第05話 理由の分からない苛立ち

「ほんとムカつく! なんなのアイツ?」


 

 正午過ぎ。明心あけみは外で風に当たりながら弁当を貪る。グラウンド脇に設置されたベンチが明心あけみにとっての指定席。グラウンドを眺めては、今朝のことを思い出していた。


 教室にいても、毛玉と呼ばれるだけで、居場所があるわけではない。学期初めは、奏瑚かこのいる普通科に逃げ場を求めようとしたこともあったが、普通科棟に入った途端、「アイツ……毛玉じゃね?」と囁き声が聞こえてきた。なんて早い噂の広まり方だろう。同時に、逃げ場なんて無いことを自覚した。


 でも、いつまでもベンチで昼ご飯を食べることができるだろうか。入学してから一カ月。少しずつ日差しの強い日が多くなってきた。これから雨の日も増えるだろう。虫も出てくる。劣悪な環境で弁当を食べる自分を想像し、その次に不覚にも、冷房の効いた快適な部屋で昼食を取る夜掴やつか帆澄ほすみの姿を想像してしまい、思わず箸をへし折りたくなった。


 全部、アイツのせいだ!


 帆澄ほすみのせいで外で食べさせられることを考えると、イライラがますます収まらなくなった。



「くっそー! 絶対、快適な場所を奪還してみせる!」



 しかし、当てがないことに変わりはない。目下、すがるべきわらとなれば、やはり奏瑚かこだ。前に普通科に足を運んだ時は、ビビッて帰ってきてしまったが――。


 そこで、明心あけみの頭に、奏瑚かこの姿が思い浮かぶ。物静かで、マイペースで、何を考えているかいま一つ掴めない幼馴染。基本的に口下手で、口を開いたと思えば毒舌が飛び出してくる。そんな彼女は、中学ころは目立つような子ではなく、昼休みは図書館に籠っていた。



奏瑚かこはクラスに打ち解けてるのかなぁ?」



 お茶に口を付けながらそんなことを思う。彼女の最初の進路希望は、地元の高校だった。それでも、天ノ峰あまのみね学園を選んだのは、明心あけみが受験を決めたからだ。〈幻身うつしみ使つかい〉としての素質が認められた明心あけみは、特待生として合格。異能力科への入学が決まった。


 一方で、奏瑚かこは寝食を忘れて試験勉強に打ち込んでいた。天ノ峰あまのみね学園は帝国が誇る名門校であり、実力のある人間しか入ることのできない狭き門である。同年代でいえば、久珂ひさか乃渚のなという有名な水泳選手が、天ノ峰あまのみね学園に入学したことが話題になっていたが、本来なら画面の向こう側の存在が進学するような場所だ。明心あけみが目標としている月雲つくも絢志あやしにしてもそうだ。右を見ても左を見ても美男美女。勉強もできてスポーツもできるハイスペックな人だらけ。


 凡人がそんな世界に行くには、並大抵のことでは無理だ。合格発表のページ画面で受験番号を見つけた時、奏瑚かこは相変わらずの無表情だったが、小さくガッツポーズをしたのを明心あけみは見逃さなかった。


 でも、本当に行きたかった場所だったのだろうか。もしかしたら、さして行きたい場所ではなかったのかもしれない。帝都まで着いてきくれるのは嬉しいけれど、彼女は上手くやれているのだろうか。


 そんなことを思っていると、グラウンドの隅に人影が現れる。


 奏瑚かこだ。


 何をやっているのだろう。散歩だろうか。とにかく手を振ろうとした時、次に目に飛び込んできたのは、友人数人と一緒にいる姿。そして、輪を作ったかと思うと、仲間の一人が持ってきたボールを使ってバレーをして遊び始めた。



「ンぬぁ……っ!」



 明心あけみは持っていたペットボトルを落としそうになった。そして、自分の目を疑う。本当に、あそこに居るのは奏瑚かこか? 見たこともない笑顔を見せては、年相応にはしゃぐ女の子の姿がそこにはあった。トスの回数が一定程度続いたところで、悪ふざけでスパイクを叩きこんでは、「なにやってんの、奏瑚かこぉ」と笑われたりもしている。周りにいる女子も、運動部に所属しているのか、スタイリッシュな子ばかりだ。


 どうして、あんな陽キャのグループのなかに……しかも中心的なメンバーになれたのだろう? どんな魔法を使ったんだ? いや、問題はそこではない。つまり、奏瑚かこに助けを求めるということは――



「あのグループのなかに……入れと?」




 *****




明心あけみちゃん、こんなところにいたんだー」



 声がして振り返ると、明心あけみはまたもや自分の目を疑うことになった。そこに立っていたのは七穂ななほ早稀さき。普段ならば数人の友人が周りにいる筈だが、その姿はなく、代わりに手には学食で買ったであろうクリームパンと紅茶の紙パックが握られている。



「どうしてここに?」


「それは、こっちのセリフだよ。一緒にいい?」


「それは別に、いいですけどぉ……」


「あはは。だから、なんで敬語なの?」


 

 明心あけみの隣に座る早稀さき。スカートを揺らしながらバレーに興じる集団を、遠い眼で眺める明心あけみ。何を考えているのか知るよしのない早稀さきは、「楽しそうだねー」と当たり障りのない言葉を放つ。



「ハハ……親友が……遠くの世界に行ってしまった……」


「? どういうこと?」


「いや……、なんでもないです」


「えー? 気になるじゃん」



 どこから話したものか。口をもごつかせる明心あけみだが、うまく言葉が出てこない。一方、身内の話をしているんだなと察した早稀さきは、話題転換を図る。



「ところで、朝はすごかったね。明心あけみちゃんの〈幻身うつしみ〉、カッコよかった! もう、誰も毛玉なんて呼ばなくなるね」


「あ……、いや……それが……」



 気まずそうに視線を逸らす明心あけみ。それから現状を見てもらった方が、話が早いと思い、自分の〈幻身うつしみ〉を出現させる。だが、朝のような鴉の姿はそこにはなく、いつも通りの黒い毛玉が「むきゅぅ」と声を出して現れただけだった。



「実は、朝の記憶、あんまなくて……。夜掴やつかにもなんで怒られたのか分かって無くて……。――私、変なことした?」

 








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