50.スジモンには関わるな(中)

──獅子剣合シージェン


リシアのスラムを牛耳る裏組織である。

古くからリシアという土地に根差していた、歴史あるヤクザらしい。

その構成員のほぼ全てが剣客の武闘派であり、力こそ全てという非常に分かりやすい思想をお持ちの組織だ。

元になったのは間違いなく中華の方だろう。彼の国のリージョンの末流というわけだ。


そんなヤーさんのトップ2が俺の宿に無断で入り浸っている現状があった。

いや、元々そこの構成員であるブラックリスト三人衆とかを泊まらせてたけどもね?

黒猫亭はヤクザのフロント企業ではないので、早々に立ち去ってほしいと思う今日この頃である。



「おおきになぁ、エウリィちゃん。旦那はんはいけずやさかい、うちらには厳しゅうてかなわんわぁ」


しくしくと泣く真似をする、ヤクザの若頭で男の娘なユーエン。

どれだけ可愛かろうが、俺は野郎に優しくする心の余裕はないのである。


もういいからさっさと話せ。こっちも暇じゃねえんだ。


「じゃあ話すけども」


すっぱりと泣き真似を止めて、ユーエンは居住まいを正した。

先ほどまでの女々しい姿とはうって変わり、ヤクザの若頭という肩書きに負けないなりの貫禄を出してきた。

こういうところが男で嫌なんだよな……。女になりきるなら最後までなりきれ。男を出すな男を。

全国の男の娘愛好家たちに謝れ。


「旦那はんはエギンヴァラファミリーって知ってはる?」


知らん……何それ……。


「おいおい、本当に分かってないのかよ……。あのエギンヴァラファミリーだぞ?」

「だから言うたやん。旦那はんは興味ないことにはとことん興味が無い人やって」


それはその通りであった。

どうでもいい知識を覚えるくらいなら、俺はカワイ子ちゃんたちを愛でる時間に充てるぜ。


「わたしは知ってるよ。絶対に関わっちゃダメな人たちって、王都でも有名だったもん」

「絶対に関わっちゃダメってんなら、この男もその括りに入るがな」


んだぁテメェさっきからブスブス刺してきやがって。

背負ってる剣は飾りか? メイン武器は言葉のナイフなんか?おおん?

表出ろや泣いても許さねえぞコラ。


「ハッ」


大男はウザったそうに鼻を鳴らした。

んだその態度は。いてこましたろかいワレ。


「お兄ちゃん、話進まないから落ち着いてね」


エウリィが言うなら仕方ねえ。

テメェ、次に喧嘩売ってきたら股間蹴り上げちゃるからな。


「はいはい、話続けるでー。エギンヴァラファミリーっちゅうのは、昨日旦那はんがぶちのめした奴らの親組織のことやね」


あぁ……なんか、そんな感じのこと言ってたっけ。

もはや記憶からポロッポロ抜け落ちてるから忘れてたわ。


「それも、王都を中心とした王国一帯をシマにしとる大規模な組織や。ここらの元締めとしてかな~り有名なヤーさんなんやで? うちらみたいな弱小組織とは比べ物にならんくらいの大物や」


ほ~ん、で?


「で? ときたか……。アンタ、本当に興味ないんだな」


ああ、無い。どんだけ群れようが所詮人の集まりだ。そんなもんにどう興味を持てというのだ。

俺は背後に引っ付いていたドラゴンベビーちゃんを抱き上げた。

話に興味を失って退屈そうにしていたジーナを高い高いすると、キャッキャと無邪気に喜んでいた。


ジーナだけでも、そのエバラなんたらファミリーをぶっ潰せると知ったら……こいつらは一体どんな顔をするだろうか?

種族差というものは斯くも残酷であり、人間はこの世界で下から数えた方が早い生物なのは明確なのであった。

人より上位の種族がいる世界なんだから、同じ種族同士で争い合うのはナンセンスだとは思わん? 俺は思う。


「前の抗争の時に旦那はんが潰したのもエギンヴァラファミリーの傘下やったんやで? 全く覚えてへんやろ」


うん、覚えてない。記憶すらないの。

俺の記憶にはカワイ子ちゃんしか残らないの。


「あれだけの事をしたってのに、首謀者本人がこの有様なんだから手に負えねぇよ……」


でかい溜息を吐かれてしまった。

何なんだこいつは。そろそろ本気で追い出してやろうか。


「で、なんで奴らがまたリシアに来てるかというと、王都事変の影響やね。あれで奴らの拠点が全部ないなってしもうたらしくて、一番近いウチらのシマにお引っ越ししてきたんよ」

「最近のスラムの騒ぎは王都からの難民だけじゃなく、エギンヴァラファミリーの大移動も原因だったって訳だな」


ほぉん……。ま、あらくれ2から既に聞いた話だな。


「そりゃあもう熾烈な争いが再びっちゅうわけで、うちらはここんとこず~っと抗争に明け暮れてるんよ。まぁ、武力の質はともかく、数が負けてるから結構しんどいねんなぁ」

「今は向こうの体制が整ってないからまだマシだ。王国各地の傘下から戦力を呼び出し始めたら、獅子剣合うちなんざ数の暴力ですぐにでも潰される」

「せやから、恥を忍んで旦那はんに出張ってもらおかな~思てたんやけど……旦那はんの方から首突っ込んできてもうたんやから、話が早うなったわぁ」


……ん? つまり……どういうこった?


「つまり、おまえはだんなさまのちからをあてにしようとしていたけど、さきにだんなさまがエギンヴァラファミリーのかんぶにてをだしたので、だんなさまはいとせずともエギンヴァラファミリーのてきにまわってしまったということですね?」

「そうそう。ジーナちゃん、大正解や」


全く話を聞いてそうになかったジーナは全て理解していたらしい。

流し聞いていた俺は全く理解できていなかった。かなしみ。


「昨日の集まりに乱入されたんも、向こうの構成員がやられたからその仕返しにきたっちゅう話らしいけど……まぁ今更そこはどうでもやね。幹部に手ぇ出したからには、旦那はんも向こうの敵として認識されてもうた思うて間違いないわ」


えぇ……めんどくせぇな……。ヤーさん同士で勝手に争ってろよ……。


「それで、旦那はんどうする? 放っておいたらここも襲われると思うけど」


あ? そんなもん潰すに決まってんだろ。

こっちから出向いて逆にカチコミ掛けたるわい。


「あっははっ! 旦那はんならそういう思うとったわ」

「ハッ、話が早くて助かるぜ。そういうところだけは信用出来る」


んだオメェらいきなりデレやがって。男のデレなんざいらねんだよ。

きゃわいい女の子のデレしか求めてねえんだこっちは。


「はぁ~、一番の困りごとが片付いたし、なんやどっと安心したわぁ」


肩の力を抜いて脱力したユーエンはしみじみと粗茶をすすった。

うーむ……所作も見た目も声も女なのになぁ……。本当に残念でならないぜ。

まだ見ぬ遺物にTSするような力を持った代物とかないのかな。

あってもおかしくはないと思うんだけどな。キャラメイクやり直すアイテムとかゲームだと定番じゃない?


そんなことを考えていたら、隣の椅子に座って話を聞いてたエウリィが俺の服の袖を引っ張ってきた。


「ねぇ、お兄ちゃん……危ないことするの……?」


不安げに揺れる瞳が俺を見上げている。

……よく考えたら子供の前でこんな物騒な話するもんじゃなかったな。


「その、エギンヴァラファミリーには絶対に関わっちゃいけないって、わたし、小さい頃から何度も聞いてて……」


大丈夫さエウリィ。俺は強いからな。

どんな奴が来たって返り討ちにしてやるさ。


「あははっ、ホンマになぁ。旦那はんは強いから心配いらへんよ、エウリィちゃん」

「んー……。お兄ちゃんが強いのは分かってるけどさ。でも、心配なものは心配だよ……」

「しんぱいしょうですね、エウリィは。だんなさまだけじゃなくて、このなーちゃんもいるからだいじょうぶですよ」

「ジーナがいてもなぁ……」

「なんですかそのめは! なーちゃんのなにがふまんなんですか!」

「厄介事を引き起こしそうなところ」

「しつれいですねこのこむすめは!」

「だって事実でしょ!」


エウリィの容赦ない一言を皮切りに、もはや定期に近いじゃれ合いが始まった。

ラウンドワン、ファイ!

百合っ!

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