午後八時十五分

 バンテリンドームのスタンドで。久々に会う同級生と昔のようにお弁当を食べながら野球観戦というのも、私にとっては贅沢な時間だ。

 いつか、夜景が見えるレストランでフレンチとワイン、だなんてこともやってみたいけれど。

「ここに来るとだいたいこういう展開になるよなぁ」

 七回表終了時点で1対2。本当ならもっと点数が入っているはずなんだけど、贔屓の地元球団への文句はさっきの回でチャンスをつぶしたときに散々言ったからここでは堪えることにして。

 「ここ」という表現に私は引っかかった。

「仁詩は東京でも野球見に行ってるの?」

「東京ドームと神宮と……あとハマスタにも行った」

「ふぅん。裏切者」

「いやいやいや!」

 初めてここに来た時、野球は少し見るくらいだと仁詩は言っていた。あの時から今までずっと、彼が私の趣味につきあってくれているだけってことはわかっている。

「別にドラゴンズの応援をしてくれとは言わないけど……ジャイアンツファンになるのだけはやめてね」

「…………」

「どうして黙るの?」

 飲んでいたウーロン茶のコップを置き、私は直に彼の瞳を見つめた。

「やっぱり東京は巨人ファン多いじゃん。友達との付き合いで見に行く機会も多かったんだよ」

「それを言い出したら、私とここに何回来たんだって話だけど」

「ほらあれだよ。京都では忍と名乗ったけど、神戸では渚って名乗ったっていう」

 ずいぶん昔の歌の歌詞だ。なるほど、それが渡り鳥の処世術とでも言いたいのか。

「それじゃ、もし大阪で就職したらタイガースファンになるの」

「あそこ阪神ファン以外人権ないでしょ」

 余計な波風を立てずに生きていかないといけない社会人としてはそれが正しいのかもしれない。真夏の酷暑だというのにジャケットを着せられるこんな世の中だ。

「それなら私は……やっぱり名古屋でしか生きていけないね」

 東京に波風を立てに行くような勇気は私にはない。

 私はこれからも青い鳥のまま。黒い渡り鳥の女房にはなれそうにもない。

「はいはい。今は名古屋にいるんだからドラゴンズの応援してくれる?」

「了解。なんか今日はもう点入る気しないけどな」

 彼を名古屋に縛り付けるような傲慢さは私にはない。

 私のことだけを見てって。そんな我儘を言えたらどれだけ気が楽だろう。

「いつ見ても、七華は中日のユニ似合ってるよな。かわいいし」

「そりゃどうも……ありがとう」

 目の前の男くらい自分の気持ちに単純になれたのなら――。

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