49.スジモンには関わるな(前)
「旦那はんおひさしゅう~、元気しとった~?」
「邪魔してるぞ」
むさ苦しさの襲来であった。
おぉん……。もうね、ゲーッって感じすわ……。
俺のメンタルはゴリっとすり減ってしまった。
「そんな顔せずともすぐ帰るぜ。そっちが吹っ掛けてくるなら話は別だがな」
「もー、そんな喧嘩売るような言い方しぃなや」
食堂で待っていたのは二人組である。
一人は一目でスジモンと分かるような強面の巨漢だ。
全身傷だらけでドデカイ大剣を背負った、どこのベルセ◾︎クだよと突っ込みたくなる大男。
そしてもう一方は……。
「旦那はん、会いたかったわぁ」
特徴的な垂れ目、艶やかな黒い長髪。
総じて柔和そうな雰囲気を醸し出し、無害そうな微笑みを浮かべている少女……。
しかして油断してはならぬ。
向かいの席から立って俺の側まで近寄ってきたそいつは、いつもの様にしなだれかかってこようとしてきたが……。
だがしかし、今回は問屋が卸さなかった。
「ぐるるるるっ!!」
「わっ」
背後に抱き着いていたドラゴンベビーがインターセプトしてきたので、そいつの目論見は失敗に終わった。
「もー、そんな怒らんでもええやん。ほんの挨拶やのに」
「だんなさまにいろめをつかうおんながまたふえました! いったいなんにん……ん?」
威嚇していたジーナがそいつの顔をじぃっと見つめると、首を傾げた。
「……おまえ、おとこですか?」
「わー、一目で見破られんのはちょっとショックやわぁ」
一目で性別を見抜かれたそいつは、手で口元を隠しながら上品に驚いている。
俺は初見で騙されてしまったが、ドラゴンアイの前では見た目や声など無意味であったらしい。
*
という訳で、朝から訪ねてきたのは男二人組だった。
俺の憩いの場を乱す無法者どもである。
「それで、なんなんですかおまえらは」
口火を切ったのはジーナであった。何しに来たんだこの野郎どもがと目で語っている。
いいぞジーナ、俺も同じ気持ちだから追い返してくれ。
「だんなさまがすごくいやそうなかおをしてるので、そうそうにたちさってくれるとうれしいのですが」
「これはまた……旦那はんはえらい子を連れてきたんやねぇ」
男の娘はさておき、横に強面の大男が居ても関係なく喧嘩を売るジーナ。
その度胸を鑑みて驚いたのだと思うが……正体は想像の百倍はどえらいぞ。
「君が新入りのジーナちゃんやね? 噂通り、むっちゃかわええなぁ」
「むっ……」
「記憶喪失やけど、お料理を始めとした色んなことが得意。ミステリアスで透明感のある美少女……。これは旦那はんが気に入るのも分かるわぁ」
「え、えへへ、それほどでも……」
褒められてにへらと笑うジーナ。さっきまでの警戒心はどこにいったんだよ。
……いや、このドラゴンは初対面の俺に求婚するくらいだし、元々チョロかったか。
「ジーナ、あんたちょっとチョロすぎない? はいこれ、ユーエンちゃんと副長さんに」
「ありがとうなー、エウリィちゃん」
「すまんな」
粗茶を配るエウリィの姿は堂々の一言だ。さすが子供店長。
「ああ、そや。改めまして……うちはユーエンいいます」
はんなりとした雰囲気の所作で挨拶をする女の──いや、男の娘。
この世界で未だにしぶとく生き残っている京言葉を駆使する、和風美人な男の娘である。
黒髪ロングに大きな瞳。甘い声色に清楚な雰囲気。
そして思わず守りたくなってしまう線の細い小柄な体格。
見た目も声も女としか認識できないが、だが男であった。
どれだけ好みのヴィジュアルをしていても、だが男であった……。
チャイナドレスと着物を足して魔改造したような独特の衣装からチラリと覗く鎖骨が……クソッ、コイツは男だ男!
世界はいつだって残酷で嘘つきなんだ!
「横におるんはザルーグいいます。ほら、挨拶しい」
「……ザルーグだ」
横に座った大男が渋々といった様子で頭をやや下げた。
んだコイツは。やる気ねえなら帰れ。
「うちらはここらのシマを管理させてもろとる
「しーじぇん……しまをかんり……?」
ジーナの頭がこてんと横に傾いた。よく分かってなさそうだ。
要するにヤクザだヤクザ。裏社会の悪い人間だから覚えなくていいぞ。
「アンタには一番言われたくない言葉だぜ。
急に大男が言葉のナイフで俺を滅多刺しにしてきた。通り魔である。
ああん? んだコラやんのか? 可愛い子を侍らかすのは男のロマンだろうが。
それを汚点とか抜かすんじゃあねえ。
「
俺もむさい男と取っ組み合いなんぞしとうないわい。
分かってんなら喧嘩売ってくんじゃねえ。
「まぁまぁ。旦那はんの趣味は別として……うちらはケツ持ちとか地回りしかしてへんから、そんな悪い人らやないよぉ?」
「けつもち? じまわり……?」
「要するに、スラムの中の衛兵さんってことだよジーナ。ね? ユーエンちゃん」
「せやせや。いくらスラムいうても秩序は必要やからなぁ。あくどい商売の温床にならんよう気ぃ張っ取るんや」
嘘か本当かなど確かめたことは無いが、こいつら
とはいえ、暴力を行使する集団であることには変わりないので、本質的にはそんなに変わらないと思う。
まぁ俺の目に見える範囲で不快なことは特に起きてないし、今のところ文句はないから放っておいているというのが実情である。
「ちなみに、うちの宿のあの三人も
「あのさんにんって……ムジンたちのことですか?」
いや文句あったわ。ブラックリスト三人衆がブラックリストである所以が。
金払ってくれ金。
「つまり、このやどはヤクザとのかかわりがどっぷりあるってことですね?」
「そういうことやね」
そういうことじゃねえ。お前らが勝手に関わってきてるんだろうが。
うちは一向にクリーンでホワイトな宿屋目指してがんばってます。
「今更そんな取り繕っても無駄だろ。アンタが実質的なここのスラムのトップなんだから」
「トップ……って、だんなさまがここのボスなんですか?」
「せやでー」
せやない。せやないで。
あまりにも人聞きが悪すぎる。
そんな役職を任されたことなんか一度もないわい。
「ここリシアは、昔ちょ~っと裏稼業のモン同士で荒れてた時期があったんやけどなぁ。どこぞから突然現れた旦那はんが暴れまわって当時の抗争を終わらせてもうてねえ」
「
「へー……。だんなさまはやっぱりすごいですね!」
何もすごくなどない。
歩いただけで絡まれるくらい治安が酷かったから、少しばかりお掃除しただけだ。
こいつら
「はぁ、それにしても……愛しい愛しい旦那はんに会いたくてしゃあなかったわぁ。最近忙しゅうてなぁ」
「……だんなさま……? まさかおとこもれんあいたいしょうにはいってるんですか……?」
うん、ちょっと黙ってようね。俺の評判が地の底に落ちちゃうから。
「せやでー。旦那はんの方からうちにコナかけてきたんやし、うちにゾッコンやね」
「ほんとですか!?」
だから余計なことを言うんじゃないよ。
俺に男の娘萌え属性は無い。ただ単にこいつの顔が好みだっただけだ。
男ならば用はない。
「お兄ちゃん、わりと最低なこと言ってるよ?」
「旦那はんったらいけずやわぁ」
なんと言われようが当方ヘテロセクシャルでござる。
ちょっと顔が良いからって男に優しくなどしないのであった。
「旦那はんが口説いてきた日ぃから、うちは女を磨くことに余念があらへんねんよ?」
「若……戯言はそれくらいにして、そろそろ本題に入りませんと」
「もぉ、せっかちさんやなぁ。女の子はムードを大切にするもんなんやで?」
「若は男でしょうが」
「女の子やの! 心が女ならそれはもう女の子やの!」
「わたしはユーエンちゃんのこと女の子だと思ってるからね! 大丈夫だよ!」
「うぅ……ほんま優しいわぁエウリィちゃん。うちのモンにも見習って欲しいわぁ」
「若……お叱りなら後で受けますから、本題に……」
クソッ、めちゃくちゃどうでもいい……ぶん殴って追い出してぇ……。
こんな無駄な尺で俺の時間を奪わないでほしいんだぜ。
エウリィが懐いてなかったらグーが出てるぞ。グーが。
「はぁ、しゃあないなぁ。そんで旦那はん、お話が三つほどあんねんけども」
三つも持ってくるなよ面倒くせえな。
お前らで少しでも減らす努力はしてみたんか? ん?
「お兄ちゃん……もう少し優しくしてあげたら? ユーエンちゃんかわいそうだよ」
エウリィがそう言うなら仕方ないな。
おら、俺の気が変わらないうちにとっとと話せ。
「いつ見ても旦那はんの手のひら返しの速度はすごいわぁ」
「いつか小娘の暗殺者でも雇われて、後ろから刺されそうだよな」
それは名誉なことだな。
その子いつ来る? 窓開けてたら襲いに来てくれるかな?
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