第34話
この件は、リオも慎重になっていたことだろう。
だから捜査にも数年かけていたし、ジアーナも彼がそこまで掴んでいたことを知らなかった。
それをドリータ伯爵の娘である自分に打ち明けて、協力を頼もうと思ってくれたことが嬉しい。
「でもリオは、同時にあなたの立場が難しいものになるのではないかと悩んでいた。いくらソレーヌの親友でも、政敵に父親を売ったと、逆恨みされるのではないかと」
「私はどうなっても大丈夫です。父のしたことは、許されることではありませんから」
たとえ父や母、そして従兄に恨まれても、やらなくてはならないと覚悟は決めている。
「そうね。あなたがそう思ってくれていることは、私も知っているわ。でもやっぱりリオにとっては、あなたの安全は最優先なのよ。そこで、私があなたを保護していることにしたわ」
「殿下が、ですか?」
「そう」
ジアーナは頷いた。
「リオが私に対して怒りをぶつけなかったのは、あなたを守護するという役目があったから。それがなかったら、私はサザーリア公爵の怒りを買って、ロヒ王国にも損害を与えてしまい、本来の目的どころではなかったかもしれない」
それに、ジアーナがミラベルを保護することによって、リオもドリータ伯爵家の娘であるミラベルを使って政敵を陥れたのではないかという疑いを、持たれずにすむ。
ジアーナはそう説明してくれた。
ミラベルとサザーリア公爵の妹であるソレーヌが親友であることは広く知られているので、その方がリオのためでもあるようだ。
「あなたは婚約者の裏切りから失踪したのではなく、父親の犯罪を知って、それを止めるために、ロヒ王国に向かった。そこで子どもたちを探していた私と知り合い、保護されたということになる」
リオにはジアーナから接触して、協力を要請したことにする。
彼もまた独自に調査をしていて、その証拠を提示してくれた。
そういう流れにする予定だと、語ってくれた。
「もちろん、ララード王国の国王陛下にも、リオから報告することになっているわ。これはもう、この国だけの問題ではないから」
「でも、私は何も知りませんでした。それなのに……」
まるで告発者のような立場になってしまうことに、罪悪感を覚える。
それに、父の罪を暴くために、何でもすると決めてリオの傍を離れたのに、結局は彼に守ってもらうことになってしまう。
「あなたの気持ちは、私もわかるわ」
複雑そうなミラベルに、ジアーナは同意するように頷いた。
「必ず犯人を見つけて、子どもたちを助けてみせる。そのためなら、自分の結婚も利用しようとしていた。我が儘な王女のように、婚約をねだったり、サザーリア公爵邸にまで押し寄せて、リオの婚約者のあなたを浚ってまで目的を達成しようと思っていたのに……」
リオはすべてを知っていて、いくつか証拠まで揃えていた。
しかもジアーナがミラベルを連れ出したことも利用して、ミラベルの身の安全と、ドリータ伯爵の罪に巻き込まれることを回避した。
自分の決意は何だったのだろうと、ジアーナも思っている様子だった。
「でも、事件はまだ解決したわけではないわ。これからは、あなたにも協力してもらうことになる。色々と聞きたいことと、会ってほしい人がいるの。まだ事件解決にはほど遠い。ドリータ伯爵家の娘である、あなたの力が必要なの。これからきっと忙しくなるわ」
「……わかりました」
ミラベルは頷いた。
父の悪事を止めるために、できることがあるのなら何でもするつもりだった。
それに、自分のために泣いてくれたソレーヌや、ここまでの道筋を整えてくれたリオのためにも、やり遂げなくてはならない。
すべてを聞き終えて、ミラベルはもう一度、ソレーヌに手紙を書いた。
ソレーヌこそ、ミラベルの唯一無二の親友であること。
今は事件を解決するためにも、ジアーナのもとにいるが、すべてが終わったら必ず会いに行くと書き記した。
リオにも書こうと思ったが、彼には会って話したいことが多すぎる。
だから、そのときにすべて話すことにした。
それからは、ジアーナの言うように忙しくなった。
帳簿や契約書のようなものを見て、父や従兄の筆跡なのか確認したり、こちら側が見えないのぞき穴のようなところから、部屋にいる人の顔を確認したりする。
従兄はわからないが、父の筆跡はよく知っていたから、たくさんの書類の中から、父のものと思われる書類を抜粋した。
もちろん、ミラベルが選んだからといってそのまま証拠になるわけではなく、父がどこまで自ら出向いていたのか、その行動を知るきっかけにもなるようだ。
顔を確認した人たちの中には、屋敷に何度も客として訪れていた人もいた。
どうやらその人がロヒ王国からの繋ぎだったらしいと聞いて、驚く。
「これも重要な証拠になるわね。あとは……」
ジアーナは王女とは思えないほど、自ら動き回っていた。
少しずつ、父の罪が明らかになっていく。
ジアーナが探していた子どもたちは、幸いなことにほとんどが保護された。
けれど、全員は見つかっていないらしい。
彼女は悔しそうな顔をしながらも、全員見つけるまでは諦めないと、決意している。
ジアーナもいつまでもララード王国に滞在できる訳ではないので、かなり急いで進められている様子だ。リオが数年かけて集めた証拠もあり、父が告発される日も遠くはないだろう。
驚いたことに、父の悪事には、元婚約者のニースの父であるディード侯爵。そして、第二王子であるクレートも関わっていたことが判明した。
彼らは父からの資金がどんな手段で得ていたものか知っていて、受け取っていたことになる。
それどころか、第二王子であるクレートが王太子になれば、父に他国と貿易をする許可を与えようとしていた。もしかしたら、裏事業を拡大させて、さらなる資金を得ようとしていた可能性もあるようだ。
それらは第一王子ロランドと、ロヒ王国の王女であるジアーナ。
そしてサザーリア公爵家当主であるリオによって、ララード国王陛下にも報告されている。
さすがに国王は信じがたい様子だったが、次々と証拠が提出され、しかもロヒ王国の王女が、ドリータ伯爵家の娘であるミラベル保護していて、その証言もあるとなれば、事実として認めるしかなかったようだ。
もう第二王子のクレートが、王太子になる未来はないだろう。
それどころか、彼もまた共犯者として裁かれる可能性もある。
毎晩遅くまで働いているジアーナの様子を見ていると、きっとリオもそれ以上に忙しいのだろうと思うと、心配になる。
せめて疲れて帰ってきた彼に、あの頃のようにソレーヌから教わったお茶を煎れてあげたいと思うが、今は帰ることはできない。
ただ、自分にできることを精一杯やるだけだ。
「五日後に、ロヒ王国に帰ることになったわ。その前に、王城で夜会を開いてくださるそうなの」
そして、珍しく早い時間に戻ってきたジアーナは、ミラベルを呼んでこう言った。
「関係者が全員揃うその場で、私はドリータ伯爵を告発するつもり。もちろん、ララード国王陛下の許可も得ているわ。ミラベルも一緒に来てくれる?」
「はい」
少しも躊躇うことなく、ミラベルは頷いた。
失踪して行方を眩まし、死んだことになっていたドリータ伯爵家の娘が、父親を告発するために姿を現す。
きっと大騒動になることだろう。
「当日は、私の傍から離れないでね。さすがにロヒ王国の王女である私に、危害を加えようとはしないと思うから」
それでも当日は、ロランドが多数の護衛を忍ばせてくれるようだ。
「ああ、それにこのドレスを着てほしいと、リオから預かってきたわ」
ジアーナがそう言うと、メイドがドレスを運んできてくれた。
「リオが?」
それはとても綺麗なドレスで、ミラベルが好むデザインだった。
今までは母が用意してくれた華美なものしか着用できなかったが、本来のミラベルが好きなのは、淡い色合いの上品なドレスだ。
リオはそれを知っていて、ミラベルの好むものを用意してくれたのだろう。
(以前なら、ソレーヌに私の好みを聞いたのかもしれないと思ったわ。でも、違う)
幼い頃ではあるが、あれだけ色々な話をしたのだ。
ミラベルの好みなど、リオは知り尽くしているだろう。
有り難く、着ていくことにした。
大勢の人たちの前で、父親の罪を告発しなければならない。そう思うと緊張するが、夜会に参加するのも、きっとこれが最後だ。
父があれだけのことをしてしまったのだから、おそらくドリータ伯爵家は、爵位を剥奪されるだろう。そうなれば、ミラベルはもう伯爵令嬢ではなくなる。
(リオが贈ってくれたドレスを着られるなんて、最高の終わり方だわ)
このドレスが、ミラベルに勇気を与えてくれるだろう。
そうして、五日後。
何度も打ち合わせを繰り返し、ミラベルは覚悟を決めて、ジアーナと同じ馬車に乗って王城に向かった。
ジアーナは王城に滞在しているが、今日は帰国前に視察したいところがあるからと、わざわざ地方に向かい、宿泊してから王城に向かうことになっている。
実際は事件の調査のためと、ミラベルを連れていくためだが、それはララード国王も承知している。
「さあ、行きましょう」
「はい」
ジアーナと一緒に会場に入ると、周囲がざわめいた。
「あれってドリータ伯爵家の……」
「亡くなったはずでは?」
「どうしてロヒ王国の王女と一緒に?」
そんな声が聞こえてきたが、ミラベルは顧みることなく、まっすぐに前を向いていた。
まだ何も知らない父と母は、きっと死んだはずの娘を見て驚愕していることだろう。けれど、様子を伺おうとも思わなかった。
ジアーナはそのまま、ララード王国の国王陛下のもとに向かう。
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