眠れぬ中京

九紫かえで

午後五時三十分




 あなたの気持ちなんて私にわかりっこない。




 真昼の酷暑もこの時間になると少しは和らいでくれたようであった。

 天気予報によると名古屋――というより全国的に三十五度超えの猛暑が当分続くのだという。

 木曜日の夕方といっても今はもう夏休みのはずだ。部活帰りと思われる生徒達が私の横を通り過ぎていき、各々の方向へと歩いていく。

「なんだかな……」

 誰へというわけでもなく、私は独りつぶやいた。

 背後にある学び舎にいた頃の私はあんな顔をしていたのかな。今ある日々がそのまま続く未来を信じていた、あの頃の私は。

 それならせめて、今夜くらいは……。

「お待たせ」

 過去の記憶と寸分違わない声がして、私の思考は現実まで戻ってきた。

仁詩ひとし……?」

「いかにも、仁詩君だよ」

 黒いリクルートスーツに黒いズボン。黒い靴下、黒い靴。

 サラリーマンってどうしてこんなに無味乾燥な色合いなのだろう。

「暑くないの……?」

「暑いよ! 就活生だけクールビズもなしで真夏にスーツとかおかしくない!?」

「うん。すごく目立ってる」

 せめて上着くらい脱いだらいいのに。

「上着を脱いでもいいですか?」

「いいに決まってるでしょ。私は面接官じゃない」

「私服で構いませんとジャケット脱いでくださいはトラップだから」

 軽口を叩きつつ仁詩はジャケットを脱ぎ、長袖のシャツも袖までめくりあげた。

「それは都市伝説……でも、そうだね。もっと涼しい場所で待ち合わせたらよかったかも」

「あぁ」

 高校時代。同級生の仁詩と待ち合わせをするときはいつも学校の門の前だった。卒業から二年以上経ち、私達の知る後輩達ももういないというのに、未だにその習慣が続いている。

 暑い日も。寒い日も。雨の日も。

「そうはいうけどなぁ……七華ななかと待ち合わせるときはいつもここだったからなぁ」

 待ち合わせ場所を変えたら、私達の関係性も変わってしまうような。そんな気がした。

 就活の都市伝説以上に根拠のない、ただのオカルトだろうけど。

「そろそろ始まるし行こうよ。暑いし」

 仁詩に向けて手を差し出しかけて、すぐに引っ込めた。どうせ暑いから、と自分に言い訳をする。

 私達がこの場所以外で待ち合わせをする日が、いつか来るのだろうか。

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