最終話・大丈夫なふりをした

「えっ。三田君に告白したの」

 うん……と、恥ずかしそうなカムパネルラ。

 Kは最近のもやもやが驚きで一気に晴れてしまった。

「まだお返事はもらってないちゃん」

 もじもじとリップクリームをつけ直すカムパネルラ。

「Kちゃんに、知っておいてほしかったから」

「そうだったの……」

 自分のことを、こんなに大切にできるようになっていたのか。対して部屋の窓に映る自分は、粗末なものに見えた。

 こんなのじゃいけない。と力を入れるK。

「今日は、お祝いにしましょう」

 目を輝かせるカムパネルラ。



 お祝いは手巻き寿司にした。

 お酒と、それからチキンも。三田君と一緒にご飯を食べてみたいちゃん、とカムパネルラは笑った。

「かんぱーい」

 カムパネルラは、綺麗になった。

 薄いピンク色のリップクリームをつけて、髪も梳かしている。素敵なお姉さんと言った感じだ。部屋も片付いている。

「三田君がいれば完璧なのににゃあ」

 カムパネルラは綺麗に笑う。私もにこりと笑う。幸せだ。好きな人ができるって、告白ができるって、一緒にご飯が食べられるのって。

「カムパネルラ……ううん、ゆかり」

「なに?」

 埴上は一瞬目を閉じて、息を吸い込み、贈り物をするように言葉を口にした。

「私、あなたの友達でよかった」



 その日二人は酔いつぶれて、カムパネルラの部屋で重なるように眠った。カムパネルラからは変なにおいなんてしなくて、お酒の匂いと、それから少しだけシャンプーの匂いがした。Kはそのことにひどく安心して、深く深く眠った。



 カムパネルラが三田君に告白してから二週間が経っていた。二人は学校内で会うことはあっても、会話はしなかった。ただなんとなくカムパネルラが頭を下げて、三田君もそれにこたえるという感じだった。二週間と三日が経った頃、つまり金曜日だった昨日、三田君から返事があった。

「あっあっ……うええええあああああ……んんんんんぐっごっ」

 Kがアパートを訪れると、カムパネルラは聞いたこともないような声で泣いていた。

「つ、つまり振られちゃったのね……?」

 カムパネルラは眉間にしわを寄せ、

「んぐっ、お、『俺は人を好きになれないんです』っていわれて……」

「そ、それで……?」

「逃げてきちゃったちゃん」

 そう言って、また、んぐご……に戻った。

 Kは考える。人を好きになれないんです……。それは。考えて考えた傷つけないための嘘なのか、それとも、本当にそうで打ち明ける勇気がたまるのを待っていたのか。

「……本当にそうなんじゃないかしら。だって」

「三田君は嘘なんてつく人じゃないよ」

「そうだね」

 急に降り出した雨が強くなって、ベランダに打ち付ける。カムパネルラは、慌てて網戸にしていた窓を閉めた。

「傘もってるち?」

「持ってる、持ってる」

 なんとなく、黙り込んでしまう二人。Kは、慰めの言葉は浮かぶものの、そのどれもが今のカムパネルラには意味をなさないように感じて、声をかけるのをためらった。

「お友達でいたいなあ」

 カムパネルラがつぶやいた淡い願望は、雨の音に負けそうなくらい弱かった。



 北海道にしてはめずらしく、雨が続いた。蝦夷梅雨とでもいうのだろうか? 六月の、入学してしばらくした時期の雨はカムパネルラにとって精神的につらいものがあった。

「アジサイちゃん!」

 今日も雨だ。水玉の傘を差したカムパネルラはよその家のアジサイに目を止める。カムパネルラは、自分でも生きるのが楽しくなってきたと感じていた。花々を見たり、化粧をしてみたり、自炊にも挑戦している。花屋さんによって、切り花を買うこともある。部屋はゴミ屋敷のようにはなっていない。でも、悲しいこともある。

(三田君……コンビニにこないねえ。私が働いているから、当たり前かあ)

 三田君がカムパネルラのコンビニに来ることはなくなった。もともと、学校からも遠いし、友達と来ていることが多かったから友達の家の近くなのかもしれない。夜勤ではなくなったから、そのせいかもしれない。でも、カムパネルラが三田君に会えなくなったのは事実だ。

(しょげていてもしかたがないし……今日も学校頑張るぞ!)

 アルバイトの帰り道だった。今日も夜から学校がある。カムパネルラは、少しから元気ながらも、小さくこぶしを握った。



 どうして、あのときしょげなかったの?

 数年後、美術学校を卒業してからKに訊かれた時のことだ。カムパネルラはこう答えた。

「だって、しょげていても仕方がないし、三田君はそのあとお友達になりましょうって言ってくれたし、Kちゃんもいるし。それにね」

 それに?

「わたし、大丈夫なふりをしたの」

 それってどういうこと?

「いままで、いろんなことがあって、自殺未遂をしてきたけど、悲しいことがあるたびに死に近づいて、お父さんやお母さんの影を追って生きるのは、やめたいと思ったの」

 ……。

「私、強がることを覚えたんだ。絵を描くようになってから」

 それは……、いいことなの?

「わからない。でも」

 ここでカムパネルラはいつもの口調に戻った。

「正しいことなんてきっとないぴょんね。ねーハムちゃん様」

 ハムちゃん様にひまわりの種をあげるカムパネルラ。

 私たちは物語の途中で、終わりはきっとまだ遠い。どのくらい物語のページ数が残っているのかは分からないけれど、そのなかでできるだけ楽しく跳ね回っていたいな。

 絵を描くことって、世界を創ることなんだよー。

 いつか、ゆかりが話してくれた。世界を創る、神様になることなんだって。ゆかりの創る世界はどんな世界なんだろう。彼女の絵は優しく、温かい。きっと、面白くて、楽しい世界なんだろうな。私もそこにいるだろうか? 埴上は期待する。


 ゆかりは今も一人で生活している。埴上も一人で生活している。二人は行き来しながら世界の交換をする。

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大丈夫なふりをした あさの @asanopanfuwa

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