シュトルには、そのとき固定で組んでいたチームがあった。男3人、シュトルを入れて女が3人。背伸びしてやっと大人と並べる程度の頼りない少女がやっとつかんだ場所だった。


「シュトル、お前は雑草みたいだよなぁ。悪い意味じゃないぜ? 雑草みたいにたくましいってことだ!」

「それなら、よかった」


 機嫌よく笑うお調子者の男の言葉に、シュトルもははっと声を出して笑って返した。無神経なところはあったが、人と異なった見た目のシュトルに遠慮をしないという意味で、彼は随分とましだった。彼は、自然界では雑草が弱者であることに無知であった。


「おい、この先の道が安全か確かめてこい」

「はい」


 リーダー格の男は、シュトルの名前を一度も呼ばなかった。きちんと目が合ったのも一度きり。初対面で歪められた顔を覚えている。でも、見た目が気にくわないにしても、能力は正当に評価する人間だった。当時潜っていた地殻洞は植物が覆い尽くす空間で、寄生植物たちを通して植物への対応ができるシュトルに活躍の場は多かった。顔は、フードで隠せばいい。


「さっさとやってきなさいねぇ。待たせないでよ。先にお宝素材を見つけてもまっすぐ帰ってくるの。……掠め取ろうとしたら、許さねぇから」

「わかりました」


 シュトルにだけ偉そうな態度を取る女もいた。なぜか小汚ない盗人という認識で、シュトルが自分の物に近づくのを許さず、一人で行動するときは必ず脅しをかけてきた。でも、人間としては扱ってきた。


「……」


 無口な男もいた。彼は、シュトルをチームの一員とは考えていないようだった。彼がチームの全員分の何かを用意するとき、いつも一人分足りなかった。目が合わないのではなく、存在しないものとしているようだった。ただ、悪意は感じたことはないし、手を上げられそうになったこともない。


「シュトル、いってらっしゃい。気をつけてね」

「うん、いってきます」


 当時、シュトルが誰よりも盲目的に慕って、信頼して、尊敬していた女がいた。いつもやさしく笑いかけてくれて、わざわざフードの下を覗き込んで目を合わせて、たまにシュトルの仕事ぶりを褒めてくれた。だから、たとえ少ない分け前しかもらえなくても、それでもずっとここにいたいとシュトルは願っていた。今となっては、思い出すのもおぞましいと思う記憶に成り果てていた。

 あの日。手強い殻獣から逃走することとなり、チームは二手に分かれていた。そのとき、シュトルが一緒にいたのは、負傷した無口な男と大好きだった女だ。逃げるために、伸びきった草で覆われた細く不安定な道を進んでいた。一歩足を踏み外せば、底が見えない闇へ真っ逆さまに落ちていく。先頭にシュトル、その後ろに女と男が続いていた。誰もがひどく疲れていて、いつ襲われるか、落ちるかわからない緊張が神経を尖らせていた。


「あっ!」


 シュトルのすぐ後ろにいた女が声を上げた。草で足を滑らせて、身体がぐらりと何もない空間へと落ちていくのが横目でシュトルにもわかった。うしろの無口な男も負傷していて動きが鈍い。咄嗟にシュトルが手を伸ばした。


「いやああぁぁぁっ! さわらないでっ!」


 つかめたと安堵した瞬間に、強い力で振り払われた。女が悲鳴を上げて、シュトルの手から咄嗟に逃げようとしたということに頭が追いつかず、無防備にただその嫌悪に満ちた響きが耳の中でこだましていた。

 シュトルの手を振り払った力で、女は無事に道に戻れたようだった。逆にシュトルが落ちていく。浮遊感が全身を軽くする中で、そういえば女は一度も自分に触れたことがないと思い出した。

 落ちていくシュトルを救ったのは、左腕から伸びた蔦だった。咄嗟に岩肌のとっかかりに蔦を絡ませて、シュトルが底へ落ちるのを防いだ。ぷらぷらぶら下がった状態となる、左腕に体重がかかって肌が引きちぎられそうに痛かったはずだが、シュトルはそれをあまり覚えていない。


「ぎゃああっ! 落ちろおちろ落ちろおちろおちろぉっ!」


 半狂乱になった女が、何度も地面に足を振り下ろして、叫んでいた。蔦が絡んでいたのは、道から落ちたところにある出っ張りだったので、その足が届くことはない。フードが外れて広くなった視界で、シュトルは彼女の顔をぼうっと見上げた。目が合った瞬間にまた悲鳴が上がった。

 その女を止めたのは、無口な男だった。後ろから腕一本で女の身体を抱いて、暴れる身体を拘束した。そして、ちらりとシュトルを見下ろした。男の腰には剣がある。やろうと思えば、シュトルの蔦を切り、落とすことだってできるだろう。

 だが、男はそうはしなかった。女を腕に抱え、シュトルを無視して、何事もなかったように道を進んでいくのをシュトルは見送った。

 女を抱えるのでいっぱいいっぱいだったのか、剣を抜くほどの元気がなかったのか、触れたくないだけだったのかはわからない。ただ、無口な男がその場で自分を殺さなかったことだけは、シュトルは感謝していた。

 どうにか宙ぶらりんの状態から上っていって、ふらふらになりながらシュトルは一人で地上に戻った。幸運なことに、ばらばらになったチームは全員無事に帰還できたようだった。ただ、シュトルはチームから出ていくようにと告げられた。


「突然、あの子が蔦を伸ばして襲ってきたのっ! だから、私、思わず手で振り払って……っ!」


 あれは悪夢だと思っていたかったのに、先にそう言われてしまえばどうしようもない。あれは現実だったのだと、シュトルは打ちのめされた。


「仲間だと思っていたのは……いつも私だけだったね。いつ見ても、濁った目で不気味に見返してくるだけで」


 一緒にいると笑顔になれるとシュトルは思っていた。笑っているつもりだった。それが不快だとは知らなかった。


「それでも、信じたいと、好きになりたいと思って、頑張っていたのに……っ」


 女は泣いていた。シュトルは、被っているフードを深く被って、嗚咽が漏れないように歯を食いしばっていた。好きだった。とてもとても好きだった。きっとあなたも好きだと信じていた。

 シュトルはチームから出ていった。

 しかし、誰にでも愛想よく、やさしく、好かれる女を手酷く裏切ったという噂が後をついて回った。ほかの探索者たちからは邪険に扱われ、チームが組めない。今まで普通に通っていた店から、あの人と一緒だったから相手していたと門前払いされる。以前よりも奇異な存在として視線が刺さることとなった。

 望むことが間違いだったのか。そのとき、シュトルは一瞬だけそう思った。


 ほとんど水のような薄い味のスープが嫌いだった。

 空になったスープ鍋に水を入れて煮たたせた、残りかすをさらに薄めた味のスープしか与えられなかった。まともなものが食べたくて、スープ皿を蹴飛ばして、シュトルは薄暗い場所から飛び出した。何も持っていない少女が、誰に奪われるでもなく金を稼ぐ方法が探索者だった。まともに生きられると勘違いしていたとシュトルは気づいた。


「でも、もう戻らない」


 それから、シュトルは町を転々としつつも一人で探索者を続けた。一人でも生きていけるのだと言いたかった。着実に探索者としてのランクを上げて、誰にも頼らずに、いつかこの顔でもう一度笑ってみせるつもりだった。悲鳴を聞いたら、声を上げて笑ってやろう。あなたのほうがずっとひどい顔をしている。


 物思いに沈んでいた頭をシュトルは横に振った。探索中にするべきではない行為だったと反省する。ただ、目の前のアレクという男は、自分以上に人並み外れているので気楽で良かった。


「ここからぁ、また下の階層に行くぞぉ」


 ちょうどアレクが立ち止まって、さらに下の階層へ降りる穴を指差した。穴というよりも、なだらかな下り坂で降りていけるそれは、底へと誘おうと開いた大口のようにも見えた。

 ふらついていた意識を引き締め直したシュトルは、一歩踏みだした。いつもであればするはずだった、周囲の状況確認もせずに。


「わっ」


 自分の足が踏むだろうと思っていた位置に地面の感触が帰ってこなかった。こうあるはずだと思っていた予想が外れて、余分な力が入った足がかくんと崩れる。下層への穴にさしかかる途中で、足元が硬い岩から急に柔らかく沈む砂利へと変化していたためだった。

 バランスを取るために自然ともう一歩前へと足を出すが、そこも砂利でうまく崩れた姿勢を立て直すことができず、シュトルは大きく腕を広げるようにして何とか傾いた自分の身体を調節した。


「……あ」


 真っ直ぐ立つためにひらりと宙をさまよったシュトルの手を支えるように、横から一回り大きな手がやってきて、下からすくいあげるように触れようと指先が広げられた。しかし、その前にシュトルは持ち直し、あと少しというところでアレクのほうもぴたりと動きを止めた。そして、すぐさまパッと大きな手は逃げるように引っ込められる。


「あぶない、まちがえた」


 ぽつりとそんな言葉を落として、アレクはシュトルの顔を見ずにざくざくと浮き沈む砂利を踏んで先に行ってしまう。酒瓶の蓋が開く音が、砂利の音に混じって響いた。

 シュトルは持ち上げていた両腕を下ろして、また左腕だけ持ち上げた。その手には、新品の手袋がはめられており、その下に寄生植物が根っこが脈打っている。先ほど過去の夢想に浸っていたせいか、あのとき振り払われた衝撃が今の自分の手をしびれさせているようにシュトルは感じた。

 顔を上げると、カンテラの光が小さくなっていて、大分先に行かれてしまったことがシュトルの目で確認できた。ぎゅっとシュトルが手を強く握ると、張り巡らされた蔦の感触を感じることができ、ほっと安心してカンテラの光を追いかけるために滑るように砂利の道を下っていった。

 誰にも手をつかまれなくても、一人で生きていける。もう誰にも触れられたくなんてないのに、触れられなかったことを気にするなんてことはあり得ない。そうやって心に言い聞かせた回数の分だけ、強くなったとシュトルはまた言い聞かせた。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ●


 2人分の砂利の音が響く第3階層には、そこら中に殻獣がいた。ただし、それらは小さい体躯で積もった砂利の中を潜り、すり抜け、泳いで身を隠すものが多い。現在も目の端で、濁った粘液のような殻獣がずるんと砂利の奥へ消えたり、綿ぼこりのような頭の殻獣が息継ぎをするように砂利から頭を定期的に出しながら移動している。対峙するにおいて真正面から戦って大きな脅威となるものはそういないが、まず見つけるのが難しいというのが、シュトルの事前調査で得ている情報だった。ここのどこかに目標の一つであるオドリグサがいるとされている。


「一緒にいると目標が見つかりにくいから、ちょっと別行動したいんだけど」


 3階層について早々にシュトルはそう言った。オドリグサは人間の気配に反応して、すぐに逃げ出してしまう。人として認定されないシュトル一人なら逃げられることもないが、アレクと一緒に行動していれば逃げられてしまう。

 あくまでも今回はギルドの指名依頼のために来ているので、狂気中の相手に意味が伝わらなければ諦めようとシュトルは思っていたが、動転して盛大にむせたところを見ると伝わったようだった。


「あ、ああぁ、危なくないかぁ?」

「3階層はほとんど小型殻獣しかいないんでしょ。それなら私でも対応できる」

「大きいのがいないわけじゃあないぞぉ。小型もあぶないしぃ」

「小型殻獣の毒なら私には利かないし、大型を見かけたたすぐに逃げる。お互いの明かりが見えない距離以上には離れないから。それじゃ、そういうことで」

「あ、うんんぇ? ま、まって、まだ兄ちゃんはぁ……」


 自分の言いたいことだけ一気に並べて、返事を待たずにシュトルは自分の探索のためにアレクから離れた。狂気のせいか震えている声が追いかけてくるが、追いかけてくることはしなかった。

 シュトルは一人、足元を照らしてじいっと目を凝らしてオドリグサを探すが、これがなかなか難しい仕事となった。砂利に生える草など目立つと思っていたが、なかなか見つからない。また、自分の足が蹴り上げて跳ねた砂利が跳ねていたのか、隠れている小型殻獣が動いたかの区別がつきにくく、気が散った。そして、沈む砂利道は歩きづらい。

 乾燥してきた目を一度休ませようとしたところで、がしゃっと足下で砂利が蠢く音がした。ちらりとそちらを見ると、刃物のように鼻先を地面からつきだした毛むくじゃら殻獣が6つある手足を使って地面から這い出してきた。その鼻で刺される前にブーツでその細い毒針をシュトルは折っておいた。普通なら刺された痛みもなく気がつけば毒でやられるという毒針であったが、シュトルには意味がないので、その動作は八つ当たりに近かった。

 ぴっと甲高い声を上げた毒針を折られた殻獣は、六足でざかざかと砂利を掻き分けて潜っていこうとする。そのときに、砂利の中につるりとした白い植物の根のようなものを見つけて、シュトルは思わず飛びついた。


「い、たっ……!」


 左腕から伸びた蔦はすばやくオドリグサを砂利の中から引っこ抜き、シュトルも暴れるオドリグサの頭髪とも言える反りかえる草の部分を強く手で握った。オドリグサの草部分は力を込めてもつぶれないほどには固い。手足のように動く根っこの部分をばたばたと動かして、オドリグサは自分を捕らえているものから逃れようとする。じわっと根っこの部分から刺激臭のする液体が漏れてきた。

 ぽたぽたと手のひらこぼれるそれを気にとめることなく、ぎゅっとシュトルは草の部分を握り直した。それに一際オドリグサが暴れるが、無視してぶんぶんと宙に輪を描くように腕を回した。つかまれているオドリグサも当然振り回されることになる。


「これで、いいかな……」


 ゆっくりとシュトルが手を広げると、草の部分はしおしおと乱れて縮んでおり、暴れていた根っこの部分は反抗の意思をなくしてぐったりとしていた。暴れるオドリグサは、頭髪のようにも見える草部分を乱してやると途端におとなしくなる。せっかくきれいに整えた髪を乱されてショックを受けているという一説もあるが、殻獣におしゃれ心があるかどうかはシュトルの知るところではない。


「ちゃんと、一人でできるんだ……」


 ちらりとアレクがいるであろう方向をシュトルが振り返ると、小さなカンテラの光が見えた。それがゆらゆらと揺れて、少しずつ大きく、近づいてくる。オドリグサを捕まえたというのが、あっちにもわかったらしい。

 アレクが来る前にオドリグサを保管してしまおうと、ギルドから借り受けた生け捕り用の瓶を取り出そうと手を伸ばしたところで、シュトルの身体に根を張っている寄生植物たちが一斉にぎゅっと縮こまった。ひきつれた肌の痛みに顔を歪めながら、はっとしたシュトルが周囲に注意を向ける。

 ざらざらざら、砂利の音がする。跳ねるではなく、流れるような音だ。だんだん大きくなっていく。足下を見ると、砂利全体が動いているかのような、砂利が意思を持ったように渦巻いていく。その渦の中心に、シュトルがいた。

 その場から離れようと駆け出すが、その足下にある砂利自体が流れているため、なかなか渦から抜け出すことができない。焦りと緊張で息が乱れて、シュトルは自分の大きな息遣いにも苛立った。

 ふわりと、身体が持ち上がったような気がした。

 盛り上がった砂利は、次の瞬間にはそれを反動として大きく砂利を底へと引きずり込んだ。渦を中心にして、整備された道の脇にある排水溝のように砂利が吸い込まれていく。振り返ったシュトルが目にしたのは、渦の底で歯のない大口を広げている大型殻獣だった。砂利をがらがらと飲み込んでは、真っ赤な喉をきゅっと締め付けて押し潰している。

 逃れようとするが、シュトルは完全に渦の中に入ってしまった。斜面となっているため、踏ん張ろうがずるずると引きずられる。手を伸ばしても、つかめるのは流れる砂利だけだった。蔦も必死に引っ掛かろうと動くがつかまれるところはなく、天井は遠い。


「何とか、何とかしないと……私がっ」


 誰が助けてくれるわけでもない。なら、私は私を助けなければいけない。

 それは最後の悪あがきだった。届くはずのない向こうへと届くように、身を投げ出すようにして必死に飛んで、手を伸ばした。


「こっちにっ、手ぉを伸ばせっ!」


 決してその声を聞いたからではない。だから、誰にもつかまれるはずのなかった手がつかまれて、シュトルは驚いた。グローブ越しにも熱く、痛くなるほど強く握りこまれて、思わず顔が歪む。一瞬力が緩んだが、手が離されることはなかった。


「そのままぁ、動くなよぉっ」


 その言葉に、本能的にシュトルは砂利の斜面に顔をくっつけた。砂利の渦に巻き込まれる際のぎりぎりに膝をついていたアレクは右腕はしっかりとシュトルの手をつかんだまま、左腕で背負っていた大斧をつかみ、ぶんと一度頭上で大きく振り回してから勢いよく砂利の渦の中心へと投げつけた。

 大口を開けて獲物を待っていた大型殻獣は、自分の喉の奥に突然突き刺さった斧に、ごぉおおっと突風のような悲鳴を上げた。それと同時に砂利を吸い込む渦が止まり、その間にアレクは右腕でつかんだ手をそのままに一歩二歩と渦から下がって、砂利に落ちかけているシュトルを引き上げる。

 刺さった大斧を吐き出そうと、大型殻獣は何度も砂利に頭をぶつける。シュトルのぶらさがった足のすぐ下にまでその衝撃は来た。

 無事にシュトルが釣られた魚のように引き上げられた頃、殻獣によって底へ吸い込まれていた砂利の渦がぼっと噴水のように吹き上がり、そして何事もなかったかのように元に戻った。大型殻獣は食事を諦めたらしい。

 砂利の上でへたりこんでいたシュトルは、わずかに渦の跡が残る砂利を見て、呆然としていた。その彼女の前に二本の足が立ち、見上げる前にその人が目線を合わせるためにしゃがみこんだ。アレクの顔を一目見れば、誰でも怒っているとわかった。眉がつり上がり、目は鋭く細められ、口角は下がっていて、米神がひくりとその荒れ狂っている感情を表すように震えていた。


「だからぁ、危ないって言っただろうっ!」


 怒鳴り声はわんわんと空間に響いた。反響して、まるで獣の唸り声のようになって返ってくる。シュトルは自分の視界がぶれるのを感じた。


「返事をしろっ! 怪我をする、危ないことだけはぁ、駄目だと何度、もぅ……」

「……だって」


 アレクの声の勢いが弱まったところで、シュトルは言い訳をしようとした。しかし、続くはずの言葉は震える唇が開かないせいでうまく出てこない。砂利が入ったのか、目の前のアレクの顔すら見えないほど目が霞んでいる。砂利を落とそうとして顔をぬぐうと、濡れた感触があった。


「だって、しらないよっ!」


 シュトルは不明瞭な視界の中で布を探り当てて、それを自分のほうへぐいぐい引っ張り寄せて顔を拭いた。なかなか砂利が落ちず、思わずうめき声が漏れて、布が手放せない。


「ちゃんと見てなくて、ごめんなぁ」


 アレクは自分の服の裾を無理やり引っ張って顔を隠している、泣いている少女に対してそれだけ言ってじっとしていた。その背中の震えが止まるまでには、まだ少し時間が必要だった。


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