第17話 お前が世界だ
鴉の群れが降る。
黒煙によって編まれた黒い鳥は、堕ちるようにして街の至る場所に降り注ぐ。瓦屋根に、電柱に、アスファルトに、ガラス窓に……降り注いだ鴉は、黒い煙を上げて消えていくが、代わりに紅蓮の炎を残していく。
そうして燃え上がった炎が生み出すのは新たな黒煙。上空で鴉に姿を変えては、再び地上へと降り注ぐ。
「一緒に帰ろう」
「そこは、お前が居ていい場所じゃない」
その言葉に、一瞬だけハッとした表情を見せる少女。だが、逆巻く炎はますます勢いづき、壁は厚くなる。
拒絶されている。
「来るな」
炎の壁から生み出された槍が、投擲される。その正体は灼熱を包む鉄柱。けれども、
「来るな!」
荒れ狂う炎が、無数の腕となって
目の前にいる少女は、泣いていた。
「来ないでって言ってるの!」
なんだ、そこにいるじゃないか。
そこにいる。
だから、手を伸ばせば届く。
だが、それでも届かないのは
掴めるわけがない。帰れるわけがない。もう戻れない場所まで来てしまった。たくさんの人に迷惑をかけた。人々の暮らしを破壊した。こんな大罪人が、握っていい手などない。帰っていい場所などもう――
「――あ」
その時、
迫り来る刃。迫り来る
「やった……」
これでようやく、血の鎖から解放される。千年の呪いから解放される。もう苦しまずにすむ。悪は倒されて、正義が勝つ。そんなハッピーエンドが訪れる。世界はあるべき姿を取り戻して、回り始める。
みんなが幸せな世界だ。
「――馬鹿が。そこにお前もいるんだよ」
まだ終わりじゃない。距離を詰めた
舞い散る血潮。
それを
「つかまえた」
*****
黒煙に覆われる空。
そのわずかな切れ間から月影が差し込む。
「なに……やってるんですか? 放してください!」
もがいては、必死に抜け出そうとする
「離して! じゃなきゃ……殺しますよ!」
「ああ。やれるもんならやってみろ」
「――ッ!」
「倒すって言ってたもんな、お前」
背中に走る痛みに堪えながらも、穏やかに笑う
だが、その負のエネルギーを別にしても、
――でも、いまはまだ。
「そんなんで俺を倒す気なのか? ――毛玉ちゃん」
降り注がれる言葉に、
その時、月は再び黒煙によって隠された。
「何もかも嘘だったんです!
だから、血の命に従った。
「私は世界の敵! 私がいたらみんなを傷つける! みんなを不幸にする! いるだけで悪なんです! いるだけで、
「で?」
「……で、って! ちゃんと、聞いてたんですか?」
「滅ぼせばいいだろ?
「でも……でも……、血が殺せって叫ぶんです!」
「たとえ、血に操られていたとしても、お前はお前なんだ。一族の血がお前なんじゃない。お前に一族の血が流れてるんだ」
五大名家に生まれた者――いいや、〈
「そんなの、つまんないだろ?」
血の一部じゃない。
血が一部なんだ。
「一部なんかになるな!」
「先輩……。でも――!」
「そりゃあ、血は色んなことを命じて来る。いまだってそうだ! 俺の血は暁鴉を殺せと叫んで来る。
一部のくせにでしゃばるな。
「でも、どこまでいっても、私は
「だからこそ、術師にはもう一つ名前があるんだろ?
もう一つの名前。
誰もが持っている、自分が自分に名付けた名前。ペンネーム、ニックネーム……でも、それは偽名なんかじゃない。与えられた世界、与えられた未来、与えられた運命に立ち向かうための、自分のためのおまじないだ。
もう気付いてるだろ?
全部ひっくるめて自分だ。
「
世界の一部なんかじゃない。
お前が世界なんだ。
俺が世界だ。
「だからもう、お前は俺の一部なんだよ、
そして、言葉を紡ぐ。
「――俺と結婚してくれ」
*****
戯言だな。
ふと、
「
「消せるさ。たかが千年ぽっちだろ? 俺はこの先、一万年、一億年、一兆年分のまだ見ない子孫たちを代表して言ってるんだ」
そう言って、
「千年前に俺の一族が犯した蛮行を、ここに謝罪する。許してくれと言って、許されることとは到底思わないし、忘れてくれ、水に流してくれと言うつもりもない。過去は過去だと切り捨てるつもりもない。赦しを乞うつもりもないし、恨み続けてくれて構わない」
「……」
「けど、もういいだろ? そいつを虐めるな、可哀想だろ? 俺は千年分の憎悪も、千年後の幸福も、全部ひっくるめて受け止める。打倒宣言も、流した涙も、笑った顔も、怒った顔も、宿題忘れてヤベってなった時の顔も、カラオケでサビ歌ってるときに
だから。
「
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