第14話 二人ぼっちの牢獄

 相村さがむら明心あけみの勾留が決まった。




 灰色の壁と、灰色の天井。堅いベッドに座りながら、明心あけみは静寂のなかでただただ呆然としていた。眠ることはできない。目を閉じるだけで、まぶたの裏側に焼き付いた地獄の惨状が蘇る。



「……ああ、夜掴やつかさんの言う通りだ」


 

 どうしてこうなったのかと過去を振り返る。ここ二カ月の間だけで、たくさんのことがあった。帝都の生活は、田舎とは違って本当に慌ただしくて、ついて行くのが精いっぱい。思い出を整理しているうちに、最初の記憶に辿り着く。



「言われた通り、さっさと帰れば良かった」



 明心あけみは膝を抱えて、身を小さくする。


 結果として、球場一つ分の広さを、全焼または半焼させたとの被害報告がなされることとなった事件。事件の発端としては、〈新生・暁鴉あけがらす〉を自称するグループが起こしたテロであり、犯行に関わった十五名のうち七名が拘束された。その最中、事件に遭遇した訓練生である相村さがむら明心あけみが、不幸にも〈幻身うつしみ〉を暴走させてしまい大惨事になった。


 渦中にいた夜掴やつか帆澄ほすみは、明心あけみ暁鴉あけがらす一族の末裔であることを伏せたが、噂が広まるのは時間の問題だった。明心あけみの〈幻身うつしみ〉を目撃していたのは、久珂ひさか乃渚のな壱條いちじょう侑生ゆうだけではない。テロ事件を鎮圧しようとして作戦に加わった多くの治安維持隊員たちが目にすることになった。


 ――あらゆる物を燃滅しょうめつさせ、世界を黒く染め上げる能力――。暁鴉あけがらす一族は世界を滅ぼしかねない強大な〈幻身うつしみ〉を代々宿すことになっている。確かに、殺し屋であるスカーレットも火の使い手だが、その破壊力は比較にもならない。炎さえも焼き尽くす地獄の業火。その色は、赤よりもあかく、それでいて闇よりも黒い。


 それゆえに、人々からは恐れられ、実際に千年前には都が滅ぼされている。そして千年前の場合は、月雲つくも家の能力――朧月の如く、世界を霞ませる能力――を以って、乱は鎮圧され、都には平穏が訪れた。


 だが、明心あけみが、自らの血によって見せられたは真逆のものだった。血に刻まれた記憶は、月雲つくも家によって一族が虐殺されていく忌まわしいものだ。久珂ひさか壱條いちじょう鏡極きょうごく漆種さいぐさと朝廷内でしのぎを削るなかにおいても、暁鴉あけがらすは共通敵として始末されたのである。


 月雲つくも一族は敵。

 だから、会いたいと思ったのは――



「憧れなんかじゃなかった……」



 月雲つくも絢志あやしの顔を思い出すだけで、心音が早くなる。はじめ、明心あけみにはその感情の正体が分からなかった。だが、いまならはっきりと分かる。憧憬ではない。ましてや恋心でもない。


 会いたいと願う心。

 その正体は――



「――殺意だ」



 口にすれば、ドクンと心臓が脈打った。身体の奥から、自分ではないものが、赤黒い血とともに込み上げてくる。駄目だ! こんなこと考えちゃだめだ! そうやって必死に抑えようとしたが、溢れ出せば止まらなかった。揺らめく明心あけみの影。泥のように溶け、鴉羽からすばを纏う少女へと姿を変える。容姿は明心あけみと瓜二つだが、双眸には憎悪と怨嗟を宿す。



「嫌だ! 違う! こんなの私じゃない! 消えて!」


「ならば、貴様は誰だ?」


「……ッ!」


月雲つくも家を滅ぼしたいとの願いは、血に刻まれし一族の恨み。月雲つくも絢志あやしに会いたいと願う気持ちも、本能レベルに刻まれた一族の呪い」



 では、貴様が自分の意志でしたことは何だ? 影からの問いかけに、明心あけみは言葉が出なくなってしまう。裏山にあった祠は、代々守ってきた祠だった。遊び場に選んだのは、親から「ご先祖様が守ってくれる」と教えてくれたから。言われなければ、行こうとも思わなかったかもしれない。


 月雲つくも絢志あやしと出会ったのも、偶然なんかではない。全ては必然だった。森を焼いたのも、街を焼いたのも、すべてが受け継いだ血によって引き起こされた宿命だった。湧き上がる殺意が血によるものなら、会いたいと焦がれた思いもまた一族の呪い。明心あけみは、ただの人形。意志はなく、血が命じるままに動くロボット。復讐心を過去から未来へと運ぶ、ただの入れ物にすぎない。



相村さがむら明心あけみは、ただの幻想。影の如く揺らめく陽炎にすぎない。感情も、意志も、存在さえも、はじめから存在していない」


「やめて!」


「なぜなら貴様は――」


「やめて!」


暁鴉あけがらすだからだ。どれだけ時を重ねようと、どんな名前に変えようと、我等が血が絶えぬ限り、貴様は暁鴉あけがらすだ」



 目を閉じ、耳を塞ぎ、やめてと叫ぶ明心あけみ。それでも、声は身体の奥底から響いている。自分の内側にあるものが呼びかけているのだ。もしそれに名前があるのだとすれば、と呼ぶのだろう。



「子よ。血が命じるままに、身を委ねるがいい」


 敵は世界だ。

 世界が敵だ。


「世界が殺しに来るぞ」





 *****





「……違うよ」



 明心あけみは誰もいない部屋で、ひとり呟く。聞いている者は誰もいない。瞳から一筋の涙が流れる。この雫さえも、自分のものではないのか。感情が溢れ出しては止まらなかった。



「世界が敵なんじゃない。――私が世界の敵なんだ」









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