れてるよ。現に君は今も使いこなしてる。それより、とても高性能な探索用ブーツを仕入れたんだ。今なら安くしておくよ」

「え! いいんですか。お願いします」


 ああ良かった、誤魔化せた。春日は内心でガッツポーズを決める。だが、これからも誤魔化せるとは限らない。何とかしなくてはいけないが、今はこれで良しとしようと彼は思った。


 それにしても謎だらけだ、と店長は考えずにはいられない。この男は一体どうなっていくのだろうか。


 ある意味、自身の店よりも興味が湧いてくる始末であった。

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