第2話

▫︎◇▫︎


 わたしの運命の歯車が狂い始めてしまった瞬間はいつかと聞かれたら、わたしは間違いなく2週間前のあの夜と断言するだろう。


 いつもと変わらない夜のはずだった。

 いつも通り起きて、いつも通り仕事場に向かって、いつも通りお昼を食べて、いつも通り宝石を鑑定して、いつも通り夕食を食べた。


 その日いつもと違っていた点は何かと言われれば、お夕食の時間になってもお父さまが帰ってこなかったこと。

 そして、お父さまが1枚の紙切れを呆然と持って帰ってきたこと。


「すまない」


 あの日のお父さまは帰宅1番に『ただいま』じゃなくて、『すまない』と言った。

 あまりにも印象的だったから間違いない。


 お父さまが持って帰ってきた1枚の紙切れにはには、1兆フラーレンという途方もない金額の借金が綴られていた。

 瞬時にこれはどうしようもない出来事であると悟った。

 家財を全部売り払ったとしても、領地を返還しても、爵位を返還しても、何をやっても返せないと悟った。


 なんの変哲もないアイリーン男爵家。

 それどころか、みんな研究者気質で自分の望む研究以外には総じて無関心な一族。

 そんな一族にあるのはただの研究結果の資料とその道具だけ。

 まともにお金になるものなんてない。


 必死になってお金を工面した。

 毎日いつもよりも遅い時間まで働いて、店の売り上げに貢献して、多めに給料をもらって、家族一丸となって努力して、けれど、借金には遠く及ばなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る