第2話 一人反省会

「はぁーい! みんな、さっきは配信止めちゃっててごめんね。ちょっと機材トラブルでさぁ」


 ダンジョンの地下二階。まるでアイドルのようなオーラを放っている男が、不釣り合いな薄暗い洞窟を進んでいた。


 彼の側には配信用のドローンが飛んでいる。


:キョウくんおかえりー

:はぁーい!

:はーい!

:素敵過ぎる

:待つの長かったよ

:もうキョウちゃんがいないと生きていけない体になってる

:お! もしかしてクリアしちゃったり?

:今日もしかして神回!?

:あああ! イケメン過ぎる


 茶髪の涼しげな顔をした男は、視聴者からくる嵐のようなコメントに微笑を浮かべた。


「いやー、ダンジョンクリアは流石にね? 俺だってまだビギナーだし。ソロ配信者だしさぁ」


 彼はダンジョン配信を始めて半年になる。熟練の探索者が多い中ではまだまだルーキーだ。そのため、もっぱら地下一階、二階といった安全な所で探索をしていた。


 ダンジョンには内部の作りが変わらない固定型ダンジョンと、一日ごとに地形が変わる変化型ダンジョンが存在する。


 今キョウジが潜っているのは変化型であり、同じ上層攻略でもそうそう飽きることはないのだが、彼はさらなる刺激を求めていた。


「じーつーはー。今日は五階まで降りてみるつもりだよ。中層くらいになるのかな? かなり冒険じゃん」


 視聴者達は彼のチャレンジに大騒ぎし、チャット欄がお祭り騒ぎになる。そんな中、ふと階段を上がってくる少年が目に止まった。黒髪の少年であり、細身でお世辞にも強そうには見えない。


 しかし、こういう男をいじるのがキョウジは得意でもあった。


「こんにちはー! 今日はどこまで潜ってたん?」

「え? あ、えっと……七階まで潜ってました」

「へ!? 七階?」

「あ、はい。多分ここのダンジョンだと、中層の終わりくらいだと思います」


 中層の終わり? キョウジは首をかしげる。


 ダンジョンは基本的には上層、中層、下層、深層という階層分けで表現されており、深層が最も深く魔物が強い場所だとされる。


 この階層分けは、ダンジョン濃度と呼ばれる数値でおおよそ基準が決められている。そういった濃度を測る機能が、現代の配信機材には内蔵されていることが多い。


「中層の終わりって、マジで? ちょっとちょっと、凄えーじゃん。っていうか俺と同じソロ?」

「ええ、まあ。ところで、あなたはもしかして」

「おっと失礼! そうなんだよ。俺、あのキョウジだからさ」

「あ、知ってます。俺は——」

「ああいいよ名乗らなくて。コラボとか宣伝は許可取ってからにしてよ」


 急に突き放された返事をされて、フウガは内心戸惑っていた。自分も名乗らなければ失礼かな、と考えていたのだが。


 続いてダンジョン探索のキャリアや登録者数などを質問され、とりあえず答え続けた。


「へええ! そうなんだー。二年も活動して登録者数二桁っていうのは……かなり大変そうだねえ。で、もう帰るの?」

「はい。今日は上がります」

「そうかそうか。お疲れさん! ……いろいろと」

「え?」

「いやなんでもない! せいぜい売れない配信頑張りなよ。じゃあなー」


 手を振って去っていくキョウジの後ろ姿を、フウガはなんとなく呆けた顔で眺めていた。


:うわああ……冴えねえ奴だったなぁ

:キョウちゃんやさしー!

:どんなに格下でも対等に接してくれるキョウジは優し過ぎ

:今回のことでますますキョウさんのファンになりました! 会ってみたいです!

:あのゴーグルってカッコつけてんのかな。マジキモ


 地下へと続く階段を降りながら、キョウジは隣に浮かぶ配信用ドローンに苦笑いしていた。登録者数はここ一週間で二万人増加し、大抵のアカウントのおすすめに表示されるまでになっている。


 彼は心の中で完全にフウガを見下していた。しかし同時に戸惑ってもいた。あの弱そうな風貌の男に、なぜか恐怖心を覚えたからだ。


 だがキョウジはそれを認めたくなかった。


 ◇


 人気配信者と別れた後、冴えない無名配信者は悲しい気持ちでいっぱいになっていた。


(なんか俺、会ってすぐ嫌われてなかった? なんでいつもこうなんだ)


 彼は見た目こそ淡々としているが、内心では繊細な一面を持っていた。とにかく人に嫌われたくない、という気持ちを中学一年生の頃から引きずっている。


 そのせいか、たまたま人と交流する機会に恵まれた時は、別れてからすぐに一人反省会が始まる。


 挨拶の仕方が良くなかった。返事が淡白過ぎた。気が使えてなかった。面白い話をすることができなかった。反省の材料は消えることなく、気がつけば無限ループにハマってしまう。


 もしかしたら自分は彼に無意識のうちに嫉妬していて、それが自然と顔や態度に出ていたのかもしれない。今回嫌われたかもしれない最も妥当な考えはこれだった。


 ただ、どんなに考えても答えを教えてくれる人などいない。いつも一人反省会は推測に始まって推測に終わる。結局何も得られるものがない。


 しかし、今日に限ってはグダグダと悩んでいる暇はなかった。突如として上の階から悲鳴が聞こえたのだ。


『上層にて魔物の大量出現を検知』

「分かった」


 AIに教えられる前から察知していた。彼の心の切り替えは速い。すぐに鞘から剣を抜くと、一気に上の階を目指して走り出していった。


 その全力疾走は他の誰もが追いつくことができないほど圧倒的な、風そのものになったような速さであった。


 声の主は恐らく、二階の階段を上がったすぐそこではないか。推測が正解だと分かったのは直後のことだ。


 二人の少女と、地下一階程度では現れるはずがない魔物達。思った以上に深刻な状況だが、少年の顔に焦りの色は見えなかった。

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