48.人は大体生き急ぐ

モルガナイト迷宮からジーナ航空便によって爆速帰宅だ。はやいの。


「とうちゃくですよ」


透明化を解除して宿の屋上に降り立った。

早朝に出かけてまだ朝の時間帯に戻ってこれたというのだから、やはり利便性は桁違いである。

俺もうジーナが居ないと生きてけなさそう。頭が上がらねえや。


「ほんとですか? だんなさまはなーちゃんにぞっこんですかっ!?」


うむ、好き好き大好き。

キスしたげるぜ。ちゅっちゅ。


「ん~っ♡ ほっぺだけじゃ、やですっ」


ジーナが唇を突き出してきた。だがマウストゥマウスはお預けである。

ぷにぷにと柔らかい唇を指で押しとどめてやったら、途端にむっつり不満顔になってしまった。

ハハハ、可愛いなこやつめ。


「むぅー……」


スマンな。だけど、くっ付いてるだけでもエネルギー補給はできるんだろ?

ならそれで我慢してくれやい。今はやることがたくさんあるからな。


そう言うや否や、ジーナはぬるりとした動きで俺の背に収まった。背面だいしゅきホールドである。

なんかもうこれが定位置になってきた感があるな……。


さあて、これから大変だぞう。

難民たちへの食料配布に仮住居作成、今後の予定に……うぅむ、やる事が多いな。寝る暇もねえや。


「……旦那様がそこまでやる必要あるんですか、なんて言いませんけど……もうちょっとこう、ゆっくりしてもいいのでは?」


俺もできるならスローライフしたいところだけどな。

生憎最後まで関わるともう決めてしまったのである。


「ヒトっていうのは、いつもこんなにせわしないものなのですか? だんなさまとであってからというもの、まいにちがずっとめまぐるしいのです」


いや、今が不測の事態で忙しいってのもあるが……。

まぁ、人間っつーのは大体いつも忙しないもんさ。

お前はまだ赤ちゃんだから分からないかもしれないが、人の一生なんて刹那の出来事だ。

こんな小さな子があっという間に大人になって、しわくちゃの老人になっちまって、土に還る。

ゆっくりしてる暇なんざ無い生き物なんだよ。


……お前も人で在りたいと思うのなら一分一秒を大事にしとけよ。

人に許された時間なんて、不老不死イモータルからしたらほんの一瞬なんだからな。


「…………」


さて、そろそろいくぞ。

エウリィたちが腹空かせて待ってるかもしれねえべさ。


「……まるでたいけんしてきたかのようにはなすんですね、だんなさまは」


背の方から聴こえた言葉は、わざと聞こえなかったフリをした。




***




屋上から黒猫亭の前の通りを伺った。

朝も早くから宿の前には大勢の人が集まっている。まぁ、ほぼ難民たちなんだろうが。

昨日のような出来事があったなら次もあると考えるのが普通だろう。そしてそれは正解でもある。


よし、いくか。飛び降りて……スーパーヒーロー着地っ!


「ぐえぅ」


背中から変なうめき声が聞こえたが、多分大丈夫だろう。

着地の衝撃が逃がせなかったくらいで最強種族は傷ついたりしないのだ。


「ふつうにおりたらどうなんですか……」


一々階段使うのめんどくさいからね。


さて、周囲からも若干の驚きの声が上がっていたが、飛び降りてきたのが俺だと分かると、集まった人々は道を譲るように散っていった。

うむうむくるしゅうないぞ道をあけい。……などと大名気分になっていると、声を掛けられた。


「おはようございます、タナカ様!」


おっと、昨日助けた親子たちだ。

父親の方はすっかり元気になったようだ。娘ちゃんの方もお辞儀なんかしている。かわいっ。


「改めて、昨日は本当にありがとうございました。タナカ様が居なければ私は今頃命を……本当に、ありがとうございます!」


昨日も礼を言われたばかりなのに、こうも感謝されると背中がむず痒くなるったらありゃしない。

大体、襲われたのはこっちのせいみたいなもんだ。助けたのは詫び料だから気にしなくていい。


「いえ、いえ! わざわざ貴重な回復薬まで使って頂いたとか! もはや感謝の言葉もなく……! しかし、その……返せるあてが無く、非常に心苦しい限りなのですが……」


いらんよ別に……つっても、無料の善意ってのも気味が悪いか。

なら、少し働いてもらおうかな。


「私にできることでしたら! どうぞ何なりと仰ってください!」


病み上がりだというのに、何とも元気一杯だ。

もしかしたらジーナの回復スキルによる影響もあるかもしれない。回復どころか強化されてるとか。

……ありそうだな。というか絶対ある。名のある竜ネームドドラゴンの血とか、レアアイテムにも程があるしな。

悪い影響が出なければいいんだが……。


「?」


背中に引っ付いたままのジーナの様子を伺うと、キョトンとした顔が帰ってきた。

……まぁジーナを信頼するほかあるまい。


さて、彼は俺の手駒となって働いてくれるとのことなので、改めて名前を伺った。

父親はクヌート、娘はメリルというらしい。

正直父親の方の名前は忘れそうだ。野郎を覚えるための脳容量の空きはあんまりないのである。

メリルちゃんは可愛いから覚えておこうぞ。


ということで、クヌートには俺と難民たちとの窓口になってもらうことにした。

彼は難民たちの顔見知りが多いらしいし指示も通りやすかろう。

早速お仕事として食糧を配布してもらうこととする。

昨日と同じように即席の台を用意し、インベントリからとれたてピチピチの食材たちを放出した。


「これは……まさか、今日も炊き出しを? あ、いえ、とても助かるのですが、どうしてこんなことを──」


そこまで言って、クヌートは口を閉じた。

一体なんだろうかと様子を伺うと、彼はまじまじと俺のことを見つめていた。

メトメガアウー。


「……いえ、いえ! 私はあなたの恩義に応えるのみです! 全てをお任せください!」


クヌートは何やら張り切り始めた。

一体俺に何を見出したというのだろうか……。


まぁ協力してくれるのならいいさ。俺の身体は一つしかないからな。

流石に陣頭指揮までは取ってられないし、誰かが協力してくれるのならそれに越したことはない。

さて、最低限の支援はしたし、宿に戻るか。



そして宿に戻るとエウリィがおかんむりであった。


「あっ、お兄ちゃんとジーナ! 朝からどこ行ってたのもう!」


おっとすまんすまん、ちょいと野暮用でな。


ううむ、伝言くらいは残しておくべきだったな。

昨日のようなことがあったばかりだし、宿の他の人たちも疲れて寝ているだろうしで一人不安だったのだろう。

宿には防衛システムがあるとはいえ、それで安心できるわけでもないだろうし、不安がらせるような真似は控えるべきだったか。


「もー……どこにも居ないから心配してたんだよ?」

「だんなさまはなーちゃんとデートしてたのですよ、エウリィ」

「デート!? お兄ちゃんそれ本当っ!?」


うん、デートではないね。

ちょっとしたお仕事をジーナに手伝ってもらっていたのさ。


「ずるいっ! わたしともデートしてっ!」

「ダメでーす。だんなさまにそんなひまはありませんよっ!」

「あんたとデートする無駄な時間があるくらいなら私とだってできるわよっ!」

「むだってどういうことですか!?」


う~ん聞いちゃいないぜ。

……やっぱりジーナを贔屓してるように思われても仕方ないよな。

けどなぁ……ジーナ航空便はもはや俺にとって欠かせない移動手段なのよさ。

流石にこればっかりは我慢してもらう他ないだろう。

その分エウリィには優しくしてあげなければな。


「あ、それよりもお兄ちゃん! お兄ちゃんにお客さんだよ。食堂で待ってるから、早く行ってあげて」


おぉん? こんな朝から誰じゃ?

エウリィが中に入れたってことは、知り合いなんだろうが……。

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