陰キャで無名なダンジョン配信者、とある令嬢を魔剣(?)で救ったら鬼のようにバズり続けて伝説になった
コータ
第1話 コミュ障配信者の憂鬱
暗い洞窟の中をたった一人、少年が歩いていた。
今年で十六歳になる高校一年生で、名前は
「あ、えー……今は地下五階にいます。中層の終わりくらいかな」
彼は九年前から突如として出現するようになったダンジョンの探索者であり、動画配信者でもある。
しかしそのライブ視聴数は散々なもので、一回につきギリギリ二桁台しかない。同接にいたっては、ひどい時は最初から最後まで無人ということもある。
つまりリアルタイムで視聴する人がいないまま、散歩しているような配信になりがちだ。彼は二年前から活動しているが、状況はほとんど変化がない。
「この辺りはアレですね。ガーゴイルとか出ると思います。あ! やっぱり来ました」
辿々しい口調で説明を続けるが、現在視聴しているのは一名しかいなかった。大抵の場合これが平常運転。
「遠くから攻撃してくるタイプですけど、まあ近づいて倒せます。こんな感じで」
薄暗らいダンジョンの天井付近にいたガーゴイルの群れめがけ、フウガは身を翻して跳躍。あっという間に目前まで迫り剣で切りつける。
ガーゴイルは五体ほどいたが、悲鳴を上げる間もなく切断され落下していった。
「終わりました。ではこのまま……あれ」
ふと、彼は同接がゼロであることに気づき、小さくため息を漏らした。
「またか。もう少しこう、ハラハラした感じにならないとダメかな」
フウガはゴーグルに表示された数字を眺めながら、とぼとぼと歩くしかなかった。ダンジョン配信が盛り上がりをみせ、撮影用の機材は今や多種多様となっている。
その中で彼が選んだものは、極めて薄いゴーグル型の配信機材だった。
黒いゴーグルに内蔵された最新技術により、魔物と戦いながら視聴者の状況を同時に確認することができる。視聴者側のほうは、探索者と同じ目線で鑑賞できるメリットがあった。
より迫力のある映像をお届けできるはずだったのだが……現実はうまくいかない。また彼がため息を漏らしそうになっていると、ゴーグルの一部が黄色く点滅した。
『前方五十メートルほど先に敵影発見。スケルトン四体がこちらに向かっています』
「そうか。あんまり配信映えしないな」
とある店で購入したこのゴーグルには、アイラという名前のAIが内蔵されている。ダンジョン探索のナビゲートから配信まで、全てを管理してくれる優秀な相棒だ。
二年前からずっとお世話になっていて、やり取りをしているとたまに当時を思い出すことがある。
思春期になぜか人から急に避けられるようになった彼は、ある時から家に篭りがちになってしまった。そんな中、ふと目にしたダンジョン配信に夢中になり、いつの間にか参加したいという気持ちが芽生えた。
そして湧き上がる衝動を抑えられず、中学二年生にして彼は行動に移した。まず初めに仲間を求めて、ギルドと呼ばれる場所へ向かった。
だがフウガはいつの間にか、俗にいうコミュ障と呼ばれる人そのものになっていた。ダンジョン探索活動においてもそれは変わらず、結果的には誰ともチームを組めなかった。
そして現在、本来なら数人で潜る危険地帯をたった一人で歩いている。現実はとかく厳しい。
厳しいといえば、彼の配信はフェイク動画であると疑われることも少なくなかった。コメントを見ると「あんな化け物をたった一人で倒せるはずがない」とか「中学生からやってるなんて嘘だ」という指摘をされることがある。
疑われるとフウガは慌てて否定した。
「さっきのはそんなに化け物じゃないんです。持ってる魔剣の効果があるので、意外と楽にいけるんです」
「本当です。十四歳からずっと潜ってます」
「あれ? 聞いてますか? あのー」
しかし相手は反論さえしない。興味なさげにライブから退出するばかりであった。配信者にとって一番辛いのは、何よりも反応がないことかもしれない。
「今日はもうちょい下の階をうろついたら帰ろうか……」
ぼんやりと考え事をしている間に、腕が何本も生えたスケルトンが武器を振り回して襲ってきたが、剣で薙ぎ払うように倒す。ほとんど考える必要もなく体が勝手に動いている。
(ライブのサムネイルを変えればいいのかな)
現実逃避するように、今まで何度も考えた改善策が頭を過ぎった。ブログで宣伝するとか、SNSで告知してみるとか、ありとあらゆる方法を試してみたが、視聴者が増加する気配はない。
そもそもダンジョン配信のみならず、この世は人で溢れかえっている。何かを始めれば、同じ道を進む集団の中に埋もれてしまう。
だが、どういうわけかすぐに人気が出る者もいたりする。
「あ……キョウチャンネル! 俺と同じところ潜ってる」
若手ダンジョン配信者の中で、とりわけ勢いがあるのがキョウチャンネルだった。鍛治屋敷キョウジという高校二年生のチャンネルだ。
彼もまたソロ探索者だが、ライブでの同接者数は一万を下ることがない。登録者は百万人越えであり、近くで配信していると告知が飛んでくる。
タイトル名にダンジョンの名前が書かれており、現在フウガと同じところを探索しているようだ。
キョウジとフウガは比較にならないほど配信者として差があった。フウガチャンネルの登録者数は現在十二名。これが少し増えたり減ったりしただけで、チャンネル主は一喜一憂する毎日を過ごしている。
「やっぱ、イケメンが有利ってことか」
キョウジはライブ映像を見る限り、どうみてもイケメンである。清潔感のある茶髪と整った顔、高身長という非の打ち所がないアイドルのような男で、自分とは全然違うとフウガは考えてしまう。
ただ、やけに上の階層でばかり配信をしていることが気になっていた。もしかしたら調子が悪いのだろうか、などと思案を巡らせているうちに、またやる気がなくなってくる。
「今日はそろそろ帰ろうかな」
気分が乗らなくなったフウガは、もう配信をやめて帰ることにした。
彼が持つ魔剣と呼ばれるそれは、今しがたオーガを真っ二つに切り裂いたが、刃こぼれひとつしていない。
この日の配信はただあっさりと終わるはずであった。
しかし、確実に彼を含めた多くの人々の歯車を狂わせる事件は、すでに目前まで迫っていたのだ。
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