第11話 〈新生・暁鴉〉

 今日もまた、夜掴やつか帆澄ほすみとの約束の時間がやって来る。いつもの通り明心あけみは、体育館裏を目指して廊下を進んでいた。



「って……あれ?」



 ふとその時、廊下を走り去っていく夜掴やつか帆澄ほすみとすれ違った。久珂ひさか乃渚のなと一緒で、二人とも隊服に身を包んでいる。その異様な雰囲気に、明心あけみの思考は一瞬止まったが、すぐにターンして追いかける。



夜掴やつかさん! それに、乃渚のなちゃんも。何かあったんですか?」


「テロ事件が発生した。お前は寮に戻れ」


「ど、どういうことなんですか?」


 

 予想もしない返答に、明心あけみは戸惑う。寮に戻り、安全を確保するように指示されたが、勢いのままに追走を続ける。



「〈新生・暁鴉あけがらす〉を名乗る連中が、市街地を占拠した。悪いが、今日は無理だ」


「ふ、二人は? 隊服を着てるってことは……」



 返答は無かったが、それがすべての答えだった。二人は、たまたま明心あけみと同じ空間にいるだけで、まったく別の世界の人間。明心あけみに返答しない代わりに、帆澄ほすみ乃渚のなにブリーフィングを始めた。


 襲撃されたのはベーカリー『ルセロ・デル・アルバ』を中心とした周辺区域であること。犯行声明は、自称・〈新生・暁鴉あけがらす〉と名乗る集団だが、それ以上の情報はないこと。その他、現在の情報として上がっている被害状況の確認や、部隊の展開状況などを確認し合う。



「こんなに早く、先輩とバディを組むことになるなんてね~。もちろん、期待していいんですよね?」


「? 何を?」


「終わったあとの、ご褒美。くれるんでしょ?」


「無駄口を叩ける余裕があるなら安心だ」


「もー、冷たいなー。一応、婚約者なんだけどなー。それとも照れてます? あはっ、意外と初心うぶだったり?」


「ははは。相変わらず君は欲しがりだなぁ。ご褒美が弔花にならないことを祈ってるよ」



 気が付けば、不敵な笑みを見せ合う二人。時と場所が違えば、ピロートークさながらの調子でさえあった。


 だが、二人の後ろをついて走っていた明心あけみは、事件現場がベーカリー『ルセロ・デル・アルバ』であることを聞いた辺りから、何も耳に入っていなかった。真っ先に思い浮かんだのは、親友である奏瑚かこの顔だ。



「わ、私も行きます!」


「来るな!」



 響く叱責。


 思わず立ち止まることになった明心あけみ帆澄ほすみもまた立ち止まると、振り返って真っすぐに明心あけみのことを見つめた。


「お前はここにいろ。分かってるだろ? これは遊びじゃない」




 *****




 二人の去っていく姿を見ながら、明心あけみはしばらくその場に立ち尽くしていた。怒られたことはショックではない。帆澄ほすみの言っていることは当然だったし、そのことは明心あけみも正しく理解していた。


 だが。


 なぜか、帆澄ほすみの言葉には腹が立った。理由は分からない。とにかく、他の人が言えばどうともないことでも、帆澄ほすみが言えば怒りを覚える。「ここにいろ」と言われたことも、「遊びじゃない」と言われたことも、その全てが怒りに変わる。


 「ここにいろ」と言っておきながら、自分は戦場に向かうことに腹が立つのだろうか? いやそんなことはない。そんなことに苛立つはずがない。ならば、「遊びじゃない」と言っておきながら、どこか二人がいい雰囲気だったことか? それも違う。そもそも明心あけみの耳には、二人が婚約関係にあることなど入ってさえいない。


 あえて気になる点があると言えば、夜掴やつか帆澄ほすみ久珂ひさか乃渚のなに対して見せた表情が、かつての月雲つくも絢志あやしのものに似ていたことくらいだろうか。月雲つくも家も久珂ひさか家も五大名家であることは、奏瑚かこからみっちりレクチャーを受けたばかりだ。五大名家どうしが並ぶ姿は、想像に難くない。ならば――もしかして、憧れの人が、久珂ひさか乃渚のなに取られてしまうのを恐れているのだろうか?


 そんなわけがない!


 夜掴やつか帆澄ほすみ月雲つくも絢志あやしは別人なのだ。かたや大っ嫌いな先輩で、かたや憧れの人だ。そんな二人を重ね合わせてしまうなんて、なんて最低なことをしているんだ! 明心あけみは首をぶるぶると振って、頭のなかに浮かんだ顔を消し去る。


 なら、何に腹が立つのだろう?

 

 一生懸命、腹が立つ理由を探す。


 そして、辿り着く。



「アイツ……。私にだけ呼びしてない?」





 *****




 悶々とした気分でいると、明心あけみの目の前に、着信を告げる中空映写画面ホログラム・ディスプレイが唐突に姿を現した。宙に表示された発信先を見ると、藤生ふじょう奏瑚かこになっている。途端に目を丸くして、明心あけみは着信に応じた。



「もしもし、奏瑚! 大丈夫なの?」


「チッ……ぅるさいよ。バレたらどうすんの?」


「ご、ごめん……」


「大丈夫なら連絡してない。お察しの通り、状況は最悪だよ」



 言葉に反して、いつも通りの口調で話す奏瑚かこ。なんなら、いつもより気だるげかもしれない。まるで寝起きの人が喋るような口調だ。宙に表示されるのは「SOUND ONLY」であり、向こうの状況はまるっきり分からない。だから、平静を装っているのか、それとも大声を出せないから、いつもよりトーンが低いのかも分からない。いずれにせよ、自分よりドライな奏瑚かこの様子に、明心あけみは冷静さを取り戻す。



「最悪って、具体的には?」


壱條いちじょう侑生ゆうが捕らえられて、人質になりました。あーあ。五大名家も地に落ちたもんだ、あっはっはー。もう笑うしかないよ」



 与えられた情報に、どう反応していいか分からない明心あけみだが、奏瑚かこは棒読みの笑いを伝える。



「それって……」


「まぁ、殺されはしないでしょ。奴らにとっても貴重な人質だし。それよりも聞いてくれー。店が半壊して、多分、六月いっぱいは営業再開できない。よって、六月分の収入が蒸発したー。もう、最悪……」


「そんなのいまは、どうでもいいでしょ!」


「ショックだ。マジ最悪。うちの店を襲撃とか、何様のつもりなのって話。マジで許さんからな」


「……えぇ」


「そこで、明心あけみに頼みたいことがあるんだけど」


「何? 何でも言って!」


犯人ぼけなすを特定したから、拡散して」


 

 え? と予想外の言葉に反応しようとした時、目の前に一人の男のプロフィールが送られてくる。


 コードネーム・スカーレット。火鼠の姿をした〈幻身うつしみ〉を使役する術師でありながら、頼めば何でもする殺し屋。元々は、治安維持隊だったとの噂もある、かなり曰くつきの人物で、能力もさることながら身体能力もかなり高い。



「ちょっと待って! 今回の事件は、〈暁鴉あけがらす〉が起こしたんじゃないの?」


「模倣犯だよ。いや、自称してるだけって言った方がいいかな。どうせ、


「どういうこと?」


久珂ひさかの自作自演ってこと。捨て駒を雇って、事件起こさせて、そんでもって、久珂ひさか家の人間が解決する。からの、『わー、久珂ひさか家すごーい』って周りに言わせて、名声を高めては権力基盤を盤石にする」



 そう言う意味では、スカーレットさんも被害者か。ご愁傷様、と。そんな言葉を加える奏瑚かこ。ついでに今回の場合は、壱條いちじょう侑生ゆうを救い出せば、壱條いちじょう家に貸しを作れるチャンスでもあり。ますます、久珂ひさか家の地位は揺るぎないものになる。――そんなふうに、奏瑚かこは自らの見解を示した。



「なんでそんなこと分かるの?」


「この事件で、誰が得をするのか考えただけだよ」


「信じられない……。じゃあ、乃渚のなちゃんはどうなるの? 夜掴やつかとバディー組んでそっちに向かって行った。強いけど……、でもまだ乃渚のなちゃんは十五歳だよ? 死んじゃう可能性だってあるのに!」


「へー、その二人で組んでるんだ。じゃあ、ますます自作自演じゃん。婚約者同士を組ませて、お似合いの二人を世間にお披露目する。茶番も茶番。極めて政治色の強いってわけだ」



 ベーカリーを結婚披露宴代わりに使って、入刀するケーキの代わりに殺し屋を用意するとか、シナリオライターとしては意味不明だね、と奏瑚かこは鼻で笑う。自分がピンチであることよりも、店を破壊されたことの方が彼女にとっては、どうしても重要なようだ。平静を装っているが、店が破壊された件に対して、言葉の端々に苛立ちが混じっている。


 だが、喋りすぎだった。



「も、もしかして、藤生ふじょうさん、いま誰かと通話してるんスか?」



 SOUND ONLYの向こう側から聞こえてきたのは、奏瑚かこではない男の人の声。その声が、壱條いちじょう侑生ゆうのものであることは、明心あけみには分かった。彼は、奏瑚かこが外側とこっそりコンタクトを取っていることに、気が付いたのだ。通る声でこちら側に喋りかけてきた。



「俺っス! 壱條いちじょう侑生ゆうっス。俺は無事なんだけど、いまだに十人が捕まったまま。ちなみに、犯人の正体は、スカーレットとかいう殺し屋で、〈暁鴉あけがらす〉とは何も関係な――」


「――おい。誰と喋ってやがる?」



 続いて特徴的な低い濁った声が響いた。


 明心あけみは声だけで、犯人の残忍さを感じ取り、思わず身震いをする。そして、その場にいるような感覚に陥っては、ありもしない紅蓮の双眸が目の前にあるような気がして、血の気が引けていくのを感じた。



「おい、女。通話は切るな。土産話ついでに、そいつに断末魔も聞かせてやる。もちろん、ここにいる全員分のな」









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