第19話
ようやくふたりを探し出した執事に連れられて、リオとミラベルはソレーヌが待つダイニングルームに向かった。
「もう、ずっと待っていたのよ」
ソレーヌは少し拗ねたように言ったが、リオが謝るとすぐに機嫌を直して、ミラベルも一緒に食事をしようと誘ってくれた。
三人でゆっくりと夕食をとり、それから談話室に移動してから、ソレーヌはずっと話し続けている。
「お兄様が帰ったことをミラベルに知らせようとしたら、部屋に不在だったと言われて。慌てて探していたら、お兄様までいないなんて」
使用人達の身元はすべて調べ、少しでも怪しい者は追放したが、もしかしたらまた刺客を送り込んできたのかもしれない。
そう思って、ソレーヌはとても心配したらしい。
メイドや執事達が総動員で屋敷内を探し回っていたら、当の本人達は中庭で花を眺めていたというのだから、ソレーヌも文句が止まらないのだろう。
そう言いながらも楽しそうなのは、やはりリオが戻ってきたからか。
「悪かった。つい、魅入ってしまってね」
リオはそう謝罪しながら、ソレーヌの髪を優しく撫でる。
そのしぐさには愛情が込められていて、リオが妹をどれだけ大切にしているか、はっきりとわかる。
「それは花に? それともミラベルかしら?」
「ソレーヌったら、何を言っているの?」
くすくすと笑いながらそんなことを言い出したソレーヌに、ミラベルは慌てる。
思い出してしまうのは、『真実の愛』という花言葉を持つ、青い勿忘草。
その鉢植えをリオから贈られてから、何だか彼を意識してしまう。
(駄目よ。今の私はメイドなんだから、もっと平然としていないと)
きっとリオだって、軽く受け流すに違いない。
ソレーヌとミラベルには優しいが、冷徹で、敵には容赦しないと言われているほどだ。
そう思っていたのに。
「な、何を言って……」
リオはひどく狼狽えて、視線を彷徨わせている。
その頬も、少し赤いようだ。
それは、世間で恐れられている冷徹なサザーリア公爵ではなく、素のリオの姿だった。
「ふふ、お兄様ったら。動揺しすぎよ」
そんな有様を見て、ソレーヌも無邪気に笑う。
「今ので、心配させたことは許してあげる。私はもう行くわね。お兄様とミラベルは、もう少し休んだらいいわ」
そう言って、メイドに付き添われて談話室を出て行く。
引き留める暇もなかった。
残されたリオとミラベルは、顔を見合わせた。
「ソレーヌが変なことを言って、すまなかった」
もう立ち直った様子で、リオは静かな声でそう言った。
「いえ」
ミラベルは慌てて首を横に振る。
「私が悪いのです。メイドなら、きちんと夕食の時刻を告げて、他のメイド達のように支度を手伝うべきでした」
それなのに、リオと一緒に庭を眺めていた。
心地良い時間に浸ってしまっていた。
「ミラベルがそんなことをする必要はない。本当は、メイドだってさせたくないくらいだ」
そんなミラベルに、リオは少し不満そうにそう言った。
自分を信用していないから、身の回りの世話をしてほしくないのではないか。
もう、そんなふうには思わない。
リオもソレーヌも、ミラベルをとても大切に扱ってくれる。
その愛情を、疑うことはない。
「でも、ただお世話になるわけには……。ソレーヌだって、かなりの時間を勉強に費やしていますし」
リオは、ソレーヌの話し相手をしてほしいと言っていた。
でもソレーヌの勉強の邪魔をするわけにはいかないから、彼女の相手をするのは一日のうちのほんの少しの時間だ。
メイドとして働かなければ、時間を持て余してしまい、何をしたらいいのかわからなくなってしまう。
「本当はソレーヌもミラベルも、権力争いなど無縁な場所で、静かに穏やかに暮らしてほしいくらいだ」
溜息とともに吐き出された言葉は、きっとリオの本音だ。
その言葉だけで、本来の彼は争いを好まない、穏やかな人間だということがわかる。それでもたったひとりの妹を守るために、リオは王城で、熾烈な権力争いを繰り広げている。
もしリオが負けるようなことがあれば、ソレーヌもロランドも、即座に第二王子派によって排除させてしまうだろう。
そうならないために、リオはひとりで戦い続けているのだ。
(ああ……)
ミラベルは、両手をきゅっと握りしめた。
そんなリオを、少しでも支えられたら。
その心を癒せたらと、思ってしまう。
どんなに優しく接してくれても、ミラベルはリオにとって政敵の身内であり、その立場は彼を窮地に追いやってしまう可能性もある。
それなのに、傍にいたい。
離れたくない。
(好き、かもしれない。そんなことは許されないのに……)
自分の心に芽生えた気持ちに戸惑いながらも、それをなかったことにしたくない。
たとえ叶わなくても、大切にしたいと思ってしまう。
「ミラベル?」
ふいに、優しく名前を呼ばれて我に返った。
リオが心配そうに、ミラベルを覗き込んでいた。
その端正な顔立ちを間近で見つめてしまい、胸の鼓動が早くなった。
「あ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて。ええと……」
何か話をしなくてはと、ミラベルは動揺しながらも話題を探した。
「ここの中庭の花は、とても綺麗ですね。私も優しい色合いの花が好きなので、思わず見惚れてしまいました」
そう言うと、リオは表情を和らげた。
「ああ。気に入ってくれたら嬉しいよ。ずっと、ここの花をミラベルに見てほしいと思っていた」
「え?」
たしかに、ミラベルが好きな花ばかりだった。
でもリオがそんなことを言うとは思わず、動揺してしまう。
「どうして私に?」
「それは……」
リオは少しだけ、沈黙した。
何か言いたそうに見えたのは、気のせいだろうか。
「ソレーヌに、花が好きだと聞いていたからね。きっと気に入るだろうと思っていた」
けれどリオは、ただそれだけを告げて、静かに微笑んでいた。
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