第20話
翌日は、ソレーヌが王城に行く日だった。
婚約が順調であることを示すため、こうして定期的に交流しているようだ。
そんなソレーヌに、リオも同行するらしい。
彼女は何も言わないが、ロランドの婚約者になったばかりの頃は、相当ひどい嫌がらせを受けていたようだ。
そんな悪意から妹を守るために、リオが同行するようになったのだろう。
ソレーヌはいつも明るくて元気だが、今までどんな目に遭ってきたのかと思うと、心が痛む。
しかもそれには、第二王子派であるニースの父や、もしかしたらミラベルの父も関わっていたのかもしれない。
それなのにミラベルを友人と呼んでくれて、大切にしてくれるソレーヌの心は、可憐な容姿とは裏腹に、とても強い。
学園で再会する前、避暑地にある別荘で初めて会ったときのような、儚げな印象はまったくない。
今の彼女はとても魅力的で、ミラベルも心から尊敬している。
メイドも何人か付き添うようだが、ミラベルは公爵邸で留守番をすることになるだろう。
王城には、自分の顔を知っている者もいるかもしれない。
だから迷惑を掛けないためにも、安全な場所でおとなしくしているのが一番だとわかっている。
「ごめんなさい。今日はゆっくり休んでいてね」
ソレーヌは、ミラベルをひとりにすることを謝罪しながら、何冊か本を置いていってくれた。
「これ、新刊なのよ。暇つぶしに読んでいて」
「ありがとう」
彼女が貸してくれる本なのだから、当然のように恋愛小説だ。
ミラベルはあまり好まなかったが、今日は何もすることがなく、ひとりで過ごさなくてはならない。
たしかに暇つぶしには良いかもしれないと、有難く受け取っておいた。
王城に向かうソレーヌとリオを見送り、それから自分の部屋に戻る。
本当はメイドの仕事を手伝おうと思っていた。
でも彼女達はリオから、ミラベルには他の仕事をさせないように言われているらしい。
だからソレーヌとリオが外出したあとは、部屋にこもっておとなしくしているしかない。
自分でお茶を淹れ、窓から中庭を眺めながら、しばらくはゆったりとした時間を過ごす。
(ひとりになるのも、ひさしぶりかもしれない)
ドリータ伯爵邸で暮らしていた頃は、必要なとき以外はメイドも遠ざけて、ひとりで過ごしていた。
静かな時間が好きだった。
でも今は、話し相手のいない今の状況を、寂しく感じてしまう。
思い返してみれば、ミラベルはひとりが好きだったのではなく、ただ信頼できる人間が周囲にいなかったのだろう。
そう思いながら、窓の外を見つめる。
美しく整えられた、綺麗な庭。
この景色を見ていると、どうしてもリオと一緒に、この中庭で花を眺めて過ごした静かな時間を思い出す。
どうして、あの花をミラベルに見せたいと言ってくれたのだろう。
(きっと、深い意味はないのよ。ただ、ソレーヌから花が好きだと聞いて、そう言ってくれただけで……)
それなのに、最後に微笑んでくれたあの笑顔がどうしても忘れられなくて、本当の理由を知りたくなる。
でも忙しい彼に、これ以上負担を掛けることはできない。
「……本でも読もう」
何かしていないと、つい考えてしまう。
ミラベルはソレーヌから借りた本を開いた。
予想していたように恋愛小説で、敵対する国同士に生まれてしまったヒーローとヒロインの物語だった。
(敵対する関係……)
ミラベルも家に帰ってしまえば、確実にリオとは敵対関係になってしまう。
そう思うとつい感情移入して、夢中になって読み進めていた。
今までわからなかったヒロインの心情が理解できるようになったのは、ミラベルが恋をしたからか。
最後はハッピーエンドで終わり、ヒーローとヒロインがしあわせになった場面を読み終えて、ほっと息を吐く。
そして本を閉じると、静かに、これからの自分のことについて考えた。
この心に芽生えた恋は、いったいどんな結末を迎えるのだろう。
帰ってきたソレーヌに、本が面白かったと伝えると、彼女はとても喜んでくれた。
部屋にある本はいつ読んでも良いと言われて、礼を言う。
たくさん本を読めば、リオに対する恋心が本物なのか、わかるかもしれない。
そんな穏やかな日々を過ごしていると、あっという間にひと月ほど経過した。
ミラベルはリオの専属メイドとして、ソレーヌの話し相手として、充実した毎日を過ごしている。
リオは相変わらず忙しく、予定通りに帰れない日は、ソレーヌとミラベルに手紙やちょっとしたプレゼントを贈ってくれる。
ソレーヌには相変わらず人気の焼き菓子だったが、ミラベルには鉢植えの花や、小さな花束。さらに、可愛らしい日用品などを贈ってくれる。
貰ってばかりで申し訳ないと思うが、ソレーヌからのアドバイスで、お礼の手紙を書くようにしていた。
ソレーヌが言うには、リオはミラベルからの手紙をとても喜んでくれているらしい。
ふたりが不在の日は、ミラベルから本を借りて読み耽っている。
今まであまり好きではないと言っていた恋愛小説を、急に読みだしたことを不審に思われてしまうかもしれない。
そう思っていたが、ソレーヌは何も言わず、むしろ本の感想を言い合えるのが嬉しいと、喜んでくれた。
そんなある日。
王城から戻ったリオは、とても険しい顔をしていた。
「お兄様?」
いつもと様子が違うことに気が付いたソレーヌが、慌てた様子で兄に駆け寄る。
「何かあったのですか?」
「……ニースが王都に戻ったらしい」
「え?」
心配そうにリオを見ていたミラベルは、婚約者の名前を聞いて、思わず聞き返す。
「ニースが?」
たしかミラベルを探し出すまで帰ってくるなと、父であるディード侯爵に言われていたはずだ。
もちろん彼は、ミラベルを見つけていない。
想像していたように、地方での不自由な暮らしに嫌気がさして、すぐに戻ってきたのだろうか。
だがそれを、ディード侯爵が許すとは思えない。
「お兄様、まさか」
何かに気付いたらしいソレーヌが、険しい顔で兄を見上げた。
「……ミラベルは不幸な事故で亡くなっていた。戻ってきたニースは、ディード侯爵にそう説明したようだ」
「!」
あまりにも驚いて、くらりと眩暈がした。
「ミラベル!」
ソレーヌが咄嗟に手を差し伸べてくれたが、それよりも早く、リオがミラベルを支えてくれた。
その腕に掴まって、ミラベルは深呼吸をする。
「ごめんなさい。少し、驚いてしまって」
まさか、死んだことにされてしまうとは思わなかった。
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