第35話

 自分たちがこれから告発されることを知らない第二王子のクレートが、訝しげにミラベルを見ていた。

 彼がエスコートをしていたのは、ディード侯爵の娘ではなかった。

 クレートはニースの姉を切り捨て、さっさと別の女性に乗り換えていたのだろう。

 でも元婚約者ニースの父であるディード侯爵も、姉のリエッタも、この会場に来ているはずだ。

 今日はロヒ王国の王女のために王城で開かれた夜会なので、ほぼすべての貴族が参加している。

 おそらく、従兄のルーカスもいるだろう。

 わざわざこの夜会で告発することを選んだのは、彼らに動きを察知されて逃亡を防ぐためである。

 第一王子のロランドと、その傍にはソレーヌの姿もある。

 だが、いつもふたりの傍にいるはずのリオがいない。

 彼はどこにいるのだろう。

 そう思って視線を巡らせようとすると、ソレーヌがミラベルの名を呼んで駆け寄ってきた。

「ミラベル! 無事だったのね……」

 ソレーヌはそう言って、ミラベルに抱きついた。

 彼女が不在の間に、ジアーナに連れ出されたきりだから、心配してくれたのだろう。

 国王の前だが、これから告発が始まるとわかっている者たちは、それを咎めることはなかった。

 周囲の人たちには、失踪して死んだはずのミラベルが目の前に現れて、再会を喜んでいるようにしか見えないはずだ。

「心配を掛けてしまって、ごめんなさい。実は事情があって……」

 そう言うと、ミラベルはジアーナを見た。

 彼女は頷くと、ララード国王に視線を向ける。

「ドリータ伯爵令嬢を保護したのは、私です。実はロヒ王国である事件が起こり、その調査をしていたところ、主犯はこの国の貴族であることがわかりました」

 ジアーナの言葉に、周囲がざわめく。

 ロヒ王国との関係は、少しずつ改善されてはいるが、まだ友好国とは言えないほどだ。だから、その発言に疑いや不信感を持つ者もいる。

 それは、ジアーナも想定していたことだ。

 だから気にせずに、言葉を続けた。

「けれどロヒ王国だけでは、どうにもできないことでした。証拠を集めることもできません。そんなときに、彼女に出会いました。ドリータ伯爵令嬢の勇気ある告発によって、私たちは真実に辿り着くことができたのです」

 ミラベルが関係していると知った途端、第二王子のクレートは青褪める。

 誰かが逃亡しようとしたらしく、入り口を固めていた護衛騎士に取り押さえられていた。

 振り返ってみると、従兄のルーカスだったようだ。

 別の場所ではディード侯爵も逃亡しようとしたようで、護衛騎士に囲まれていた。

 その動きから、彼らが関わっているとわかったようで、会場は急に静かになった。

「もちろん、証拠も証言も集めております」

 ジアーナがそう言うと、護衛騎士に守られた証言者が会場に現れた。

 まだ幼い子ども。

 年老いた老人。

 そして、いつもドリータ伯爵家を訪れていた、ミラベルが顔を確認した人もいた。

 それらを連れて現れたのが、リオだった。

(リオ……)

 かなり多忙だった様子で、疲れているように見えるのが心配だった。

 彼は厳しい表情だったが、ドレス姿のミラベルを見つけると、ほんの一瞬だけ、表情を和らげた。

 それを見て、泣き出しそうになる。

 早く彼と話がしたい。ドレスのお礼も言いたい。

 でも、今はこの告発をやり遂げなくてはならない。

「娘は死んだ。それは偽者だ。私たちを嵌めようとしたのだろう」

 主犯であると言われた父は、騎士たちに囲まれながらそう喚いた。母も同意するように、何度も頷いている。

 母は父の裏事業のことを知らなかったと聞いているが、父が罪を犯していたのだとしたら、ドリータ伯爵家は存続できないことを悟ったのだろう。何とかして、言い逃れようとしているようだ。

「たとえ私が偽者だったとしても、これだけの証言と証拠は覆りません。潔く、罪を認めてください」

 ミラベルは静かにそう言った。

 ジアーナに協力していたのは、リオだけではなかった。

 ミラベルも初めて知ったが、他にも有力貴族が何人かいて、ロランドを指示している人たちばかりではなかったのだ。

 捜査に信憑性と公正性を持たせるために、リオがそうしたのだろう。

 だからこそ、父が間違いなく有罪であること。

 それに第二王子クレートと、その派閥であるディード侯爵も加担していたことがはっきりとした。

 ララード国王の指示によって、彼らが連れ出されていく。

 残された母は、ミラベルを睨み、裏切り者だと責めていたが、ドリータ伯爵家の取り潰しを告げられると、その場に崩れ落ちた。

 財産もすべて没収され、おそらく被害者の救済や補償のために使われる。

 それが一番だと、ミラベルも思っていた。

 ララード国王が、第二王子がこの犯罪に関わっていたことを謝罪すると、ジアーナも、ロヒ王国の有力貴族が関わっていたこと。ララード王国側だけの問題ではないと告げ、せっかくの夜会を告発の場に使ったことを詫びた。

 国王と王女が違いに謝罪を告げたことによって、少しだけ緊迫した空気が和らぐ。

 夜会はそのまま開かれるようだが、ミラベルは退出することにした。

 ミラベル自身は罪に問われることはなかったが、ドリータ伯爵家が取り潰されたことにより、貴族ではなくなる。王城の夜会に参加することはできないだろう。

(でも、どこに行こうかしら……)

 一度、ジアーナに用意してもらった部屋に戻ろうとは思うが、役目を果たした以上、いつまでも滞在することはできない。

 これから住む場所を探す必要があるだろう。

「ミラベル」

 そんなことを思っていると、ソレーヌが駆け寄ってきた。

「ソレーヌ?」

「一緒に帰りましょう」

「え、でも……」

 まだ夜会は始まったばかりではないか。

 王太子となるだろうロランドの婚約者であるソレーヌが、早々に退出するわけにはいかない。

 そう言ったが、ソレーヌは有無を言わさずにミラベルの手を取って、そのまま会場から出て行く。

「ソレーヌったら……」

「ロランドもお兄様も、これから事後処理で忙しくなるわ。きっとしばらくは帰れないでしょう。ジアーナ王女殿下も、帰国しなくてはならない。だからその間、ミラベルを捕まえておくのが、私の役目よ」

 そう言うと、ミラベルをサザーリア公爵家の馬車に乗せてしまう。

 ソレーヌがこんなにも強引なのは、自分が一度黙って出て行ってしまったからだとわかっている。

 心配してくれている気持ちは、本当に嬉しい。

 それに、行く宛がないのもたしかだ。

「メイドとして雇ってくれるなら、行くわ」

 だからそう言った。

 ソレーヌは驚いたような顔をしていたが、やがてにこりと微笑んだ。

「そうね。ミラベルはお兄様の専属メイドだもの。職場に帰らないとね」

「職場……」

 たしかにそうかもしれない。

 馬車の中でも、ソレーヌはミラベルの手を離そうとしなかった。

 ジアーナに言ってくれた言葉といい、本当に彼女はミラベルを大切に思ってくれている。

 両親でさえ、娘のことは道具として見ていなかった。

 最後は偽者だ、裏切り者だと言われてしまったけれど、ここにはたしかに、自分を必要としてくれる人がいる。

 そう思うとミラベルも救われたような気持ちになって、そっとソレーヌの手を握り返した。

 サザーリア公爵邸では、メイドたちが揃ってミラベルを迎えてくれた。

「おかえりなさいませ」

 そう言われて、目が潤んでしまう。

「……ただいま、戻りました」

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