第27話 都市の東に行き、フラミンゴを見学する

「あっ。一通り見たつもりだけど、まだ見ていないものがあった。さて、なんでしょう?」


「え、えっと……。分かりません」


「城壁の上から見る景色よ。上ろっか」


「いいんですか?」


「もちろん。足下に気をつけて。階段も城壁の上も、内側には柵がないから落ちないように。私は落ちても猫のようにひらりと着地できるけど、ヴァンもできるかな? ほら、あっちに見えるのがヴィドゥール川で、並んでいる建物は船着き場と荷揚げ場。大きい船は入って来れないから、小さい船が来るんだって」


「あんなに大きな船が、小さな船なんですか?」


「ねー。驚くよね。私達が十人くらい乗れそうな大きな船なのに、小さな船って言われているんだよ。大きい船はもっと南の海の上。ここは場所が悪くて見えないけど、南の塔からなら見えるかな」


 エリザベートはヴァンに肩とこめかみをくっつけ、遠くを指さす。


「ほら、私達が今朝通った道がこれでしょ。この先が今朝行った水汲み場。あそこだけが水を汲んでいい場所。あそこより上流は聖職者の川だから私達は使ったら駄目。川は飲料水や生活用水を汲んでいい箇所、聖職者専用の釣り場、領主が使用権利を有する場所、市民の釣り場、洗濯場として使用していい箇所が明確に区切られているからね」


「分かりました」


「そして、しまった。水瓶を買うの、すっかり忘れてた。来た道、戻ろっか」


「はい。あれ?」


 振り返る途中でヴァンが止まり、顔を上げる。


「足下を見ないと危ないよ」


「あの。あれ」


「ん?」


 ヴァンが東の空を指さすから、エリザベートは視線を向ける。


「何か見たことのないものが降っています」


「ん? あー。フラミンゴの群れね」


「フラミンゴ?」


「脚が長いピンク色の鳥よ」


「わあ……」


 ヴァンが瞳をキラキラさせて東の空を眺めている。エリザベートは、その横顔を見て温まった胸の空気を、ふうっと吐く。


「……朝からずっと歩きっぱなしだけど、見にいく?」


「はい、見てみたいです」


 二人は城壁の西側にいるので、塩湖のある東側へと都市内を移動する。


「早く。早く行きましょう」


 ヴァンが妙に積極的になっている。フラミンゴの群れがいつまでいるか分からないから焦っているのだろう。年相応の子供っぽさを見せてくれたのが嬉しくて、エリザベートはつい、笑みをこぼす。


「よし。走った方が早い。城壁の外を走ろう」


 二人は『ガルデットの門』から都市を出た。


(しまった……! あー。良かった……。なかった)


 エリザベートは水堀に平行する道を走り始めると同時に、自分がミスをしでかしたことに気づいた。だが、特に問題はなさそうだ。というのも、都市の北側城壁に平行する路地の中央には、死罪人を見せしめに吊す絞首台が置いてあるのだ。幸い、骸はなかった。

 二人は東を目指して走る。その途中でフラミンゴの群れは見えなくなってしまった。すべて遠くの葦畑の向こう側に降りたようだ。


「あ……」


「大丈夫。高いところから見たら、きっと見れるよ。ほら。歩こう」


「はい」


 ヴァンが息を切らしたので、二人は途中から歩く。北側城壁は遠矢三本の距離があるため、走りきることは不可能だ。ヴァンの歩き方が何処かぎこちない。


「んー。足、どうかした?」


「足が痛いです……」


「あー。今まで靴を履いてなかったから逆に痛いか……。慣れよ、慣れ。すぐに慣れるから」


「はい。頑張って慣れます」


 二人は歩調を緩め、ゆっくりと都市の外を東側城壁まで移動した。

 壁の東側には、遠隔地から雇われてきた城壁工事の人夫が泊まる小屋と、石材を積み重ねた小山がいくつかあった。工事の人夫達もフラミンゴに気づいたらしく、何人かが小山の上に乗って東を眺めている。

 エリザベートは周囲を観察する。よく陽に灼けた上半身裸の男達の他に、上等な服を着て船のような形の帽子を被った男がいたので、エリザベートは彼が現場管理者だと判断し許可を求める。


「私達も石の山に登っていいですかー」


「ん。ああ。別に構わんが、落ちて怪我をしても責任は取れませんよ」


「はい。だいじょぶでーす。さ。ヴァン。上に乗りましょ」


「は。はい」


 慎重なヴァンを置き去りにし、エリザベートは軽快に石段を登り、あっと言う間に二杖程の頂上に上がる。


「はい。掴まって」


「ありがとうございます」


 エリザベートは手を伸ばし、ヴァンを引き上げる。ご飯をいっぱい食べさせてあげなくちゃと思えるくらい、軽い体だった。


「あ。見える見える。ほら、あっち」


「はい。見えます! 見たことない色の鳥です!」


「塩田は思った程ピンクじゃないのね」


 と話していると「おーい。そこの仲良し姉弟」と、建造中の壁に座って休憩していた男が話しかけてくる。


「これから暑くなってくると、もっと赤くなっていくから、また見に来るといいぞ」


「本当ですか。教えてくれてありがとうございまーす」


 エリザベートは笑顔で相手を数秒見つめてから一礼をした。お客様候補の人には愛嬌を振りまくようにしている。


(んー。剃りたくなる髭だ)


「ど、どうした俺の顔に何かついているか?」


「ごめんなさい。素敵なお髭だから見蕩れちゃった」


「そ、そうか?」


「ええ。私、理髪外科医なの。『自由通り』の五番地に来てくれたら剃ってあげる!」


「お、おう……」


 エリザベートは踵を返してフラミンゴ見学に戻った。遠くまで見ようとするヴァンが背伸びをするから、転ばないように支えてあげた。

 しばらくして見学を終えるとエリザベートは弾むように小山を二度蹴って飛び降りた。ヴァンは手を突きながら後ろ向きで慎重に降りる。


「お邪魔しましたー」


 エリザベートがお礼を言い立ち去ろうとするとき、ふと荷馬車の影で休んでいる男の顔色が気になった。額に脂汗が浮かんでいる。左手首には黄ばんだ包帯が巻かれ、血が滲んでいる。

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