47.説教おじさん
さて、思いがけずとんでもないタスクを背負うことになってしまったぞう。
三桁は居そうな難民たちの今後の面倒を見てやらねばならぬ。
ここの領主が動かないせいで生活が成り立っていない分、最低限の支援はしてやりたい。
……とはいっても、ずっとは無理だ。最終的には王都へ送り届けなければならないだろう。
クヴェニール王家が滅んでいない以上、王都の方が絶対マシだ。
どれだけ被害を被っていようが、彼らには文字通り無限の財と糧がある。そういう力を持った血筋なのだ、あそこは。
なので、当代の王が愚王でもない限り王都の復興は早いだろう。
王都の今の状況はとんと聞いていないが、もしかしたら既に復興が終わっている可能性すらあるのだ。
そうなると、
いきなり住居をドラゴンに襲撃されて王都の外へ逃げ出し、モンスターに襲われる危険を覚悟して街道を夜通し突っ切り……。
いざ隣街に来てみれば、そこでは難民たちに対して何の支援もない。
そのまま王都に残っていた方が正解だったなど、笑い話にもならないだろう。
……うん、本当に笑えないな。
今更な話だけれども、彼らを助けてやらねば。
とりあえず、目下のところの問題は──、
「おはようございます、だんなさま……」
おっと、ドラゴンの話をすればドラゴンガールが起きてきやがったぜ。
丁度いいタイミングでお目覚めだ。
おはようジーナ。エウリィはまだ寝てるか?
「ねてますよ。……まったくもう! だんなさまといっしょにねてるとおもってたのに、どうしてなーちゃんがエウリィとだきあってねなきゃいけないんですか!」
いいじゃないか。おじさん百合って素敵だと思うよ。
女の子同士の友情は尊いものだし、百合の間に挟まれたい願望がある男は意外と多いんだ。
実を言うとおじさんだってその一人さ。
「むぅ……いっこうにあたいしますね」
ぜひ検討してくれよな。
それはさておき、ジーナに手伝って貰いたいことがあるんだが。
「なんですか?」
***
ジーナの協力でひとっ飛び。再び迷宮へとやってまいりました。
高レベルのモンスターがうろつく鬱蒼とした山中、一際大きな岩壁の狭間がその迷宮への入口となっている。
王都近辺では最難関迷宮の一つと言われる、モルガナイトの迷宮だ。
ここは近付くだけでも危険なので迷宮を管理する衛兵もいない。なので今日はギルドを通さず直で来た。
バレたら怒られるかもしれんが……まぁ大丈夫だろう。なんせここは産出物に旨味が無く、人気が全くない。
ここに挑めるような上級冒険者からしてみれば、この迷宮に潜る意味がほぼ無いのである。
だが今の俺にとっては都合が良い。なにしろ俺の目的は食料調達なのだ。
昨日の大盤振る舞いで手持ちの食糧はほぼ全て使い切ってしまったのである。
というわけで補給の必要があった。そしてここのモンスターは獣や鳥型が多いので、お肉がたくさん手に入る。
他の冒険者とすれ違う危険性がないのもありがたいな。
「にかいめのデートですね、だんなさまっ♪」
ニッコニコ顔のジーナが左腕に抱き着いている。
普段着のおっさんと少女が最難関迷宮でいちゃついている姿は、傍から見ると現実離れ感が凄いだろうな……。
おっさんがソロで迷宮探索という悲しい図にならず、助かってはいるのだが。
「きょうはなーちゃんにまかせてください。たまにはからだをうごかしたいですからね」
まぁ最難関の迷宮とは言っても、それは普通レベルの冒険者にとっての話だ。
こいつや俺にとっては全く大したことがない。お散歩感覚で攻略できるだろう。
よし、モンスターはお前に任せた。俺は野菜を収穫したり、木を伐採していく。
「き、ですか? もしかして、やどのぞうちくようの?」
ああそれもあるが、それだけじゃない。
「?」
難民用の簡易的な住居が必要だ。宿の裏は結構なスペースがあるが、野ざらしだからな。
屋根を作ってやるだけでも随分違ってくるだろう。
「なるほどです。けんちくも、しょくりょうちょうたつも、ぜんぶなーちゃんにまかせてくださいね!」
そう高らかに宣言したドラゴンガールは、いそいそと服を脱いで全裸になった。
せめて下着は穿いておかない? ダメ?
あ、そう……。
***
【ドラゴニックスキル∴ドラゴンネイル:ウェポンチェンジ が発動されました。】
「えいっ」
「GUGYA!?」
【迷宮主 ボーパルバニー:シリアルキラー が討伐されました。迷宮環境再構成は24時間後となります。】
「おわりですか? てごたえがないですね」
やはりというかなんというか、全く危うげなくモルガナイト迷宮の攻略は終了した。
食料調達としても大成功だ。野菜は勿論のこと、牛鳥猪鹿、そして迷宮主の兎。大量の肉が手に入った。
木材の調達も完了済みだ。道中の俺はほぼ木こりであった。
「だんなさまーっ! おわりましたよー!」
殺人兎の首を一振りで落としたジーナが、人間大の死体を引きずってこちらに駆けてくる。
よしよし良い子だ。でも全裸に血まみれは怖いからやめてね。
「わぶぶっ」
迫るジーナに放水して血やら肉片やらを洗い流す。
そしてそのまま流れるように解体作業へと移行し、インベントリに収納した。
ついでに迷宮主を倒したことでポップした宝箱の中身も回収しておく。
「いまさらですけど……それって、くうかんそうさけいのスキルですよね?」
横にいたジーナが、急にそんなことを問いかけてきた。
それ……とは、インベントリ収納のことか? 本当に今更なツッコミだな。
「くうかんしゅうのうはべんりだからなーちゃんもほしかったのですが……しゅうとくじょうけんがなーちゃんにはあってなくて、あきらめちゃいました」
ドラゴンからしてもやはり便利極まりないようだな、空間操作系スキルは。
実際スゴイ便利だしね。これがないISEKAI生活なんて考えられないくらいだ。
……実はコレ、空間操作系スキルなんかのアビリティではないワケなんだが。
俺が普通に活用しているこの空間収納は、プレイヤーに標準搭載されているシステム:インベントリ収納である。
はい、ISEKAIものにありがちな特典システムですね。
オルタネイト──右腕に装備された腕輪型サポートデバイスを含め、プレイヤー専用のシステムは多く存在している。
まぁ元々プレイヤーが主人公なのだから、当たり前のことなんだが……。
しかし、こんなもんがあったところで結局のところ最強種たちには敵わない。
俺もレベルアップや装備品によって人間離れした能力を発揮できてはいるが、所詮それだけだ。
人間を基準にしている時点でこの世界の存在上位者どもとは張り合えないのである。
……ちらりと、側にいる少女を一瞥する。
【涙竜 メリュジーナ / LV:250 / エレメンタル:アクア / アライメント:カオス / ジョブ:ファムファタル】
ジーナのステータス欄がオルタネイトの基本機能によって視界に映し出された。
人類側の最大レベルが99止まりなのに対し、ぶっちぎっての250である。運営はもうちょっと人類に忖度しろ。
……というか、こいつは生まれたてだからまだ低い方だ。まぁこのレベル差でも勝ち目がないのだが。
しかし、ふむ……数日前に戦った時といささか変化しているな。
属性や聞いたことのないジョブが表示されている。水属性なのは分かり切っているんだが。
「むっ。だんなさま、いまなーちゃんのステータスをみてますね? もうっ、いくらだんなさまでもだまってみちゃいけませんよ。ひとことことわりをいれてからみないと、めっ! なんですからっ」
怒られてしまった。
全裸少女をジロジロ見つめるおじさんという図なので、言い訳のしようもなく俺はお縄である。
正直すまんかった、許してほしい。
「……だんなさまのほうのステータスは、あいかわらずわからないことがおおいですね」
深淵を見つめたら見つめ返されてしまったでござる。
一応鑑定阻害の魔導具とか持ってるんだけど、こいつ相手には意味をなさないだろう。
つまり丸裸ってことだ。いやんエッチ。
「なんどみてもふしぎです。だんなさまにであってからいろんなヒトをみましたが、やっぱりだんなさまだけがいろいろとおかしなステータスをしてます」
ジーナが頭を傾げている。
俺という存在自体が不条理の塊みたいなものだから仕方ないね。
別に自分から望んでこんな境遇に陥ったんじゃないやい。
……と、そろそろ戻るか。腹空かせた者どもが待ってるでな。
それに徹夜明けだからしんどいのよおじさん。
「えっ? だんなさま、ねてないんですか?」
そうだよ。あれだけの難民を対処してたら時間も足りんのだ。
オメーはさっさと寝たけどな、こっちは結局一睡もしてねーんよ。
っはー、ねみーわ。まじねみー。
「……ほんとうに?」
いつの間にかジーナが俺の目の前にいた。
水晶のような蒼い瞳が俺を覗き込み、見透かすように真っ直ぐ見つめていた。
「だんなさま。ねむいとか、つかれたとか……ほんとうにそうかんじていますか?」
……そうか。こいつは、そういうスキル持ちか。
見れば分かるんだった。なら、下手な嘘を付いても無駄か。
……いや、別に嘘とかそういうあれでもないんだがな。
口癖だ。普通の人間で在りたいと思うが故の。
「……なにかをけいきに、だんなさまはダメージをかいふくしていますね? それがなにかは、わかりませんけど……。もしかしてこれは、だんなさまのいう、のろいのこうかによるものですか?」
うーん、流石のドラゴンアイだ。鋭い。
まぁ、大体そんな感じさ。
「でも、なんというか……のろいというには、プラスのようそのほうがおおきいような……? むしろ、しゅくふくにちかいとおもえるんですが」
……馬鹿なことを言うな。こんなものが祝福なわけないだろ。
「ひっ、ご、ごめんなさい……」
……いや、待ってくれ、少し強く言いすぎた。
悪かった、お前が謝ることじゃない。
でもな、この話題はもう出すな。誰だって触れられたくないことの一つや二つあるってもんだ。
「……わかりました、だんなさま。もうききません」
ジーナは聞き分けよく頭を下げた。
相変わらず全裸のままで。
……うん。そろそろ服を着ようか。
今ね、風俗で説教するおじさんみたいになってるから。
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